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30 完成されたヴィンセント王国の人間関係


あらすじに登場人物紹介を追記しました。


・国王ヴィルクリフ=フォン=ヴィンセント

・第一王妃クリスタ

 → 第一王女アイリス(20歳・王太子)

・第二王妃ミラベル

 → 第二王女イルゼ(20歳)

   第一王子ウィリアム(18歳)

・第三王妃テレスティナ

 → 第二王子エクバルト(18歳)

・第一王妃の侍女ケイト

 → 第三王女ヴィオレッタ(18歳・末子)



 ヴィンセント王国の人間関係は、とても完成されている。

 私が輪の中に参入したときには、すでに構図が出来上がっていた。


 その内実は、世間の目に映るものとは、大きくかけ離れていた。

 そして、それを知る者は、当時彼らの近くに居た大人達と、第三王女ヴィオレッタと――第二王女イルゼ。


 その全員が口をつぐんだから、世間の目には、このように見えているままとなってしまった。


 国王ヴィルクリフ=フォン=ヴィンセントは、第一王妃クリスタを嫌っている。

 第一王妃クリスタは、国王ヴィルクリフに嫌われた結果、刺された。

 第二王妃ミラベルは、権力のために、第一王妃クリスタの娘アイリスを追い落とそうとしている。

 第三王妃テレスティナは、第二王妃ミラベルに権力的に追いやられていることに鬱屈としている。

 第一王妃クリスタの侍女ケイトは、国王ヴィルクリフ本人によって、お手付きにされた。


「全部誤解なんですけどね」

「全部!?」

「全部です」

「……ちょっと待ってくれ、君は国王ヴィルクリフと侍女ケイトの子ではないのか」

「私は国王ヴィルクリフとケイトの子ですね」

「……?」

「私には父母が四人いまして」

「四人!? ……育ての親を入れている?」

「いえ。物理的というか、私という生命の製作過程に介入した人数というか」

「生命の製作過程」

「ありていに言うと男女の」

「その部分は飛ばそうか」

「とにかく、今のままでみんなおおよそ幸せなんです。だから本当は、マイクが介入する必要はないんです」


 ()()()()()()()()が、そこにはない。

 事情を知る全員が口をつぐんだのは、それが理由なのだ。


「アイリス殿下のことを除いたら――だね」


 マイケルの指摘に、私は不満そうに頬を膨らませる。


「アイリス姉様には私が居るから大丈夫です」

「……クリスタ殿下に会いたいという、アイリス殿下の気持ちは?」

「私が居るから大丈夫です」


 ぷい、と横を向いた私に、マイケルは困ったように肩をすくめる。


「ヴィオレッタ。君がその態度のままだと、君とアイリス殿下の仲は戻らないよ」


 ブワッと涙まみれになった私に、マイケルは「悪かった! 僕が悪かった!」と慌てふためいている。


「マイクだって、ちゃんと聞いたら、私の言ったことが正しいって思います」

「うんうん、そう思うよ」

「マイク」

「僕が悪かった」

「事のおおよその原因は、アイリス姉様のお母様――第一王妃クリスタです」


 目を丸くしたマイケルを相手に、そこから私は、傾国の美女クリスタのしてきたことについて、詳細を語った。

 それはもう、熱を入れて、ドラマティックに語った。

 実は私は、アイリス姉様に死んだ魚の目で「死ぬほど話がつまらない子」と評される生粋の語り下手なのだが、それを当の本人の私は知らないので、心ゆくまで気持ちよく語った。


 マイケルの顔がだんだんと曇り、青ざめていくのを見ながら、私は小一時間ほどで、ヴィンセント王国で起こった出来事を、語って語って、語り尽くす。


 そうして、最終的に手で顔を覆ってしまったマイケルの腕をちょいちょいと引っ張った。


「マイク。こっちを見てください、マイク」

「……」

「マイク。どうですか。解決できますか? 解決してほしいです」

「……うん、ええと……うん……少し考える時間をくれるかな……」

「マイク、二秒待ちました」

「せめて分単位で時間をくれないか」

「一分待ちます」

「十分休憩をしよう」


 そう言うと、マイケルは廊下に待機していた侍女を呼んで、お茶とホットタオルを用意させた。

 渡されたタオルで顔を覆うと、暖かくて、なんだかウトウトと心地よくなっていく。


「もう少し休んだ後にする?」

「はい」


 私はその申し出に頷くと、ぽてりとマイケルの肩に頭をのせて、その腕をギュッと抱きしめる。

 マイケルの腕は筋張っていて、アイリス姉様と違って、抱き枕としてはいまいちだ。


「ヴィオレッタ」

「マイク。ごつごつします」

「これはどういうつもりなのかな」

「少し休もうかと」

「僕の腕を使って?」

「でないとマイクは、私を部屋に運んでベッドに寝かせた後、どこかに行っちゃうと思うんです」

「その目的なら、この状態は最適かもしれないけど」

「そうでしょう」

「僕の思考が弾けたままだから休憩が終わらない」

「おや」


 ウトウトしながら、ゆっくりと視線を上げると、あらぬ方向を見ているマイクの横顔が見えた。

 耳まで真っ赤になっている……。


「マイク、頑張ってください」

「腕を放す気はないのか……」

「マイクが嫌なら止めます」

「……」

「マイク」

「頑張ります」

「はい」


 マイケルは頑張るらしいので、私はこのままウトウトしていて大丈夫だろう。


 そう思い、私はうつらうつらとまどろみながら、ゆっくりとまぶたを落とす。


 暗い闇の中をゆらゆらと揺れるように意識を浮き沈みさせながら、抱き着いている腕のぬくもりを感じて、私は心細かったのだと、ここでようやく自分の気持ちに気が付いた。


 マイケルに事情を話したことを、後悔はしていない。

 きっと彼は、このことを余計な相手に漏らしたりはしないし、私とアイリス姉様のために何が必要なのか、沢山考えてくれる。


 ただ、私はこんなふうに、誰かに内実を吐露したことがなかった。


 信じていないわけではないけれども、ずっと座りが悪くて、落ち着かない。

 でも、こうしてしっかり捕まえておけば、きっと大丈夫……。


『――精神が隙だらけだ。修行が足りない、ヴィオレッタ』


 ……。


()()()()()()()()()、本命はマイケルなのかと騒いでいる』


「――確かに、うっとうしい」

「えっ!?」

「あ、いえ。こちらの話です。マイクのことじゃないです」


 ぱちりと目を開いて、マイケルから離れた後、私は頭を横にぷるぷると振った。

 これで奴も出ていっただろう。


 アレの侵入を許すだなんて、本当に久しぶりのことだ。

 マグネリア王国出立前に、アイリス姉様に添い寝をしてもらった夜以来か。


 私はそう気が付いた後、横に居るマイケルに視線を移す。

 不安そうに揺れる水色の瞳と目がかち合って、思わず目を逸らしてしまった。

 なんだか鼓動がいつもより早くて、ウトウトする前よりも、全然落ち着かない気がする。


「やっぱりマイクが悪いです」

「舌の根の乾かぬ内に!?」

「マイクが私を油断させたせいです」

「うん?」

「この人たらし!」

「とりあえず不当に非難されていることはわかった」


 理不尽に怒りをぶつけると、笑い含みの声音でそんなことを言われてしまった。

 頬を膨らませてマイケルを見ると、マイケルはいつものマイケルに戻ってしまっている。

 切り替えの早い男である。


「腐っても王太子だからね」

「心を読まないでください」

「君が珍しくわかりやすいから。――ヴィオレッタ、色々考えたんだけど」


 マイケルの言葉に、私は背筋を伸ばす。


「幼少のアイリス殿下に真実を伝えないという結論……これは正直、僕でもそうしたと思う」


 私がパァアアア!と明るい表情でその言葉を迎えると、マイケルは困ったような顔になってしまった。


「でも、アイリス殿下は既に御年(おんとし)二十歳。そろそろ伝えてもいいんじゃないだろうか」

「マイク」

「君の大好きなアイリス殿下は、そんなに弱い方ではないと、僕は思うよ」

「……」

「それに――()()は、いつまでなんだろう」

「えっ」


 素で驚く私に、マイケルは首をかしげる。


「君のご両親の件、確かに、重大な禁忌を犯したことにはなるのだろう。本人達もそれがわかっているから、素直に従った。しかし、これは終身刑に値するほどのものなのだろうか?」

「……そ、れは……だって、起きたら、次の」

「ご両親のやったことには、再現性がない。国王ヴィルクリフが協力しない」


 再現性。


 言われてみると、そうだ。

 ヴィルクリフ=フォン=ヴィンセントは、あの日のことを、いまだに後悔している。

 二度と同じ轍を踏むことはないだろう。


 そして()()()は――なんだかんだ、ヴィルクリフという存在が間に居たから、事に及んだのだ。

 ヴィルクリフがそこに居ないならば、同じことは起こらない。


「君は何も聞かされていないんだね?」

「は、はい……」

「その理由があるとしたら、一つしかない」


 マイケルが立てた人差し指を、私は呆然と見つめる。


「君と国王ヴィルクリフが、アイリス殿下と彼女達を会わせることを、全力で妨害するだろうからだ。わかっていたら、君達はなんとしても、アイリス殿下をマグネリア王国に嫁がせ、二度とヴィンセント王国に帰らないように仕向けたことだろう。少なくとも君に、アイリス殿下を置いて、マグネリア王国に嫁ぐという選択肢はなかったはずだ」

「そんなこと……」

「しないと言えるかい?」

「します……」

「そうだろうね」


 刑期が終わる。

 そんなこと、今まで考えたこともなかった。

 戻って来る――眠り続けている第一王妃クリスタとケイトが、今更、起きてくる?


「だから君は、それよりも前に、自分からアイリス殿下に、真実を伝えたほうがいいと思う」

「……こんなこと、知らないほうがよかったはずだって。仕方がないことだって……わかって、もらって……」

「ああ、それなんだけど。ヴィオレッタ。――それだけじゃないだろう?」


 アイリス姉様と同じ澄んだ水色の瞳に、私は思わず息を呑む。


「君がアイリス殿下に真実を打ち明けなかった理由は、それだけじゃあないはずだ」

「それだけです」

「ヴィオレッタ」

「私は、アイリス姉様のために」

「それに騙されるほど、彼女は愚かではない」


 唇をかむ私に、マイケルは言葉の刃を向け続ける。


「アイリス殿下は、きっとその言葉には、乗ってはくれないと思う」


 俯いた私の右手に、手が添えられた。

 無骨で大きくて、アイリス姉様のものとは違う。

 でも、きっと、アイリス姉様と一緒だ。

 私が追い詰められて、勝手に一人ぼっちにならないように、差し伸べてくれているもの。


「私は……アイリス姉様を、一人占め、して」

「うん」

「一人だけのものに、できて、嬉しかった」

「そうだね」

「泣いてるアイリス姉様を、私だけが慰めて、私にどんどん依存していく姉様を見て」

「うん」

「ハッピーヤッピーしてました」

「……うん?」

「毎日が脳内ステップダンスで!!!」

「ステップダンスは秘密にしておこうか。――ヴィオレッタ」


 私が唇をかんだまま、マイケルを見ると、優しい笑顔が出迎えてくれた。


「真実を伝えて、それをしっかり謝ったら、きっと大丈夫」


 思わずボロボロと涙をこぼす私に、マイケルは苦笑した。


「君が泣き虫だっていうのは、意外だな」

「今日、人生で一番泣きました」

「そうか。うん、そんな気がする」

「マイク」

「君はあまり、自分を大切にしないから。これでも心配しているんだ」


 ……。


「マイク。聞きたいことがあります」

「なに?」

「マイクは、もし――」




「――マイケル殿下、大変です!」


 先ぶれのベルの音と同時に近い勢いで、護衛の一人が室内に駆け込んでくる。


 手を握り合って、ソファで向き合う私達を見た彼は、ヒュッと息を呑んでその場に膝をついた。


「申し訳ございません!!!!」

「……いい。どうした?」

「ア、アイリス殿下が」


 ――姉様が?


「アイリス殿下が、失踪なさいました!」


 私が走り出すのを、マイケルは止めなかった。




事件発生。

今のところ、全39話くらいで終わる予定です。

クリスタとケイトがやらかした内容について、この時点で予想がついている方はいらっしゃるのかな。

伏線はちょこちょこ張っております。


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