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29 そして亀裂が入った


「そこに、この人が現れたのです」


 サヴィリアの視線は、まっすぐに私を捉えている。

 どうやら、次はマイクと私の話題に移るらしい。


「マイケル殿下はこの人の前では今まで誰にも見せたことがないような」

「その部分は飛ばそうか」

「えっ?」


 話出そうとしたサヴィリアの言葉を遮ったのは、もちろんマイケルだ。

 驚いた声を出したのは私だ。


 横に座るマイケルを見ると、顔の形は笑っているが、目と雰囲気が笑っていなかった。

 瞳孔が開いている。臨戦体制である。なぜ?


 不満そうな声を上げたサヴィリアも、これはまずいと思ったのか、先ほどまで軽やかに舞っていたその口を閉じて青い顔をしている。


「……。そんなこんなで私は、マイケル殿下の完全性を保つべく、この人とマイケル殿下を引き剥がさねばならないと考えたのです」


 本当に飛ばした!

 なんということだ、それはこの素敵なストーリーの中核部分ではないのだろうか!?


「アイリス姉様、あんまりですよね」

「黙りなさい。わかっていないのはあなただけだから」

「え? アイリス姉様、わかるんですか?」

「黙って。邪魔してはダメよ」

「アイリス姉様……」


 真剣な顔をしてサヴィリアに見入っているアイリス姉様は、こちらを向いてくれない。

 腕を揺さぶってみたけれども、効果はないようだ。

 マイケル……には、多分話しかけないほうがいいだろう。

 しぶしぶ私も、サヴィリアに目線を戻す。


「そこに、占い師が――魔女が、現れました」


 サヴィリアの目の色が変わった。

 マイケルとアイリス姉様の背筋に力が入ったので、私はぱちくりと目を瞬く。


「比重の魔女が、私に協力すると言ったんです」


 比重の魔女。

 そういえば、サヴィリアはその身の大きさを変えていた。そういう魔法が得意な魔女なのだろう。


「そして魔女は、私に先ほどの品を与えました。ただ、その……毛根を消滅させるものと言われて、私も使い道に悩みまして……」

「……」

「……」

「……」

「しかし、私は気が付きました。魔女はきっと、美しくも儚いマイケル殿下が人間らしくなさを取り戻し、未来永劫完成体の道へ進むには、あの毛を失うことが必要なのだと告げていたのだと」


 いや、多分適当に、家に置いてあった魔女入門セットの一つを渡しただけだと思う。

 魔女試験に合格した者は魔女協会から、魔女見習いに渡せるように、多くの入門セットを渡されるのだ。

 けれども、そのことに触れてはいけないような神妙な空気が流れているので、私は口をつぐんで周囲の様子を見る。


 サヴィリアは、青い瞳を爛々と輝かせながら、どこか遠くを見ている。楽しそうである。

 完全体マイケルは、手で顔を覆って沈痛な様子を見せている。可哀そうである。

 アイリス姉様は、水色の瞳を爛々と輝かせながらも、首をかしげている。サヴィリアの言っている内容が、すごく面白いものであるとは感じつつも、その理屈が理解できないのだろう。口の中で、「完全体になるために、あの毛を失うことが必要……?」と、もごもご呟いている。アイリス姉様は純粋可愛いのである。


「要するに、サスペニア侯爵令嬢は、魔女のそそのかしによって、私と女性との縁を断ち切るつもりだったんだな」

「いいえ」

「……つまり?」

「完ぺきなる崇高なマイケル殿下が女性を求めたならば、私がこの身を差し出すつもりでした」


 責任は取りますと言わんばかりの言葉に、マイケルは頭痛が止まらないといった様子だ。


 そろそろマイケルが可哀想なので、サヴィリアが消滅させた毛は、さほどの本数ではないことを伝えた方がいいのだろうか。

 ……いや、部位によってはさほどの本数になる気もする。髪の毛なら、ヴィンセント王国人の平均は12万本程度だけれども、数千本しか生えていない部位もあるわけで。私がマイケルの部屋に入ったとき、サヴィリアは結構力を入れて藁人形を何度も殴っていたけれども、どのぐらいの時間……というか、どのぐらいの回数、殴っていたのだろうか。

 例えばだけれども、三千本しかない部位の毛を百本失ったら、割と涼やかにならないか?

 ……。

 やはり言わないほうがいいか。


「こうして魔女は、私に協力する代わりに、交換条件を出してきました」

「交換条件?」


 マイケルの言葉に、サヴィリアは頷くと、アイリス姉様を見た。


「事実を告げてほしいと」



 私はこのとき、本当に、愚鈍でダメな妹だった。

 アイリス姉様に懸想する一人の人間としても、怠惰で怠慢で最底辺のゴミ屑だ。


 だって、ここで気がつくべきだったのだ。


 きっと、ヴィンセント王国にいた頃の私なら、ここで声を上げていた。


 だけど、今はマグネリア王国に居て――アイリス姉様とマイケルの間に挟まれて座っていて、喋っているのは、初めてできた可愛い人間の()()()で。


 私は、本当の本当の本当の本当に、腑抜けていたのだと思う。


「魔女いわく、隣国の――ヴィンセント王国のクリスタとケイトが、()()()()()()()()()()


「――黙って!!!!!」


 全力で喉を震わせた。

 けれども、間に合わなかった。

 事実を伏せるには間に合ったけれども、間に合わなかった。


 だって、アイリス姉様が、信じられないものを見るような目で、私とサヴィリアを見ている。


「……なに?」

「なんでもありません、姉様」

「隣国のクリスタが――私の、お母様、が」

「アイリス姉様、なんでもないんです」

「……私は、サヴィリアさんに聞いているの」

「言うことは何もありません。そうですよね、サヴィちゃま」

「ヴィヴィは黙って!」

「何もありません!!」


 立ち上がって息を切らしている私と、それを見ているアイリス姉様。


 アイリス姉様に、引く気はないようだ。


 それはそうだ。

 姉様が、どれほど母を恋しく思っているのか、誰よりも近くにいた私が一番よく知っている。

 政敵だらけのあの国で、強くて弱くてずっと寂しくて仕方がなかったアイリス姉様を支えてきたのは、他ならぬ私なのだから。


「アイリス姉様が諦めないのなら、私はサヴィちゃまと一緒にこの場で死にます」

「私も道連れ!?」


 テーブル向かいで、サヴィリアが騒いでいる。

 しかし、私はアイリス姉様から目を離さない。

 アイリス姉様も、私から目を離さない。


「発言を取り消しなさい、ヴィヴィ」

「……」

「でないと、私はあなたを、もう妹だとは思わない」


 氷の刃のような言葉に、思わず涙がボロボロとこぼれる。

 しかし、ボロボロと涙をこぼした私に、アイリス姉様は動かない。

 私が意地を張ると、なんだかんだ、最後には折れてくれるアイリス姉様が。


 私よりも、大事なのだ。


 そう思うと、なんだか身が軽くなったような気がして、やるべきことに向かって、私の体は勝手に動き出す。


「――待つんだ、ヴィオレッタ」


 気がつくと、右手首を掴まれていた。

 掴んでいるのはマイケルだ。


 私の右手の上には、凶暴で凶悪な色をした塊が渦巻いていて、あらゆる命を屠らんと、今にも弾け飛びそうな様子を見せている。


「結論を出すには早すぎる」

「……ア、イリス、姉様が」

「わかってる」

「マイク」

「わかってるから」


 優しい声音に、ゆっくりと肩の力が抜けていく。

 その事実が、自分でも不思議だった。

 手は震えるけれども、そこに現われていた力が収まっていく。


 泣きぬれた顔でマイケルを見ると、彼はふわりと柔らかい笑みを浮かべた。


「任せてくれるかな」


 こくりと頷くと、マイケルはゆっくりと私の手を放した。

 彼はうなだれる私をソファに座らせ、自分も横に座ると、アイリス姉様に向き直る。


「アイリス殿下。ここは一度、引いていただけませんか」

「……」

「お二方とも、一度冷静になる時間を設けたほうがいい」

「……彼女は」

「サスペニア侯爵令嬢は、しばし軟禁いたします。――異論はないだろう?」


 マイケルがサヴィリアを見たので、私もゆっくりと顔を上げて彼女を見たところ、彼女は青い顔でガクガクと頷いていた。

 私と目が合うと、「ひぇっ」と声を上げている。


 ……。

 可愛い。

 彼女と心中して終わらせるのも、悪い未来ではないような気がする……。


 私がまじまじと彼女を見ていると、ふと、隣で笑ったような気配がした。

 気配のしたほうを見ると、目が合った彼は、ニコリとほほ笑んだ。



「明日もう一度、全員で話をしましょう」


 マイケルの一言で、その場は解散となった。


 アイリス姉様は、一度も私を見なかった。


 私は部屋を出ていくアイリス姉様を凝視していたけれども、きっとその気配に気が付いているはずなのに、アイリス姉様は、私を見てくれない……。



 こうして、護衛達も退出し、私とマイケルの二人だけになったところで、マイケルがハンカチを差し出しながら、口を開いた。


「聞かせてくれるかな?」


 差し出されたハンカチを見つめながら、私はぐるぐると同じところでずっと立ち止まっていた。


 私の堂々巡りに、マイケルはつきあってくれているのだろう。

 特に何も言うこともなく、ハンカチを下げることも、何もしない。


 ただ、私を待っている。


 私は堂々巡りの達人だ。

 人生を通して、この沼にはまり続けてきた。

 その私が出した結論が、『よけいなことを言わない』というものなのであって、それを覆すことなんて、普段の私であれば、するはずがない。


「話を聞いたら、きっと」


 この国に来る前のヴィオレッタであれば。


「私を、嫌いになる、と」


 こんなことを言うはずは、ないのに。


 右手をそっと握り締められて、私は自分が息を止めていたことに気が付く。


「君を嫌ったりしない」

「……マイク」

「僕は面倒ごとを解決するのが誰よりも好きだ。それを君は知っているだろう?」

「……」

「自慢じゃないけど、解決後も、当事者達とは長く縁が続いているんだ」

「それは自慢です」

「まあ、うん。実は自慢にしてる」


 私はなんだか、体の力が抜けて、彼の肩に頭を置いた。

 長い黒髪で顔が隠れて、きっとマイケルも、私の顔を見ることはできない。


「ヴィオレッタ?」

「マイク……」


 たすけて。


 私が、この波乱万丈な人生の中で初めて呟いたその言葉を、マイケルは聞き逃すことなく、拾ってくれた。




ヴィオレッタの中ではサヴィリアは既にお友達。


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こちらの作品もよろしくお願いします。

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