25 私達はただの友人です
こうして私は、万年筆サイズのご令嬢を、自分の私室に連れて帰ることにした。
そして、部屋を立ちさろうとしたところで、気が付いた。
(机がぐちゃぐちゃ……)
机上を汚したのは私ではなく、万年筆令嬢である。
しかし私はマメで親切心に溢れているので、彼女を連れ帰る時に机上の本を整えることにした。
右手に万年筆令嬢、左手で事を成すというのは大変だったけれども、なんだかんだ友人が助けてくれたのでうまく整えることができた。
そして、本を整え終わった後に残ったのは、散らばる魔法画だ。
私が際どい角度で写っている大量の魔法画。
(……)
わたしは、魔法画を一つの束にまとめて机の中心に置く。
そして、その横にメモを残すことにした。
内容はこうだ。
『誰が撮った魔法画なの〜』
さすがの私も、本人が居ないお部屋に勝手に入ってしまったことに罪悪感を感じたのだ。
だから、マイケルの罪悪感にすべての悪をなすりつけることにしたのである。
これでマイケル不在の寝室に侵入したことについて、マイケルが私の罪を問うことはなくなるだろう。
我ながら完ぺきな犯行である。
「でも、ちょっと可哀そうかしら」
「割と可哀そうね」
万年筆令嬢の意外に冷静なコメントに、私は少し思案する。
先日の夜もマイケルはなんだか気の毒な様子であった。
もう少し優しくすべきかもしれない。
結果、文字の隣に力作の絵を描いておくことにした。
『誰が撮った魔法画なの〜 :(ᐡ•̥ו̥ᐡ):』
「これで完璧です」
「同情がどうしてこれに昇華されるのよ!」
「これはさっきのあなたの顔です。すごく可愛いでしょう?」
「……」
万年筆令嬢が複雑そうな、ちょっと嬉しそうな顔で無言になった。
どうやら満足の出来だったらしい。
可愛いは正義である。
すべての悪を背負ったマイケルの心も、きっと少しは慰められることだろう。
「じゃあ行きましょうか」
私が満面の笑みで部屋を出ると、万年筆令嬢はハッとした顔で青ざめ始めた。
メモを描いている間は平気そうな顔をしていたのに、なにか恐ろしいことでもあるのだろうか。
こうして私の私室にたどりついた私と万年筆令嬢。
私はそっと、寝台横の机の上にある口の広いガラスの花瓶に万年筆令嬢を入れる。
この花瓶は彼女の背丈よりも高さがあるので、簡単には脱出できないはずだ。
寝台に寝ころびながら、私ははやる気持ちを押さえつつ、花瓶に入れた彼女の姿をまじまじと眺めた。
水色フリルの可愛い貴族令嬢服に身を包んだ、とても愛らしい女性だ。片口で切りそろえたサラサラの金髪に、くりくりとした深い青色の瞳が魅力的なお嬢さんである。
年の頃は二十歳のマイケルと同じくらいだ。だから、ご夫人の可能性もある。しかし、マイケルへの恨み節を聞く限り、なんとなくまだご令嬢のような気がする。
普通のご令嬢と違うのは、背丈が一般人と比べて少し小さいことと、背中に魔法の力を帯びた杖を背負っていること、手にワラ人形を握り締めていることだろうか。
うん、手に持っているのがワラ人形というのがとてもいい。
そのギャップが、彼女の可愛らしさを引き出している。
とてもいい。
とても可愛い。
「可愛いですね」
「……出してよ」
「とっても可愛いです」
「……出して」
「ふふ。小さくて可愛いです」
「出して。出してよー!」
花瓶の中でぷるぷる震えている万年筆サイズの美女。
こんなに心惹かれる光景があるだろうか。
しかし、この幸せな空間は長くは続かないようだ。
私はしかたなく、花瓶を手に取り、中にいるご令嬢をそっと手に取りだす。
「なに。出してくれるの」
「あの……」
「なによ」
「お洋服、きつくないですか?」
「!!!」
ハッとした様子のご令嬢が、自分の体を見た。
先ほどまで、彼女を可愛らしく演出していた水色フリルのお洋服が、なんだか悲鳴を上げそうな様子で引き延ばされている。
その惨状に、どうやらご令嬢は声も出せないようだ。
無理もないことだ。
「女性として驚きますよね。はち切れそうなお肉……」
「どういう言い方!? 体の大きさが元に戻りかけてるだけに決まってるでしょ!」
「それで、このまま元にもどるおつもりなのですか?」
ハッとした顔のご令嬢は、背中に背負っている杖を手に取った。
そして、可愛らしいしぐさで、その杖を宙に向かってくるくると回す。
「私はキュートなマジカル美少女! おうちにか〜えれー!」
何も起こらない現場。
真っ赤な顔で悔しそうに震えているご令嬢。
真顔の私。
「杖にひびが入っているので、おそらく壊れています」
「……なにか言いなさいよ」
「可愛い二十歳前後美少女でした」
「もうなにも言わないでよ!!!!」
なんという移り気。
しゃべったらいいのか、はたまた黙ったらいいのかわからない。うちの国の第二王子エクバルトのようだ。
私は知っている。こういうとき、追撃をするとさらにおかしなことになるのだ。だから、ただひたすら黙っておいた方がいいだろう。
私が静かに口を閉ざしていると、二人しか居ない室内に、ビリビリという縫製の糸が引きちぎれる音が鳴り響いた。
むくむくとそのサイズを増量させていくご令嬢。
最終的に一糸まとわぬ姿になった彼女は、私の寝台の毛布に身を隠しながら、涙目で震えていた。
ここに男の人が居たら、色々と大変なことになっていただろう。
そのくらいには、このご令嬢は愛らしく美しく、魅惑のボディを持っていた。
お胸が控えめなところも、アイリス姉さまに似ていて素晴らしいと思う。
「あっ、お洋服が……」
「……」
「全部、破れちゃった……」
「……」
「あの、服……」
「……」
「服を、貸してもらえますか」
「……」
「ねえ……」
「……」
「なにか喋りなさいよ!」
「……」
「謝るからぁ!!! お話してよぉ……!!!!」
「わかりました。服ですね。どうしようかしら」
ご令嬢が号泣し始めたところで、私は仕方ないとばかりに重たい腰を上げた。
服か。服を貸す……。
サイズが合わない気もするけれど、どうすればいいのかしら。
まずは下着を貸さねば。
……下着を貸す?
そんなことってあるのかしら?
「あの」
「はい!」
「ここに、二つの選択肢があります」
「……はい?」
「あなたが身に着けたいのは、新品未使用の下着でしょうか? それとも、私の使用済み洗濯後の下着でしょうか?」
「後者なことってありえるの!?」
「そうですよね。じゃあこちらで」
私はクローゼットの中に入っていた魅惑のトランクケースから、新品未使用の下着を取り出して、ぴらりと両手で見せつけるように広げる。
その瞬間、ご令嬢が愕然として、口をぱかーんと開けた。
そんなに口を開けて、あごが外れたりしないかしら。
「なによそれ!? そ、そ、そ、そんな破廉恥な!」
「はい。ご令嬢御用達の魅惑のランジェリーです」
「御用達なの!? ぬ、ぬ、布切れっていうか、ただの紐じゃないの、そんなの!!!!」
「この世の不思議を感じる存在ですよね」
私がピロリと広げた下着は、ほぼ紐状態の真っ黒な布切れだった。
大切なところには謎の切れ目が入っているし、胸当てのほうも本当にこれで固定されるのかよくわからない仕様である。
しかし、新品の下着はこれしかないのだ。
私の服は、そもそもの数が少ない。
ヴィンセント王国からは、黒いドレスが三枚、寝間着一枚、普段使いの下着三セットと勝負服(下着込み)を三セットしか持ってこなかった。
マグネリア王国でマイケルが用意していたドレスは、ようやく十着ほどオフショルダー化してサイズ合わせが終わったところだ。下着も、少しずつ数を増やしている。
こんな状況なので、服が余るようなことは一切なく、おろしたての下着はすぐに私が身に着けてしまう。
そも、おろしたての下着を長く放置することなどあるだろうか?
あるとしたら、こういう勝負下着くらいのものだ。勝負をするときまで、擦り切れないよう、大切に新品のまましまっておく……。
「というわけで、これを身につけましょう」
「そんな、そんなの……」
「これなら紐なので、サイズがぴったり合わせられますよ」
私が自分の胸を見た後、ご令嬢の胸を真っすぐに見つめると、ご令嬢はしくしくと涙を流しながら喜んでくれた。
ようやく私の真心が伝わったのだろう。
私が下着を手渡しすると、ご令嬢が困ったような目で私を見た。
「これ、どうするの……?」
「えっ?」
「私、自分で着替えたことなんてないわ?」
おっと、これは想像以上に高貴なお嬢様らしい。
仕方ないので、本当に仕方がないので! 私はウキウキと心をはずませながら、紐付きの布切れを手に、寝台に入り込む。
彼女の胸に布切れを当て、背中の後ろの紐を、ちょうちょ結びにしてみた。
可愛い。
楽しい。
なるほど、これが愉悦。
アイリス姉さまが私の着せ替えを愉しそうにしていた理由が、ようやくわかった気がする。
そうだ、胸の布切れから上側に伸びている紐を、首の後ろで、可愛くちょうちょ結びにしなければ――。
「ヴィヴィ! あなた、テラス席で待っていてって、言ったのに!」
バァーン!と音を立てて、私の私室の扉が開く。
事を成したのは、もちろんアイリス姉さまだ。
時が止まったかと思った。
気の置けない彼女が、先ぶれのベルを鳴らすこともなしに、私の捜索のため室内に乱入。
そして室内では、私が別の裸のご令嬢と同衾し、彼女の下着に手をかけている。
これは――!
「浮気じゃないんです!!!!」
「なんの話よ!!!!!」
「これは仲のいい友人っていうだけで。私はアイリス姉さま一筋で!!!!!!」
「不倫の言い訳!? えっ、なに。なんでこうなってるの? そ、その方はどちらさま?」
あわあわと青ざめる私に、アイリス姉さまも困惑の極みと言った様子で、開け放した扉から動かない。
私の隣に居るご令嬢は、しくしくと泣きながら、「扉を……扉を閉めてくださーい……」と小声で訴えている。
アイリス姉さまを後から追いかけてきた侍女達も、部屋の中の光景を見て絶句している。
「ヴィオレッタ違うんだあれは勝手に隠密が撮影してきたというか僕の意思によるものではなくて!!!!!!」
次に駆け込んできたのは、息を切らしたマイケルだ。
私が描いた可愛いイラスト付きのメモ『誰が撮った魔法画なの〜 :(ᐡ•̥ו̥ᐡ):』を手にしている。
私が描いたというサインを残していないのに、犯人を私だと断定するなんて、名探偵すぎやしないだろうか。
「きゃああああーーーーーーっ!!!!」
「わぁあああーーーーーーーっ!!!!」
毛布に身を包んだ裸のご令嬢と王太子から、とどろくような悲鳴が上がる。
そして慌てたようにマイケルが扉の外に出ていった。
「申し訳ない! いや、わざとではなくて!」
「マイク……」
「わざとではないんだ扉が開いていたから!!!!」
「マイク。私、マイクの暗殺犯を捕まえたんです」
シンと静まり返る一帯。
私の報告がしっかり伝わりそうでなによりである。
私の隣に居るご令嬢だけが、「違います!」と声高に叫んでいるのはご愛敬だ。
私は高鳴る胸を押さえながら、ご褒美のおねだりをはっきりと口にする。
「だからモーリス殿下(十三歳)に求婚する権利をください」
「絶対にだめだ!!!!!!!」
「どうしてそうなったの!?」
目を剥くマイケルとアイリス姉さまに、ご褒美を断られた私は大変なショックを受けた。
マイケルはケチである。






