23 頑張っているアイリス姉さまを応援しよう
想定よりも出発が遅れてしまったので、アイリス姉さまはもう寝ているかもしれない。
それはそれで好都合ではあるのだが、なんとなく、今日のアイリス姉さまはまだ寝ていないような気がしていた。
(眠くてうとうとしているかもしれないけれど……)
誰も居ない道を友人達に教えてもらいながら、早歩きで廊下を進み、問題なくアイリス姉さまの居る客間の前にたどりつく。
満を持して、私はそっとドアノブに手をかけ、薄く扉を開き、部屋の中を覗き見た。
扉の前には、騎士服の上にガウンを羽織ったアイリス姉様が槍を持って仁王立ちしていた。
「……」
私はそっと、扉を閉めた。
何かの見間違いだっただろうか。
一度扉をあけてみたけれど、やはりアイリス姉様が槍を持って仁王立ちをしているように見える。
頭がガクガク揺れているのは、屍として痙攣しているのではなく、多分眠たくて舟を漕いでいるのだろう。
そしてその下半身に目を滑らせると、そこには今日日なかなか見ない代物が装着されていた。
鋼鉄のパンツである。
「アイリス姉さま」
声をかけながら扉をバァ~ン!!!と勢いよく開けると、アイリス姉様はびっくりして槍を取り落としていた。
「……ヴィヴィ!? ちょっと、来るなら先ぶれのベルを鳴らしなさいよ! 槍で突いてしまうところだったでしょう!」
「このくらいで槍を落としてしまう姉さまには、槍を突くのは難しいと思います」
「そんなことないわ。女にはね、戦わなければならないときがあるの」
「別の戦い方のほうがアイリス姉さまには似合っています」
「大丈夫よ。この槍でね、秘孔を突くだけでいいんだから。男にはね、弱点があるらしいの。そこをえいって一突きすれば、簡単に大勝利よ」
自信満々の様子でニコニコ笑うアイリス姉さま。
アイリス姉さまが落とした槍を拾おうとしたので、私は先のとがったヒール靴でそれとなく槍を蹴り飛ばす。くるくると回転しながら部屋の隅まで転がっていく槍を見たアイリス姉さまは、凌辱された乙女のような顔で私を見た。
「なにをするのよ!」
「アイリス姉さま。今日はもうお疲れだと思うので、ベッドに入りましょう」
「そんなことをしたら、野獣が現れたときにそのまま襲われてしまうでしょう!」
「大丈夫です。先ほど野獣殿下をお二人討ち取ったので、誰もやってきません」
「!? やっぱり夜な夜な襲われているのね!? なんというすさんだ戦いの日々を……」
「いえ、今夜はたまたまというか」
「いいのよ、わかっているわ! その手慣れた様子、毎夜のことなのね。マグネリア王国はやっぱり恐ろしい国だわ」
「アイリス姉さま、違うんです」
「可哀そうに、ヴィヴィ。慰めてあげるからこっちにおいで」
「はい」
アイリス姉さまに手招きされたので、笑顔で従った。
よしよし頭を撫でてもらって、私の人生は最高潮である。
マグネリア王国への誤解は、まあ後で適当に解いておけばいいだろう。
「ところでアイリス姉さま。そのイカツイ下着はなんですか?」
「下着じゃないわよ! これはね、対野獣戦用の最高傑作なのよ。昼間の鎧と違って装着したままベッドに寝られるの」
「鉄のパンツを履いたまま」
「パンツじゃないってば! ほら、ちゃんと服の上に身につけているでしょう。騎士服のスラックスの上に」
「これ、鍵付きですか?」
「そうよ。ここにその鍵があるわ!」
きらりと鍵を見せつけてくるアイリス姉さまに、私は首をかしげる。
「その鍵が近くにあったら、意味がないのでは?」
ハッと目を見開くアイリス姉さまに、私は追撃の手を緩めない。
「そもそも、こんな鉄のパンツを履いていたらお花摘みに行けません」
「パンツって言わないでよ!」
「こんなもの、どうやって入手したんですか」
「エクバルトがよこしてきたのよ。野獣の国に行くなら着けてみればって」
「第二王子ですか?」
あの、私の体を触りたがる変態兄からもらったもの?
私が眉をしかめながらまじまじとアイリス姉さまの履いている鋼鉄のパンツを見る。
「あの、ちょっと。あんまり見ないでもらえるかしら」
「これ、本当にその鍵で開くんですか?」
「え?」
「装着前に確かめましたか」
「いいえ」
……。
しばらく沈黙が続いた後、白い顔をしたアイリス姉さまは、震える手で下腹部辺りについている鍵穴にカギを刺そうとする。
カシャカシャと音を立てるその様を無言で見ていると、アイリス姉さまが悲鳴を上げた。
「開かないわ!」
「姉さま、まだ鍵が刺さってないです」
「ほ、本当に!? ねえ、視界が歪んでよく見えないの。エクバルトの陰謀かしら!?」
「姉さま、それは涙がとめどなくあふれているからです」
「ね、ねえ、ヴィオレッタ。代わりにこれ、開けてくれないかしら……」
「……」
「ヴィヴィ!!!」
「貸してください」
私は鍵を借りて、アイリス姉様の下腹部にある鍵穴に鍵を刺す。
くるりと鍵を回転させると、鍵穴からじっとりとした紫色の光が漏れるのが見えた。
そして、抜けない鍵。
……。
「しばらく外せないよう、呪いがかかってますね……」
「!?」
ガクガク震えているアイリス姉さまに、私はちらりと上目遣いで尋ねる。
「外してほしいですか?」
「……ヴィヴィ」
「私なら、外せそうですが」
「……ヴィヴィ!」
「私、今夜はここで過ごしてもいいですよね?」
ヘッドバンキングレベルで頭を縦に振るアイリス姉さま。
私はにっこりとほほ笑むと、鍵穴の中に居る呪いの塊を指ではじき飛ばし、鍵を引き抜いた。
カシャンと音を立てて外れた鉄のパンツに、アイリス姉さまはへたりこんでいる。
「アイリス姉さま。ほら、こんなものは捨て置いて、ベッドに入りましょう」
しくしく泣いているアイリス姉さまが私をぎゅっと抱きしめてきたので、私の人生はやはり最高潮である。
ベッドへと彼女を促し、自分もガウンを脱いだら、楽しい夜の始まりだ。
「ちょっとヴィヴィ! あなた、なんて服を着てきたのよ!」
ガウンを脱ぎ捨てた私の格好に、アイリス姉様が悲鳴を上げた。
今の私が来ているのは、透け透けの黒のベビードールだ。
そのベビードール越しに、大事なところを守れていない布切れのような下着が見え隠れしている。
「アイリス姉さまと選んだ服です」
「それは王太子とか他の王子を落とすための服でしょう!?」
「姉さまとのマグネリア王国での初めての夜ですから、人生で一番の気合を入れました」
夜中だというのに大声を上げるアイリス姉さま。
どうや、想像よりも感動してくれたようだ。
私がニコニコと微笑んでいると、アイリス姉さまがさらに悲鳴を上げた。
「ヴィヴィ! あなた、あの香油を使ってきたの!?」
「このお部屋の前で塗りたくってきました」
「だからなんで私に使うのよ!」
「姉さまと沢山、お話をしようかなと思って」
「性的興奮剤入りの香油で何を話すって言うのよ!!!」
そう、私が自身の体に塗ったのは、アイリス姉さまと一緒に選んだ興奮作用のある香油である。
マイケル達はこの香油を使うまでもなく常に興奮している様子なので、私的な理由に使うことにしたのだ。
「これは徹夜するための眠気覚ましです」
「なんで徹夜が決定事項!?」
「だって、アイリス姉さまは徹夜するつもりだったんでしょう?」
「!」
「襲いくる男達から身を守るために、決死の覚悟で眠気と戦っていたんですよね。私もお供します。ほら、体は休めないといけないですから、アイリス姉様も横になって。私、今夜はここに居ていいんですよね?」
ニコニコほほ笑みながら鍵をゆらゆら目の前で揺らしたところ、アイリス姉さまは震えながら横になってくれた。
アイリス姉様に嫌がらせをした第二王子には後でしっかり嫌がらせをしておくとして、事ここに至ると、意外と奴はいい仕事をしたのかもしれない。
美味しそうな顔でぶるぶる震えているアイリス姉さまの横に添い寝した私は、その腕をギュッと抱きしめる。
「楽しい夜を過ごしましょうね、アイリス姉さま」
こうして私は、アイリス姉さまと楽しい夜を過ごした。
目がギンギンに冴えた様子の姉さまは、珍しく一晩中、私とのおしゃべりに付き合ってくれたのだ。
というか、私が寝そうになると、「お願いだから頭が冷えるようなつまらない話を続けてよ!」と泣きながら懇願されたのだ。とても期待されてしまったので、私は大興奮で一晩中おしゃべりを続けた。
チュンチュンと鳥の声が聞こえ、朝日がカーテンに差し込んできたところで、私は寝台から起き上がる。
「楽しい夜でしたね、姉さま」
ふと、アイリス姉さまを振り返ると、なぜな姉さまは枯れ木のように萎れた様子で横たわっている。
「……なんでそんなに……元気……なの……」
「私は姉さまにお付き合いするために仮眠をとりましたから」
宇宙を見た猫のような顔で固まるアイリス姉さま。
「今夜も徹夜するんですよね? 大丈夫です。妹として、誠心誠意お付き合いします!」
~✿~✿~✿~
その日の日中、私の知らないところで、マイケルとミゲルに会ったアイリス姉さまは、心の底からの心配を受けたらしい。
「一晩中、ヴィオレッタと一緒に!?」
「アイリス殿下、ご無事ですか……いや、こんなにもおやつれになって……くっ、手遅れでしたか……!」
「大丈夫ですか、暫く自室で横になられますか!?」
その言葉を聞いたアイリス姉さまは、「私はマグネリア王国の男性を信じます」と呟いた後、極度の眠気により失神。
そして私はなぜか、マイケルにより、夜中にアイリス姉さまの寝室に行くことを禁じられてしまった。
解せないことである。






