20 波紋
アイリス姉様の来訪は、マグネリア王国の王族に波紋を呼んだ。
「ヴィンセント王国が第一王女、アイリス=フォン=ヴィンセントでございます」
アイリス姉さまの優雅なカーテシーに、国王夫妻は目を細めて姉様を歓待する。
「久しいな、アイリス殿」
「アイリス様とお会いするのは、昨年の国際会議以来かしら」
「お元気そうで良かったわ」
「マイルズ陛下、ナサリエ殿下、ニコラ殿下。ご健勝のようでなによりです」
和気藹々とするアイリス姉様と国王夫妻。
アイリス姉さまはヴィンセント王国の王太子なので、国際会議にもよく出席しているのだ。
なので、国王、第一王妃、第二王妃とも面識があるのだろう。
ちなみに、昨年の会議にはマグネリア王国王太子のマイケルも出席していて、第二王子ミゲルと第三王子メルヒオールも視察がてらついて行ったらしい。
そのため、三人は多寡はあれども、アイリス姉さまと面識があるようだ。
そんなことを考えていた私の横から、呆然とした呟きが聞こえた。
「ヴィンセント王国の弓張月……」
声の主は第四王子モーリスだ。
第五王子マクシムのと共に、国王や王妃達と会話をしているアイリス姉さまを見て、うっとりとしている。
そういえば、この二人はアイリス姉さまを初めて見たのか。
美しいサラサラの金の髪。
白磁の肌に大きな淡い水色の瞳、長いまつ毛に桜色の唇。
ヴィンセント王国第一王妃にそっくりなアイリス姉さまは、実は、清楚系美女の頂点と言っても過言でないほど、絶世の美人なのである!
マイケルと、久しぶりにまともな格好をしているミゲルは、アイリス姉さまの美貌に妙に無関心で、その魅力を理解していないようだけれども、末弟二人は十分にその真髄に触れることができているようだ。
うんうん、若き二人の王子、とっても見どころがあります。
よきかなよきかな。
「夜空に輝く月のような、繊細な美しさですね……」
「なんということだ……女性は、もちもちでなくても素晴らしい……っ」
「触れたら折れそうなほどたおやかな可憐さ……モーリス兄上、アイリス殿下の案内役は僕が務めます……」
「何を言うか……その素晴らしい役目は俺のものだ、マクシム……」
「若い弟に経験を積ませてください……」
「兄より先に経験をしようとする不届者は誅殺だ……」
「恥ずかしいからお前達は黙っていろ」
おどろおどろしい声音に、二人の王子はビクッと体を震わせた。
そして、声のしたほうを見て、さらに目を丸くしていた。
そこには、ニコニコ笑っているメルヒオールがいるだけだ。
にこやかな笑顔を浮かべる彼から、地の底から這うような先ほどの声が発生するとは思い難い。
けれども、ここで口を開いたら、何かを失うような、そんな緊張感がある。
私も火薬庫でダンスをする趣味はないので、それとなく口を閉ざしておいた。






