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1 拾われた私



 落ちこぼれで、呪われた第三王女。


 生まれたときから、それが私の立場だった。



   ~✿~✿~✿~


 私はヴィオレッタ=フォン=ヴィンセント。


 国王である父ヴィルクリフ=フォン=ヴィンセントと、父に()()()()にされた侍女ケイトの間に生まれた子だ。


 私の存在は醜聞であったらしく、生まれたときからその存在は無碍に扱われてきた。


 母は物心ついた頃から、そばに居なかった。


 育てたのは使用人達。

 一日三食、固くて小さなパンに冷えたスープを与えられた後、放置される。

 礼儀作法もわからず、人に話しかけると、嫌な顔をされる。それだけならまだいいほうで、ひどいときは突き飛ばされることもあった。


 だから、私は庭の隅で、誰にも見つからないように過ごしていた。


 空からやってくる鳥、木々のざわめき、草の唄に耳をかたむけながら、ただひたすらに時が過ぎるのを待つ。

 王宮内の噂話をぼんやりと聞きながら、それを話す人もなく、ただひたすらに生きているだけの日々を過ごしていた。


 ここに居る意味は、よくわからない。

 よくわからないけれども、鳥のように私には翼もなくて、猫のように牙もなくて、木々のように目を塞ぐこともできない。

 だからきっと、私はここに居るのだろう。


 そう思って過ごしていたある日、私に声をかけてきた人がいた。


「……あなた」


 木にもたれかかっていた私は、ゆっくりと顔を上げて声のしたほうを眺めた。


 ガリガリに痩せ細りながら庭の隅で固まっていた私に声をかけたのは、金髪碧眼の小さな女の子だった。

 いや、私のほうが小さいのだから、小さな女の子と言っては失礼だろう。

 けれども、その当時の私には鏡を見るという習慣がなくて、だから比較対象は視界に入る大人達しかいなかったから、その三分の二ほどしか背丈のない彼女はやはり、『小さな女の子』でしかなかったのだ。

 歳の頃は、十歳を過ぎた頃合いだろうか。


 キラキラしたまぶしい服を着た彼女は、たった一人で私の前で仁王立ちしていた。

 私を見た後、にわかに青ざめ、手が震えているような気がする。


「あなた、こんなところで、何をしているの」


 聞かれた言葉に、私は答えなかった。


 そう言った彼女が、とても綺麗だったからだ。

 私の視界の中で一番綺麗なのはこの子だなあと、ぼんやりと眺めるのに忙しくて、答えを返す暇がなかったのだ。


 そうして私が黙っていると、その子は怒ったような顔で、「何をしているのって、聞いてるの!」と叫んだ。

 これは答えを返さなければならない流れか。


「……わ……」


 私は、と言おうとして、喉が絡んで咳き込んでしまう。

 そういえば、私はずいぶんと長い間、声を発するということをしてこなかったかもしれない。

 何度か話をしようとし、けほけほ咳き込む私に、その小さな女の子はさらに青ざめていた。


「も、もういいわよ! こちらに来なさい!」


 女の子は私の手を引いて、王宮の中に入っていった。

 そこは煌びやかな部屋で、大きくなってから思い返すと可愛らしさもあるのだけれども、その可愛らしいさを感じ取ることはこのときの私には難しかった。


 部屋の入り口で身を固めている私に、彼女は不審そうな目を向けてくる。


「何してるの? こっちに来なさいよ」

「……」

「何か問題があるの?」

「汚し、たら、あの」


 怒られるから。


 最後まで言わなかったその言葉を正確に読み取った彼女は、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「王女のあなたが部屋を汚して、誰が怒るって言うのよ」

「……みん、な」

「あなたの周りにいるのなんて、使用人達ぐらいじゃない。片付けるのが彼らの仕事でしょう!」

「……」

「もう、いいわ。ほら、これを食べて、飲んで」

「……?」

「あなた、このままお風呂に入れたら倒れちゃいそうじゃない。先に少し食べなさいよ」


 机の上に用意されているのは、サンドイッチのようだった。ハムときゅうりの挟まれたそれが、キラキラした装飾のついた真っ白なお皿の上に、五切れほど置いてある。

 隣にはコップが一つと、レモンの浮かんだ水の入っている水差し。


 あんまり綺麗なお皿に載っているので、手を出しづらくて、ただひたすらお皿を見つめていると、女の子は「いいから、席につきなさい」と私を椅子に座らせた。


 そのまま動かない私に痺れを切らしたのか、彼女は私の目の前でコップに水を注ぎ、その場で飲み干す。


「これで、心配ごとはなくなった?」


 眉根を寄せる彼女に、私は首を振った。

 どうやら彼女は、私が毒を疑っているとでも思ったらしい。


 恐る恐る、彼女が机に置いたコップに手を出し、水を注いで一口飲む。


 レモンの入った水は、あんまり美味しくなかった。

 でも、それを言うと怒られる気がしたので、私は口をつぐみ、もう一口水を飲む。


 喉が潤ったので、少しは声が出そうな気がして、私は女の子に話しかけてみた。


「あの」

「……何よ」

「みんな、あなたのこと、好きだから。お水も、危なくないって、聞いて、知ってる」

「みんな?」

「いっぱい、いる。風にも、水にも、木にも」


 どうしてだろうか、女の子の顔色がさらに白くなっていく。

 でも、とりあえず、これを言わなければ。


「お姉ちゃん、ありがとう」


 それが、第三王女の私と、姉さま――国王と第一王妃の血を継ぐ正当なる王位継承者、第一王女アイリス=フォン=ヴィンセントとの出会いだった。

 当時八歳と、十歳の少女の邂逅である。


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