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川中島決戦 名もなき英雄たち  作者: 山脇 和夫
9/16

車かがり


馬場信春が千曲川渡河に成功する半刻前

謙信の本陣では、参謀役とも言える立場の宇佐美定之が苛立ちを隠せないでいた。

「まだ武田の二の柵は越えられんのか!?」

「はっ、未だ越えられませぬ。一の柵と二の柵の間には一町(約110メートル)ほどの身を隠せぬ地が広がっておりまする。

攻めようにも身を晒した瞬間、たっぷりと矢弾が注ぎ、どうにも攻めあぐねている様子でごさりまする。」

伝令で走り回る黒ホロ衆が報告する。

いかが致しましょうやと宇佐美は謙信を見た。

次から次へと犀川を渡る越後勢であったが、前が詰まって川中で立ち往生してしまう部隊が出ていた。

このままでは攻めあぐねるどころか、千曲川の渡しを渡った武田方に退路を絶たれる恐れもある。

すでに千曲川の渡しの防衛を任せている甘粕隊より戦闘が開始された旨の報告が入ってきている。

じっと戦場を見つめていた謙信は突然目を見開き口角を上げて、クックックと薄ら笑いをする時がある。

しかしそれは笑っているのではない。

見開いた目は鋭く釣り上がり眼球は血走る。

まるで狐が憑依したかのごとくである。

謙信はよくこのような表情をした。

大事な決断をする時だが、初めのうちは各諸将も

あまりの凄みある眼光に恐れ慄いたが、その時に発せられる下知によって今までの戦に勝利してきた。

今また謙信の信ずる毘沙門天が舞い降りたかと

みな謙信の方に集中した。

「川を渡河した部隊より右翼に展開せよ!防備が薄くなった地を見つけ雪崩れ込むのじゃ!」

謙信は、我も行くと付け加えた。

宇佐美定之はグッと頷き「本陣前へ」と号令をかけた。

最後に残った謙信の本陣が動き出した。


一の柵で激しい攻防戦を繰り広げる色部隊、村上隊そして左翼に展開して海津城との練脈を断とうとする柿崎隊を後に、渡河を終わった部隊から右翼へと展開を始めた。

武田方も黙って見ているわけにはいかない。

二の柵を防衛する部隊を除き、予備の兵力が越後勢に追随する。

しばらく柵を挟んで移動する両軍であったが、

後方で突撃を敢行するトキの声が上がった。

今まで一の柵で防戦をしていた色部、村上隊が攻勢に転じたのだ。

一の柵攻略に使用した戸板をずらりと並べ、身を隠しながら最前線に打って出た。

もちろん武田方の矢弾はそこに集中する。

まとめて銃弾を浴びれば、戸板といえども粉砕され、そこに隠れていた越後勢に死傷者が出た。

一気に攻め立てるわけではない。

一歩一歩確実に間合いを詰めるが万が一、二の柵を抜かれれば、一気に武田方の崩壊に繋がりかねない。

越後勢を追って左翼に展開する武田方の兵の一部が救援のため取って返す。

謙信はそれを見て、さらなる部隊の攻撃を要請した。

川中島奪還に執念を燃やす村上隊が死を恐れず突入して行く。

突破を恐れた武田方がさらに救援を送った。

右翼に展開する越後勢は隊列を組むこともなく

ひた走りに走り続ける。

いつのまにか追従して防戦しようとする武田方が

希薄になっていた。


「今じゃ、ここから柵内に突撃する!皆の者手柄を立てろやぁ!」

先陣を賜った本庄繁長の隊が手薄になった柵を押し倒して雪崩れ込んだ。

すでに武田方に防備する力はない…

本庄隊に続いて中条隊、新発田隊が続く。

謙信からは、後続を待たずに打って出よのと厳命が下っている。

柵を越えた越後勢が、川中島の領地になだれ込んで行った。

それを見て謙信は大笑いで

「信玄敗れたりぃ!!」と叫んだ。

決壊した堤防に水流が怒涛のごとく流れ込むように越後勢は二の柵をも押し倒し川中島の広大な平地に足を踏み入れた。

彼方には武田信玄の本隊と思われる軍勢が塊となって展開している。

謙信は先陣の本庄隊に立ち止まる事なく突撃を命じた。

続く中条隊、新発田隊も追従する。

第2陣の直江景綱、松本影繁も川中島に侵入する。


一方、武田本陣は分厚い魚鱗の陣を引いて待ち構えていた。

数では越後勢の方が優勢である。

しかし馬場信春の別働隊が犀川対岸まで進出すれば、越後勢は退路を絶たれる事になり形勢は一気に逆転する。

武田方としてはそれまでの間守りを固めて持ちこたえれば良い。

武田方左翼一番隊は内藤昌豊が守る。

先代信虎の代より武田に使える宿将で武略知略に秀でた名将である。

「皆の者よいか!槍衾を並べ決して引くでない!

敵の攻撃には決して出ばらず守りに徹っせよ。」

内藤昌豊は配下の者に檄を飛ばした。

越後勢の最初の一撃を凌げば十分防ぎきれると昌豊は思っていた。

混戦を避け、亀のように甲羅の中に手足を引っ込め耐え切ればいいのだ。

敵の突出口は狭い。

攻めあぐねていれば後続の越後勢は人溜まりとなり、前進出来ずに時を労するであろう。

その内に犀川対岸に味方が到着すれば勝ちと昌豊は踏んでいた。


ほどなく越後勢一番隊が猛攻を加えてきた。

昌豊は機先を制するため弓隊に矢を射させた。

十数名が矢にあたりバタバタと倒れる。

「槍構えぃ、陣形を密にせよぉ」昌豊は号令した。

足軽衆が一斉にザザッと槍を腰だめに構える。

そこにワァーという奇声をあげながら越後勢が突っ込んできた。

なすすべも無く串刺しになる越後兵もいたが、

武田の槍を払いながら尚も突入をしてくる。

「皆の者!耐えろ、押し戻せぃ」

日頃鍛え抜かれた武田の将兵である。

犠牲を顧みず突っ込んでくる越後兵を抑え込んでいる。

「よし、これなら防ぎきれる!」

昌豊は確信したが、越後勢の動きに変化が起きた。

本庄隊はひととき攻め続けると側面に移動し、昌豊隊の正面には中条隊が突入してきた。

新手の出現で、疲れ切った武田の将兵も面食らったが、鍛え抜かれた彼らは少なからずの犠牲を出しながらも耐えきる。

しかし中条隊もひとしきりの猛攻の後、側面に移動し、三番手の新発田が突っ込んできた。

新発田長敦は越後の北方に大きな勢力を持つ国人衆であるが、その強さは柿崎影家に引けを取らない猛者といわれ『七大将』の一人と称えられた。

新発田長敦は自らも抜刀して突っ込んでくる。

再三の突撃を交わしてきた昌豊であったが

生死も問わず突っ込んでくる長敦の激攻に前線が崩れ始める。

昌豊も刀を抜き越後兵に刃を振り下ろした。

「そこにおわすは、武田の将、内藤昌豊殿とお見受けいたす!拙者は上杉家家臣、新発田長敦と申す!相手に不足なし!いざ尋常に勝負勝負!!」

双方数十人の足軽を挟んで対峙した二人であったが、昌豊は応じなかった。

並の大将なら勝負に応じるところであろうが、

今は防戦に徹する時、勝てば敵の機先を制せられるが、万が一不覚を取れば武田の防戦が一気に崩壊する。

武田の将兵もその機微をよく理解している。

長敦の間に、さらに割って入って昌豊との距離を取らせる。

「卑怯者めが!名を恥じよ!」

長敦も挑発したが、元々これも作戦の一環…防備に穴を開かせるための挑発であったので、見破られたらそれまでと、深追いすることは無かった。


内藤隊崩壊寸前!の知らせを受けた信玄はすかさず第2陣に構える真田源四郎信綱に交代を命じる。

昌豊の元にも第2陣到着次第後退せよとの命令が入った。

「皆の者!まもなくお味方が到着する!それまでの辛抱じゃ!耐え凌ぐのじゃ!」

「おう!!」と将兵の応答…

昌豊は敢えて配下に味方の来援を知らせた。

これは相手にも知られることになり、その前に壊滅させてしまおうと躍起にならせることになるが、来援が来ると助かったとばかりに我先にと退却する者が出る。

その一瞬の混乱に乗じて攻め方につけ込まれ、総崩れになることがあるのだ。

昌豊はそうならぬ様、後退命令が出るまでしっかり持ち場に着く様に配下に釘を刺したのだ。

程なく真田信綱の部隊が加勢に加わった。

昌豊は頃合いを見計らって自隊を下がらせる。


真田信綱は幸隆の長男として父に代わり参戦していた。

この戦いが初陣の若武者である。

しかし、さすが知略と武勇を誇る幸隆の子息、その遺伝子は十分に引き継がれていた。

元はと言えば真田家は信濃の豪族である。

信玄の信濃攻略に際して真っ先にお味方につき

村上義清と対峙した一族であった。

義清の居城、砥石城を落とし信玄の信濃攻略の足掛かりを作ったのが真田幸隆である。

言わば信濃の豪族から見れば、真田は裏切り者であった。


「そこに見えるは六文銭の旗印!さては裏切り者真田の小童かぁ!この首、この長敦が成敗してくれるわ!」新発田長敦は勇んで挑み掛かるが

戦さの機微を父より叩き込まれた信綱、挑発に乗ることなく防戦に努めた。

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