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川中島決戦 名もなき英雄たち  作者: 山脇 和夫
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決戦 犀川大砦

5 決戦  犀川大砦


越後勢本陣

「申し上げます。海津城近くに放った斥候から信玄公出陣の報が入りましてござります。その数5千あまり…」

重臣の直江兼綱が斥候の報を取り次いだ。

やはり来たか…

謙信は笑いがこみ上げて来た。

計らずしも昨夜と同様、一寸先も見えぬ濃霧が犀川を包み込んでいた。

まさに天祐である。

謙信は諸侯を前に立ち上がった。

「皆の者、聞けぃ!天も我らに味方した!

これより霧に乗じて犀川を渡る。息を潜め犀川対岸に出張ってしまえば堀は無きに等しい。

あとは柵を打ち壊し一気に雪崩れ込むのじゃ。


「先鋒は村上義清殿に任せる。

積年の恨みを夜叉となって存分に果たされよ。

左備へは影家、そちに任す。

信玄は海津城に援軍を要請する筈じゃ…その間に割って入り援軍を阻止せよ。」

「はは、命に変えて阻止いたします!」

柿崎影家の眼光が光った。

謙信は甘糟備後守清長の方に向き直り、

「その方は千曲川の渡しを死守せよ。武田が反撃に出るとすれば千曲川を渡ってくるはず…

さすれば我が方の退路を断たれる危険がある。

絶対に渡らせてはならぬ。

信玄の首を上げるまで守り抜くのじゃ!」

「はは、畏まってござる」

清長は平伏した。

「残りは全軍を持って犀川を渡河する!霧に溶け込み、音を立てるでない。

渡河したあかつきは烈火のごとく柵を打ちこわし

雪崩れ込むのじゃ。

よいか!時が勝負じゃ!城からの援軍が来る前に信玄の首級を上げるのじゃ」

謙信は決意を示すように床几から立ち上がった。

諸将も立ち上がると一礼をしてそれぞれの持ち場に散る。

賽は投げられた…

甲斐の虎と越後の龍がまさに四つになって戦う、その時がきたのだ。


出撃の太鼓も法螺も無い静寂が時を包み込む。

まもなく各隊に配置している近侍衆の一人が謙信の前に現れ、先鋒が渡河し始めた事を告げた。


先鋒の村上と並走するのは謙信の重臣の一人、色部修理亮長実には意地があった。

いくら地元の地を利する村上義清とはいえ、外様の分際で先陣を賜るとは長実には許せなかった。

お館様の命とはいえ、上杉家中の者が一番槍を付けなければ格好が付かぬ。

長実は義清に悟られぬように、僅かに先に出ていた。

濃霧の中、身を刺すような犀川の冷たさにも耐えながら粛々と渡河する長実だったが突然、武田陣営から「敵襲!!」の雄叫びが上がったのだ!

「何故じゃ、何故知れたのじゃ!」

長実は驚愕した。

川の深さから言ってほぼ中間まで来ていると思うが、対岸など見えるはずもない濃霧である。

雄叫びを合図にしたかのように、前に広がる空気が一斉に動き始めているのが感じられる。

長実は一旦進軍を止めると大いに迷った。

越後勢はまだ先鋒が川の中ほどに到達したばかりである。

ここで矢弾の雨が降り注げば、間違いなく全滅である。

引くなら今だが、勝手に後退するわけにはいかなかった。

恐らく謙信公にも状況が伝わっているだろう。

長実は謙信の伝令を待つことにした。

少しののち、黒ホロを背中に背負った謙信の近侍衆が長実に近ずいてきて、「構わず前進されよとの仰せ」と告げてきた。

勇猛なる長実であったが一寸先も見えぬ中、いつ矢弾が飛んでくるかわからない状況で進むのは怖い。

それでも犀川の水深が膝からくるぶしまでになり、渡河の成功を確信した時、突然額に激痛が走った。

兜と面あての間は僅かだが、その隙間を狙い定めたように石つぶてが眉間に命中したのだ!

ウォっという悲鳴をあげて長実はもんどり打って倒れた。

家来たちも呆気にとられていたが、我に帰ると眉間から吹き出した血で顔面が赤く染まった長実を担ぎ上げて一旦後退した。

一番槍を取ろうと密かに目論んでいた長実は

なんと一番始めに致命傷を受けてしまったのだ。

一生の不覚といってもいい汚点だった。

色部家配下の侍大将が、隠密行動ももはやこれまでと見て「皆の者かかれ!!」と号令をかけた。

おー!と鬨の声を上げ越後勢は全軍を上げて武田の陣地めがけて駆け出した。

防柵が霧の中から見えたと思った瞬間、越後勢に大量の矢弾が降り注ぐ。

武者が足軽がバタバタと倒れる。

怯むな!との掛け声に倒れた者を乗り越えて尚も突進する。

しかし矢玉の数は増すばかりだ。

命令を発していた色部家の家老も肩に銃弾を受け膝を落とした。

柵までたどり着く前に大方の者が討ち取られる。

流石に鉄壁を誇る犀川大砦である。


しかし越後勢もやられっぱなしでは済まない…

後方より濃霧をついて戸板を担いだ集団が湧き出て来た。

武田方も何か秘策があるとみて、その一団に矢を射掛けるが越後勢は戸板をずらりと並べる。

矢弾はことごとく戸板に突きささり板の壁が越後兵を包み隠す。

本来なら川を渡る時に戸板を持つ兵を集中的に狙い打つのだが、濃霧の中、越後勢の渡河を許してしまったのがいけなかった。

「押せぃ、押せぃ、わっしょい、わっしょい!!」

ズラリと並べられた戸板を、掛け声を立てながら

押し進んでくる。

戸板にはこれでもかというほどに矢が刺さっているが、今度は越後勢に被害を与えることが出来ない。

単純な戦略ではあるが矢は戸板の襖で完全に遮られてしまった。

しかしそれが無敵というわけではない。

武田鉄砲隊の一斉射撃で戸板を破壊する事は出来る。

数枚の戸板は破壊でき越後勢に少なからずの出血を強いた。

しかし雲海の如く湧き出る越後勢には微力な抵抗でしか無かった。

越後勢は戸板に隠れながら、柵の目の前まで押し進んで来た。

武田方も槍隊が前に出て、双方槍の付き合いとなった。

犀川大砦の一の柵は一間ほど盛られた土塁の上に立てられていた。

そしてその前には膝ほどの深さの空堀が掘られている。

一件浅そうに見えるが、攻め手側からすると

どうにも厄介なものとなる。

柵に取り付く為にはこの堀に踏み込まなければならないが、土塁上の柵まで手が届かなくなる。

攻めあぐねていると頭上から矢弾が降り注ぐという寸法だ。

越後勢もせっかく一の柵まで攻め込んだが、完全に進撃が止まってしまった。


色部長実は眉間に受けた損傷で一度は後退したが

ようやく息を吹き返し、まだフラつきながらも立ち上がった。

前線では色部の配下の者が柵前で立ち往生して苦戦していた。

左脇の村上隊も攻めあぐねている。

色部はなんとしてでも初戦の不名誉を挽回したかった。

「ええい、まだ柵は破れんのか!」

苛立ちで頭に血がのぼると、また額から血が噴き出した。

「どうにも柵が高すぎて手が届きませぬ…

縄をかけようにも武田の反撃が激しく、思うように行きませぬ…」

色部は目をむき出したが、

「そうじゃ、戦死者を柵前に積み上げよ!それを踏み台にして柵に取り付くのじゃ!」

何もそこまでして…

配下の者はたじろいだが、殿の命令である…逆らうわけにはいかなかった。

部下に命じるて戦死者をかき集めると土塁の前に積み上げさせる。

もちろん武田方も黙って見ているわけにはいかない。

激しく反撃するが、越後勢も板で防御しながら堀を埋めて行く。

打たれた者は、そのまま柵前に積み重ねられた。

攻防の焦点はそこに集約されつつあった。


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