よそ者
前回のあらすじ
膨大な情報から、<オルタナ計画>に関与している企業へたどり着くダリウス。しかし、その会社は国防総省と黒いつながりを持ち、かつ圧倒的な戦力を持つ企業だった。
嫌な連中だ。D班の班員であり、元警官のロバートは、運転しながら思う。今は、マーブと調査を行っている。
隣では、マーブがシートを倒し、煙草を吸っている。サングラスをかけたその姿は、街で見かけるチンピラという感じだ。
黒い羊だかなんだが知らないが、数年で大きく姿を変えたアナリシス社の歪みが具現化したようだ、とロバートは思った。
アナリシス社は元々、幼児~中学生の通信教育教材販売や就職支援業務を行う企業だった。企業としての強みは、教材開発や就職支援を行う際に心理学の技術を取り入れていること。
イラク戦争やアフガニスタン紛争(2001~2021)の際にそれらのノウハウを利用し、兵士の心的外傷後ストレス障害の治療業務を始めた訳だが、それが今の生体データ分析業務に繋がり、今に至る。
心的外傷後ストレス障害の治療は初期の対応が重要になるということは、ロバートも知っている。そして、それを行うために生体データの収集と知覚情報の収集が必須であることも。また、それらが一定の効果を上げ、兵士の自殺率は減っていることも。
しかし、だ。アナリシス社は、兵士から集めた生体データを売ったり、分析したりして、莫大な利益を得ている。それに、生体データ市場がここまで拡大したのは、新型コロナウイルス感染症によってネット機器の使用時間が増えたことや、生活環境の変化からカウンセリングを求める声が多くなったことが要因だ。災い転じて福となす、と言えば聞こえは良いが言ってしまえば世界が不幸だから商売が成り立つ、そんな会社だ。
ロバートは隣に座るマーブを一瞥し、思う。
―こんな連中を雇わないといけなくなるならば巨大化しない方が良かったのではないだろうか。世の不幸を利用し拡大した代償は、社内の派閥抗争という形で現れることになったのだから。
巨大化したアナリシス社だったが、教材開発や就職支援を行っていた社員ら「保守派」は、国防総省との癒着に反発した。教材開発を行っていた「保守派」幹部の中には、どの子も置き去りにしない(NCLB)法が施行された際に教員や教育関係者だった者も居ると聞いた。
「どの子も置き去りにしない(NCLB)法」とは、2001年、ブッシュ(子)政権下で施行された法律で、簡単に言えば、学校間の競争意識を高めるために全国標準テスト等を定期的に行い、子どもの学業レベルを高めようというものだ。
後年、様々な批判にさらされる「どの子も置き去りにしない(NCLB)法」だが、問題点の一つとして、この件に関わる団体が連邦政府から助成金を得るためには、生徒の名前や住所、電話番号、成績を最寄りの軍リクルート事務所に提出しなければならなかったことだ。
米軍はそれらのデータを使い、陸・海・空・海兵の新兵を集めていた。多いのは、特定の地区の経済的に余裕のない家庭の子供だった。
当時の教育関係者が何を感じたのかは分からない。しかし、当時の怒りや失望が「保守派」の内でくすぶり、派閥抗争を激化させ、黒羊を生み出したのではないか。
行動と称し、様々な暴力行為を行う退役軍人集団。彼らは、この抗争の中さらに凶暴性を増していっている。
ロバートは、ダリウスが情報のために裏社会の連中に金を渡しているのを見た。そして、マーブが協力しない者の指を容赦なく折るのも。
ロバートは表面では、ダリウスやマーブと仲良くやってはいるが、本当は二人が怖くてたまらない。
あの二人からは凄惨な暴力の匂いがする時と、しない時がある。つまり、彼らはスイッチのオンオフが自由にできるのだ。それに自身が気づいているか分からないが、あの二人は声を上げて笑わないのだ。大笑いするときも、顔をくしゃりとやるだけ。それは、ベテランの斥侯の特徴だ。
何より、それだけヤバい世界に身を置いていた特徴があるにも関わらず、彼らが軍や特殊部隊に所属していた記録は存在しない。
俺は、何をやっているのだろう。ロバートはハンドルを握りながら思う。
もしも国防総省に捕まれば、拷問されるのは確かだ。騙されるのが怖くて、付き合っている彼女とも別れた。
こいつらが嫌でたまらない。だが、本当に嫌なのは―
「くそ」つい、言葉が出てしまう。
「どうした、次の信号で禁煙失敗するか? 警部殿」マーブが煙草をすすめる。
「いらねぇよ」
マーブはにやにやし、煙草をうまそうにふかした。
―この連中が、どうしようもなく好きになりかけていることだ。