調査
【1】
知覚情報では、参加者特定に至るのは困難だと分かったため、ダリウスは別の方法で調査を進めることにした。一つが民間軍事企業、諜報機関と情報交換をし、怪しい人物を見つける方法。もう一つが条件を設定し、参加者を特定する方法。情報交換はマーブが中心となって行い、ダリウスは後者を担当することになった。
ダリウスは、二つ条件を決め、調査を進めることとした。条件の一つ目はJMの特徴、二つ目は〈オルタナ計画〉のおおよその期間だ。この二つが、JMと同様の者が居れば、参加者の可能性がある。
「さあ、始めるか」ダリウスはオフィスで伸びをし、パソコンを起動、JMの特徴をまとめていく。
・白人、30代
・元軍人、アフガニスタンに派兵経験あり
・陸軍特殊部隊に所属経験あり
・最近まで警備会社に勤務していた。労働環境と賃金の面から、強い転職願望があり、転職活動中だった。
・退職は円満かつスムーズに行われた。
・妻子はいるが別居中。両親は共に他界。
・心的外傷後ストレス障害の治療記憶あり、アナリシス社での記録もあり
・犯罪歴なし
・SNS利用は少ない
・諜報機関での外部協力者としての経験はない
・記録の改ざんの可能性あり(知覚情報とリクルートサイト)
ダリウスは、JMの特徴をまとめ、目頭をもんだ。何時間にも及ぶ調査で判明したのは―
「良くも悪くも特徴がないな」小声でぼやいてしまう。
しいて言うのであれば日曜礼拝は欠かさず行っていたようで、メンタルケアに神父との面談を入れる等、信仰深いところがあったくらいだろうか。
軍を辞めて数年経っており、同部隊の友人と連絡を取ることも減っていたようだ。メッセージアプリを見ても、最後の連絡は二週間前で同僚からの業務受け継ぎに関する内容だった。孤独で生活も苦しかったためだろうか、精神的に追い込まれていたのが生体データから見て取れた。
時計を見ると、朝から五時間休みなしでディスプレイを見ていたのだ。流石に身体に悪いと感じ、ダリウスは少し休んだ。
ダリウスは、ソファーに寝ころび、アイマスクを付けて考えていた。
JMが〈オルタナ計画〉に参加した期間は約二週間。そのため、JMと同じ特徴を持ち、かつ一か月程度の派遣業務に参加した者を探すしかない。
ダリウスは音楽を聴くためにウォークマンを取り出す。古い物で通信機能は外されている。
動画サイトを見たかったが、今の立場では禁忌に等しい。たかが動画の再生リストであっても個人の嗜好と言うのは一人一人が判別できるほど差異がある。注意して使ったとしてもダリウス・クルーガーであることがばれてしまう。
生体データを始めとする個人のビッグデータ解析は、その人物が次の休日にどこに行きどのように過ごすかをかなりの精度で予測できるレベルまで来ている。
どのみちコンテンツの個人向け最適化がされていないので使い辛いしな、とダリウスは自分に言い聞かせる。
この任務に就く数か月前、ダリウスは動画サイトでログインせずに「ジャズ」とだけ検索したことがある。すると出てきたのは作業用のジャズ等で、出ると予想していたコルトレーン等の動画は表示されない。Analysisとスマートウォッチを使用したパーソナライズを行わないと、行動履歴に基づいたダリウスに適した検索結果が表示されることはない。「ジャズ」と検索すれば、よく聴いていたジョン・コルトレーンの動画が表示されることはない。
微かにノイズがかかったジャズを聴き終え、ダリウスは仕事に戻る。
アナリシス社の顧客は、Analysisの管理者権限を使い、情報を入手。そうでない者は、スマートフォンのパスワードを超小型飛行機で盗撮、端末をハッキングし、GPS情報や、サイトへの入出記録から〈オルタナ計画〉に参加したかどうかを判断する。そうして百人ほど怪しい者を挙げる。
JMと同様にメッセージが削除されているとすれば、それが登録者によって削除されたものなのか、誰かが意図的に削除したのか判断する必要がある。リクルートサイトを調べるために、管理者と話す必要があった。
ダリウスはサイト管理者に連絡し、テレビ通話を行った。
「企業からのメッセージ機能に関しては、ブックマークを付けていない一番古いメッセージから消えるようになっています」担当者が言う。
「それ以外で消える場合は?」ダリウスが尋ねる。
「登録者本人が消す場合や、企業が削除依頼をしてきた場合ですね。ただ、見学や派遣の場合は、消えることはまれです」
「ありがとうございます」ダリウスは、通話を切り、あるソフトを起動した。知覚情報を分析する専用のAIだ。
ダリウスは、怪しいと思われる人物の知覚情報をAIに分析させ、その中で消えた瞬間がわかるメッセージを確認していく。しかし、ほとんどの場合、知覚情報は記録されておらず、かつサイトの記録上はメッセージを登録者本人が消していた。
ただJMを含め、知覚情報の取得を秘密裏に行っていた者(マーブの調査で得られた者も含む)のデータを探ると訓練に参加する前日、翌日、翌々日、ブックマークしているにも関わらずメッセージが消えている企業があった。
三社、そのような企業があり、全てがセイバー社という企業の関連企業だった。
「セイバー社か」検索結果を見て、思わず言葉がこぼれる。
セイバー社とは、国防総省と契約実績がある民間軍事企業だ。精鋭ぞろいで資金や武器も充実している。
少しずつではあるが闇の奥深くに近づいている、その実感があった。
【2】
JMは神父に何を告白していたのだろう。
ダリウスはオフィスで報告書を作りながら、ふと思った。
―あなたは過去……戦場にとらわれている。
恩師の声が蘇り、ダリウスは息をのむ。
メアリ・デラージ。かつて、ダリウスのカウンセリングを担当していた女性だ。
―あなたのもののとらえ方や考え方、つまりあなたの認知は戦場では限りなくベターだった。でも、この平和な日常では違う。
―正しくないという事ですか?
―違う。適していないということよ。
―ヒトの認知には偏りがある、そう自覚する必要がある。あなたの場合で言えば、全身をくまなく見て武器がないか確認する必要もないし、即席爆弾のトラップを探す必要もない。ここは安全よ。
先生は今、何をやっているのだろうか。そんなことを考えていると、
―自分自身の考え方は歪んでいないか、それを考えて。
報告書を真剣に書かなければと思い、メアリのことを頭から振り払った。