表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/28

招待状

 前回のあらすじ


 ダリウスは、相棒であるマーブと作戦前最後の酒を楽しむ。同時にダリウスはアナリシス社のスキャンダルを思い出していた。


 新しいオフィスで、ダリウスはD班のメンバーの前に立っていた。


 オフィス、と言ってもアパートの一室だ。機密保持のために、D班はここで〈オルタナ計画〉の調査を行う。


「〈オルタナ計画〉の参加者を特定、その特徴を分析し、新しい参加者を推測。そして、その人物を軸に情報を収集する。それがおおよその作戦内容だ。〈オルタナ計画〉が行われている期間や規模が正確に分からないため、迅速に行う必要がある」


「初めに特定する参加者とは現在の参加者ですか?」マーブが訊く。


「いや、過去の参加者だ。参加自体は終わっていて、以前の生活に戻っている者だ」


「だとすれば、JM (失踪した調査員)の知覚情報の分析し、〈オルタナ計画〉参加の経緯を調べる必要がありますね」


 知覚情報とは耳や額、眼鏡などに装着する小型カメラから取得する動画で、心的外傷後ストレス障害の治療を行う際に患者から任意で提出してもらう。


「そうだ。JM含め、参加者は〈オルタナ計画〉の全容を知っていて参加したのか、それとも知らずに参加したのか、それをはっきりとさせたい」


 課長補佐は言っていた。参加者になるだろう人物の中からJMを選び、参加が決まった時点で身分を偽って接触し、ただレポートを書いてほしいと頼んだ、と。つまり、JMがどのようにして〈オルタナ計画〉に参加したのかは分かっていないのだ。


「Analysis・Cure」に記録された知覚情報、俺も分析しますよ」マーブが悪童のように微笑む。


 ダリウスは微かに固まる。知覚情報を分析すれば、否応なく撮影者から影響を受ける。また、今回に関して言えば〈オルタナ計画〉の一部を知ってしまう。現時点では、どれだけ危険か分からない。リーダーであるダリウスは、もちろん分析を行うが、一人では仕事量が多すぎた。


「頼む」ダリウスは歯を強くかみしめながら言った。


 ダリウスは他のメンバーに役割を振り、皆が仕事を始めた。


 参加の経緯を調べるべく、ダリウスとマーブは知覚情報を分析し始めた。


 JMの記録は通勤時が最も多く、夜の六時から十二時の映像が途切れ途切れに記録されているのが次いで多かった。知覚情報記録用の眼鏡型のウェアラブルデバイスを任意のタイミングで外したり、電源を切っていた為だ。


 知覚情報は提出するのみで再生は出来ない。著作権法やプライバシーの問題があるためだ。また記録を再生する際に心理的影響があることも報告されており、撮影者本人が閲覧することはほぼない。


「やはり、行動規制を最適化するには知覚情報と生体データを合わせた方が良いのが分かりますね」マーブが映像を見ながら言う。


「上層部が知覚情報を意地でも広めたい訳だ」ダリウスも映像を見ながら言う。


 Analysisは普及しているが知覚情報は教育業界やスポーツ業界での利用にとどまっているのが現状だ。アナリシス社上層部は知覚情報関連サービスを普及させたいようだが進まずにいる。


 しかし、広告表示を始めとするパーソナライズを行うには現状のAnalysisの機能は余りに脆弱だ。


 そもそも生体データだけでは、人がどのような感情を想起しているか判断できないのだ。表情筋の動きや瞳孔の収縮、脈拍や発汗によって分かるのではないか、と開発当初は思われていたが、そうではなかった。


 怒りの感情が沸き起こるときのこと思い浮かべて欲しい。その時、人は歯を食いしばり、目をかっと見開いているだろうか。脈拍が早くなり、体温が上昇しているだろうか。答えは否だ。怒り、と言ってもその際の身体の状態は様々だ。また、ヒトに普遍的な感情想起時の生体信号はない。


 では、Analysisはどのように感情を読み取っているのか。それは、文脈による推測だ。ある特定の生体信号が現れた際に、その時の行動から感情を推測する。そして、それに合わせたパーソナライズを行い、おおよそ正しいと判断されれば繰り返し行われ、そうでなければ繰り返されない。莫大なデータを元にフィードバックを行うことで、最適なパーソナライズを行えるはずだった。しかし、最適なパーソナライズを行うためには知覚情報が必ず必要になる。だからこそ、上層部は血眼になっているのだ。


「ボス、妙なことが」マーブが手を挙げ、ダリウスは机に向かう。


 マーブはディスプレイに知覚情報を表示した。アメリカ郊外の道路をJMが歩いている映像だ。小型カメラ特有の歪みはあるが映像はしっかりと映っている。画質やブレは、歩きながらスマートフォンで撮影した物と変わらない。


「ふたつ映像を並べましたが、一つは心的外傷後ストレス障害の治療のためにアナリシス社に提出していた物で、もう一つは〈オルタナ計画〉の全貌を把握するべく極秘裏に装着されていた物です。カメラですが、アナリシス社の方はイヤホンに付けられている物で、付けていると外からすぐに分かります。しかし、黒羊の方は違います」


「それで何が妙なんだ?」


「まぁ見てみてください。失踪数日前から映像を再生します」


 マーブは記録を呼び出し、並べて表示する。撮られている高さや、画質は違うが同じ場面が映っている。


 映像は飛び、バスの中が映る。誰もが撮影されているとは思わず、呆けた顔をしたり、寝たり、くだらないお喋りを続けている。


 周囲を見るのに飽きたのか、JMはスマートフォンでGoogleを開く。映像はそのまま続くと思いきや、一方が突然暗くなる。


「記録が止まったのか?」


「ええ、アナリシス社に提出していた方、つまり隠されていなかった方は途中で記録が止まったようでした。JMが自分で機器を止めたようです」


 ダリウスは知覚情報の履歴を確認する。確かにJMは自分で記録を止めていた。


「極秘の方は?」


「この時点から数日しか残っていません。記録が止まっていたようです」


 マーブは極秘裏の方を再生し始める。すると、JMがGoogleで検索したのは転職サイトだと分かる。そして、退役軍人専用のリクルートサイトに入る。


「これ、黒羊が任務を頼む前の映像だよな?」


「そうです。依頼する以前から無断で知覚情報を記録していたようですね」


 リクルートサイトに入ると企業からのメッセージが見えた。メッセージが届いた後で課長補佐はJMに任務を依頼したことが確認できた。


「まさか、これは〈オルタナ計画〉の招待状か?」


「おそらく」


 ダリウスは、一瞬、目を細めそうになった。見てはいけない物を見てしまうような感じがしたからだ。しかし、表示されたのは、何という事はない短期の派遣業務を紹介する文だ。


「これが送られてきてからの行動は〈オルタナ計画〉参加には関わらない可能性が高いな」ダリウスは言った。


 マーブは頷き、「メッセージ受信以前の行動が選定理由になっている可能性が高いですね」


「今、メッセージはどうなっているんだろうか」ダリウスは、JMのアカウントを使い、転職サイトにアクセスした。


「メッセージが、ない」


 ダリウスの言葉に、マーブは口の端を歪める。


「知覚情報、リクルートサイトの記録、その両方を削除とは」


 二人は再度、知覚情報のメッセージを見る。期間は短期間で、派遣業務だという記載がある。


「兵士を補助するシステムのテストユーザー」マーブが仕事内容を読み、声を震わせる。


「やはり、これが〈オルタナ計画〉の招待状か」


 ダリウスはメッセージの続きを読む。


 期間は二週間から三週間。兵役の経験が生きると書いてあり、訓練施設での銃器使用もある、と書いてある。また、テストユーザーとしてシステムに触れた後、システム運用に関わる正社員として登用される可能性についても触れていた。


 ダリウスは資料をめくり、「JMが任務を開始したと考えられる日付から失踪までで十三日、だとすれば期間は合っていることになるな」


「正社員になれるっていう甘言で誘っているんですね」マーブがモニターを睨みつけ言った。


「本当に知覚情報が記録されていなかったのだろうか」


 ダリウスの言葉に、マーブが顔を引きつらせる。


「まさか、推進派がこの件に関わっていて、知覚情報に手を加えた、と?」


「可能性はある」


「ですが、課長補佐からは何の指示もなかったじゃないですか」


「推進派を探れば国防総省が我々の動きに気づくかもしれない」


「なるほど」マーブがため息交じりに言う。


 ダリウスは改めてメッセージを見た。


 無機質な文章の奥で闇が蠢く気配がした。

 読んで頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ