相棒-2
行きつけのバーに行くと、赤のレザージャケットを着たマーブが居た。酒を飲まずに待っていたようだ。
「すまん、待たせた」
マーブは煙草を消し、「いえ、構いません。代わりにボスの驕りですからね」
ダリウスは、しょうがないな、というように肩をすくめる。
マーブには、課長補佐との会話を伝えていた。そして、本格的な調査に入る前に、一杯やることにした。これから激務の毎日になる。余暇は一日、取れて三十分といったところか。休みも取れて半日の生活がずっと続く。酒など、飲んでいられないだろう。
バーテンが軽く微笑みかけ、ダリウスはカウンターに座る。
「ダブルブラックをストレートで良いですか?」マーブが、ダリウスに尋ねる。
「ああ、ありがとう。すまないな」
「ジョニーウォーカーダブルブラックをストレート、それとハイネケン。後、マルボロ」マーブは注文しながら、ダリウスをちらりと見て、いたずらっぽく微笑んだ。
「仕方ないな」ダリウスは笑いながら言う。
酒が届くと二人とも言葉を交わさずに、別々のペースで飲み始めた。
「あの事、言ったんですか?」マーブが呟くように訊く。
ダリウスはグラスをカウンターに静かに置く。氷が音を立てて揺れる。
あの事とは、異動の相談を課長補佐にすることだ。体力的にも精神的にも辛くなってきたので、前線からは離れたい、そう言うつもりだった。しかし、〈オルタナ計画〉のことですっかりいうのを忘れていた。
「いや……重大な任務を放棄するわけにはいかない」
「家族には……なんて?」
ダリウスは拳を握り、「電話はかけた……でも、いなかった」
帰れるはずがない。ダリウスは握られた拳を見る。指先に広がる生暖かい不快感が汗なのか、それとも染みついた血なのか分からない。
血の汚れた身体で、家族と一緒に過ごせるわけがない。
数か月前に家族と交わした噛み合わない会話を思い出す。苦い物が口に広がり、ウィスキーで流し込む。
マーブは何かを察したのか、それ以上は聞いてこなかった。
ダリウスはマーブをちらりと見た。マーブとは7、8歳が離れている。この男は、俺がいなくなったらどうするのだろう。
マーブとは家族や血縁以上に深い絆がある、とダリウスは感じていた。得体のしれない生き物がいる熱帯雨林、居るだけで命が削られていく砂漠、周囲には敵しかいない独裁国家……様々な戦場を共にした。何より、心的外傷後ストレス障害になった時、お互いに支えあって、ここまで来た。地獄で生き残れたのも、日常に戻れたのも両方、マーブのお陰だ。
あまり危険な仕事は続けてほしくない。俺のようになって欲しくない。そう思ったが、口には出せない。
ダリウスは残りを一気にあおり、席を立つ。
「もう少し飲みます」マーブは言い、ダリウスに背を向けた。