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オルタナ計画

 二か月前―


 ―クルーガーさん、ダリウス・クルーガーさん


 暗闇で自分を呼ぶ声がし、ダリウスは眼を開ける。ベッドから身体を起こすと淡い照明が付く。闇から現れたのは必要最低限の家具しか置いていない狭い部屋だ。


『おはようございます。ダリウスさん。心拍数があがっています、ゆっくり深呼吸してみてください。それとメッセージが一見届いています』AIの穏やかな声がする。


 センサーが体温を測り、自動でエアコンを起動。


 ダリウスは大きくため息をつく。すると、それをセンサーが感知し、音楽や照明が緩やかに変化、さらにおだやかな物になる。


 ダリウスはパソコンを起動し、いくつかのサイトを閲覧する。YouTubeで音楽を聴く際は笑顔で、Twitterで過激なコメントを見るときは眉をひそめ、Googleニュースを無表情でスクロールする。


 数分、ネットを閲覧し、


「不具合はないようですね」ダリウスは胸のマイクに向かって言う。


「お疲れ様です。主任」天井のスピーカーから声がする。


 ここは、アナリシス社の所有するモデルルームで、主力製品である生体データ分析システム「Analysis」と、推奨される計測用ハードウェアの試験を行う。


 腕時計型のデバイスが生体データ(体温、脈拍、表情、視線移動、呼吸と行動履歴やしぐさからなる膨大なデータ)を収集し、Analysisのクラウドサーバーに送信する。Analysisはそれらの機器の利用履歴と生体データを連動させ、機器を使用している際の満足度などを正確に分析できる。


 また、スマートフォンの通知音が鳴る。開くと、上司からであった。


 ダリウスは管理室へ戻り、部下に、「テストの結果を報告してきます。また、長くなるかもしれません」


「また、色々指摘されるかもしれませんね」技術者の一人が言うと、隣に居た一人も、


「頑張ってくださいよ、主任」技術者の一人がパソコンを見ながら言った。


 ダリウスは急いでアナリシス社のビルを出る。数分歩くと野暮ったいビルが見えてくる。アナリシス社に比べると階数も少ない。ここはアナリシス社のシステム開発にかかわる下請会社だ。ダリウスはここで働いている。


 そして、様々なセキュリティチェックを受け、目的の部屋に向かう。


 部屋に入るとシックな家具が並んでおり、外見とは比べ物にならない程に洗練されていた。部屋の中心には机があり、そこで一人の男性が書類を見ていた。


「来たか、ダリウス。すまんな、急に呼び出して」スーツを着た男性が顔を上げる。


 男性は、ダリウスの上司で、課長補佐と呼ばれている。五十代と聞いているが、ダークスーツに包まれた体は引き締まっており、刃物のような雰囲気を放っている。オールバックの白髪に、整えられた髭は狼を連想させる。


「Analysisについて報告に来た、ということにしました」


 ダリウスは実際のところ、Analysisの開発や運用には関わっていない。肩書だけの仕事だ。本当の仕事は、アナリシス社の工作員兼用心棒といったところか。


 アナリシス社は国防総省と提携し、兵士の生体データを分析、心的外傷後ストレス障害の治療を行ったことで事業を拡大させていった。その技術を活かし、一般向け生体データ分析システム「Analysis」を発表、生体データをウェブコンテンツの個人向け最適化(パーソナライズ)や情報銀行で利用することで莫大な利益を得ている。しかし、比例するように生体データを利用した犯罪や産業スパイの侵入が増え始めた。



それに立ち向かうのが「黒羊」と呼ばれているアナリシス社関連企業である。その存在は数人の幹部しか知らない。黒羊は元諜報員や元特殊部隊で構成され、A~D班の四つの班が活動しており、ダリウスはD班のリーダーを務めている。


「つじつま合わせの書類はあるのか?」


「後で提出します。それで最優先の連絡とは」


「国防高等計画研究局が危険な研究を進めている、という内部告発があった。Analysisとも関連する案件だ。それを調査して欲しい」


「内部告発者は誰です?」


「軍の制服組。信用できるスパイだ。情報の確度は高い」


 ダリウスは置いてあった資料をめくる。兵士補助システムのユーザービリティテストについて書かれている。テストは二週間から三週間行われるという。


 ヘルメット、もしくはゴーグルに指定の機器を付けると、有益な情報を視界に投影したり、弾数や自分の医療ステータスを表示できるという。しかも、これが軽量かつ小さいハードウェアで使えるという。


「これが危険な研究ですか?」ダリウスは資料をめくり、「数年前に開発が進んでいた統合視覚増強システム(IVAS)のように見えますが」


「そうだ。IVASの機能を改良、発展させる研究らしい。アナリシス社の上層部は〈オルタナ計画〉と呼んでいる。内部告発によればこのシステムにもAnalysisが搭載される。つまり〝例の件〟とも関わってくる」


「なるほど〝例の件〟もありますし、調査しないわけにはいかないですね」ダリウスは資料を見て、あることに気が付く。


「内部告発にしては情報が多いですね」


 課長補佐は、よく気が付いたな、というように微笑む。


「〈オルタナ計画〉の調査は、我々が送り込んだ調査員によって数週間前から行われていた。しかし、調査員が失踪、連絡が取れない」


 課長補佐は、質問しようとするダリウスを制し、


「内部告発直後、調査を始めようとする段階で黒羊は使えないと分かった。ある事情で外部からではなく内部からの調査を優先するべきと考えられたためだ」


「事情とは?」


「〈オルタナ計画〉では、ユーザービリティテストとして疑似的な軍事作戦も行っており、退役軍人を何かしらの条件で選び、集めていると分かった。その条件が把握できなかったため、国防総省内のスパイを使って参加者のリストを入手し、使えそうな者を選び出し〈オルタナ計画〉の内情を調査する方が良い、当初はそう考えられていた」


 課長補佐が言いよどみ、


「しかし、調査は失敗した。調査していた男、暗号名・JMは黒羊ではないが、元特殊部隊の優秀な男だ。サポートも十分に行われていた」


 ダリウスが怪訝な顔をしたのを見た課長補佐は、


「JMの本名は明かすことはできない。国防総省内のスパイによれば参加者のリストを閲覧できるのは数人しかいない。つまり、JMの本名や本人に関わる情報を扱っているのが見つかればスパイに危険が及ぶ」


「JMの情報の取り扱いは慎重かつ、ごく少数内での共有しか許されないという事ですね」


 課長補佐は頷き、「JMの残したメモがある」


 ダリウスは資料をめくる。JMが数日前まで残していた行動記録。そして、残した手書きメモの写真。


 軍事訓練、分析が……殺人!……、人種・年齢・性別、国防高等研究計画局!


 分析が……の先は掠れ、読めない。


「JMは、これが極秘計画の調査と知っていたんですか?」


「違う。リストを元に参加者になるだろう人物の中から彼を選び、参加が決まった時点で身分を偽って接触し、ただレポートを書いてほしいと頼んだ」


 ダリウスは目を伏せる。つまり、課長補佐を始め、JMに調査をさせた者たちは、彼を騙して危険な任務を行わせたのだ。


「JMの救出は?」


「行わない」


 ダリウスはため息をつく。JMを救出しないという事は、何かがあった場合はダリウスたちも見捨てられるという事だ。しかも、メモを見る限り、スキャンダルの匂いがする。


「危険な任務ですね」ダリウスは課長補佐に対峙するように身体を動かし、睨みつける。


「確かに危険だ。しかし、〝例の件〟もある」


 課長補佐もダリウスを睨み、「何としても〈オルタナ計画〉で何が行われているか明かす必要がある。どんな人間が参加しているか、どんな影響があるのか、どんなことが行われているかという三点を把握すること。その上でさらに深い調査を続行するか決める」


「分かりました」ダリウスは課長補佐を睨みつけたまま、言う。


「もちろん、アナリシス社が調査していることは絶対に国防総省には悟られるな。一応、協力関係にある。必要なサポートは随時、言ってくれ」


「分かりました」


 ダリウスは言い、部屋を後にした。そのまま、同じ階にある黒羊のオフィスへ向かう。電話で部下の召集をかけながら、顔につけていた偽装を剥がした。

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