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黒羊-2

【1】


 ダリウスは店内の映像を睥睨する。危険な兆候を察知すべく、客と周囲の状況を確認する為だ。その瞳は異様な速度で動き、瞬きの回数は極端に少なかった。


 工作員カウボーイと情報提供者がカウンターに戻り、会話を始める。


 店内の様子を確認し、監視の状況を確認する。情報提供者が座った位置はMAVのセンサーの範囲内であり、敵のMAVの反応は今のところない。


 今回は店の奥にある観葉植物の鉢にMAVを潜り込ませている。植物がMAVを覆い隠すので視認性が低くなるし、人が近くを通るたびに影ができることで動作検知システムの検知能力を下げてくれる。また、植物が熱を吸収してくれるため偽装としては申し分ない。しかし、これでも完璧ではない。鉢の近くにセンサーが置かれた状態でMAVを移動させればその存在が感知されてしまう。


 ダリウスは眉間に皺をよせる。情報提供者とその周囲を監視でき、かつMAVが隠れることができる場所は現時点でここしかない。


 ―敵は、この地点を必ず攻撃してくる。ダリウスの脳裏に確信とも言える言葉が浮かぶ。


 おそらく敵は、我々が「本当に狙っている相手」であることを確認してから追跡、もしくは拘束したいはずだ。その為には「我々がMAVを使用している」ことを確認するのが一番手っ取り早い。MAVを正しく運用し、敵に対し情報収集を仕掛けているのは我々くらいだろうからだ。


 敵にやられると不味いことは二つある。一つ目は、敵が工作員と情報提供者を何かしらの方法で移動させ、MAVのセンサーの範囲外に出させた状態で何か仕掛けてくること。もう一つは何かしらの方法でこちらのMAVを移動させ、それを感知されること。それらの兆候は必ず察知しなければならない。


 我々は、敵がどのようにMAV(もしくは小型のセンサー)を鉢の近くに置くか、どう我々のMAVを動かすか、敵の気持ちになって考える必要がある。MAVの場所を動かすには、監視対象(工作員と情報提供者)を移動させる等の方法があり、それをいかに自然に行えるかは敵の腕次第だ。


 だが、我々も危険な兆候を察知した方と言って、ただ逃げるわけにはいかない。なぜかと言うと、情報提供者が確度の高い情報を持っていることは調査済で、かつ莫大な情報料を払っている為だ。もしも、ここで取引が中止となれば、非常に痛手となる。


 こちらもこちらで、敵の兆候を察知しつつ、場合によってはその行動を妨害し、取引を引き延ばし、必要な情報を入手してから逃亡したい。


 まるでチェスだ。何百手先を読み、静かに苛烈に闘う。

 

 ダリウスは、分割された画面を見る。カウンターで口論をする若い男たち、談笑をしているスーツ姿の男女、無人の洗面所。


 何かは分からないが、嫌なものを感じる。一体何か、考える。


「ボス、新しい客が」


 狼狽した部下の言葉で思考が途切れる。ダリウスは、部下のパソコンを覗く。


 四人の屈強な男が店内に入ってくるのが見える。


「敵の刺客でしょうか?」


「分からん」


 四人はカウンターに座る。ちょうど工作員と情報提供者の隣だ。その間は席がない。


「五人目がまだ店の外に居ます」


「なんだと」ダリウスはうめく。もし、五人目六人目が来れば場所を移動しなければならないかもしれない。


「工作員と情報提供者がセンサーの範囲から外れる可能性が高いです」部下の声が震える。


 MAVを移動させざるを得なくなる、とダリウスには分かった。


 おそらくこのタイミングで敵は仕掛けてくる。何としても危険な兆候を見つけなくては。


 しかし、こちらのMAVには優れた動作感知と熱感知機能がある。もしも敵がMAVを飛翔、または歩行させて植木鉢に連れてくれば、すぐに感知できる。そんなことをされれば、すぐに撤退する。


 敵としては、MAV自身の移動機能を使わずに、鉢に放り込むのが一番だ。しかし、それには人の手を使う必要があり、難易度が高くなる。そもそも、この状況で植木鉢に近づかないといけない合理的な理由が思いつかなかった。


 一体、どうするつもりだ……


 ふと店の奥のテーブル席が目に留まる。スーツの紳士が観葉植物のすぐそばで電子煙草を吸っている。ダリウスは、そこに妙なものを感じた。一体、何が嫌なのだろうか。分からない。


 考えろ、ダリウスは必死に思考を凝らす。


 電子煙草……吸い殻……熱を偽装……煙草は偽装で吸い殻の中にセンサー?


 ダリウスは咄嗟に紳士の座るテーブルを見る。灰皿がない。そして、バーテンも忙しいせいか気づかないようだった。


 もし観葉植物の鉢に吸い殻(中に何かしらのセンサーが入っているとする)を落とされ、こちらのMAVが動かざるを得ない状況に持っていかれたら存在を察知されてしまう。


「店の外の記録映像を呼び出して、あの煙草を吸っている男の映像を出せ」ダリウスは部下に指示。


 部下は、紳士が店に来た時の映像を呼び出す。紳士は車で来たようで、少しの間、店の外で待っていた。


 ダリウスは荒い映像を睨みつける。


 紳士はスーツのポケットから電子煙草を取り出し、吸い始める。しかし、すぐに仲間が来る。


「映像をスローに」


 部下がびくっとし、映像をスローにする。


 紳士は煙草を道端に捨てる。


「MAVの匂いセンサーで紳士のスーツのポケットを探れるか」


「微弱ではありますが、出来ます」


「唾液の匂いを確認しろ」


 ディスプレイに様々な数値が表示される。


「ポケット周辺に男の唾液の匂いはありませんが……」


 映像と匂いセンサーから導き出された答え―紳士は灰皿を持っていない。吸い殻を植木鉢に捨てるつもりか?


 ダリウスの鼓動が一瞬で早くなる。まずい―


 ダリウスはボディーガードに、「トイレへ行って、すぐ戻り、煙草を吸う男の近くで灰皿を頼め、いますぐ!」


 一人が席を立ち、トイレへ向かう。


 部屋の中が静まり返り、空調の音だけがする。


 紳士の電子煙草が点滅する。もうすぐ吸い終わってしまうようだ。


 早く……ダリウスは拳を握りしめた。


 紳士は電子煙草を口から離し、ふと灰皿がない事に気づいたようだった。


 まずい、そう思った瞬間だった。


〈あ、灰皿ある?〉トイレから戻ったボディーガードが紳士の近くでバーテンに聞く。


〈ええ、今お持ちします。そちらのお客様もですかね。少々お待ちください〉


 紳士に灰皿が渡される。


 ダリウスは、工作員と情報提供者の会話記録を見て、必要な情報を入手していることを確認。


 ダリウスは工作員に向けて、「敵を感知。訓練通り、その場を離れろ」


 工作員は、数分で会話を打ち切り、バーを出て、逃走を始めた。


 しかし、部下たちは何が起こったのか、という顔でダリウスを見つめていた。



【2】



 バーが閉店し、電子煙草を吸っていたスーツの紳士は迎えの車に乗った。その身体からは暴力の匂いがした。


 隣にはあとから店に来た五人組の内の数人。


 紳士は拳を握り、静かに震える。その脳裏には、革ジャンを着た赤毛の男とネイビーのコートを着た男。


 なぜ、失敗した? まさか察知されたのか? それとも偶然か?


 紳士は、微かに唇をかみしめる。


 二人を移動させ、かつMAVを検知できれば、敵を察知できたのに。そうすれば上の許しを得て、大規模な捜査が行えた。しかし、すんでの所でセンサーの設置を阻まれ、彼らを無傷で帰すことになってしまった。


「あの男、どう思う?」紳士は怒りを殺して訊く。


「情報屋気取りのチンピラかと。最低限ではありますが、MAVによる尾行を始めています」


 紳士は、上司を説得し、法外に高額の超小型の精密機器(MAV)を大量投入できなかったことを悔やんだ。


「クソ……」


 偶然の訳がない、紳士は思う。頭の切れる何者かが、我々の行動を妨害した。


 紳士は拳を握りしめ、見えない敵を思い描く。そして、憎悪と尊敬のこもる視線を向ける。


 ―次はない。


 車は音もなく発進し、闇の中へ消えていく。

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