エピローグ
【1】
入手した情報を投函所(諜報機関が使う秘密の受け渡し場所)に置き、逃亡を開始しろ―課長補佐からの連絡はそれだけだった。
メアリは解放、メアリと繋がっていた通信機器は破壊し、見つかりにくい場所に廃棄する。
オフィスから出発して30分が経つ。車内の全員が顔を強張らせている。空気は重く、暗かった。
「これから長い逃亡生活に入る。MAVを洗浄すべく民間警備企業に行く。それが終わったら二人一組で逃亡を始める。相互連絡は基本的にしない」
車はとある民間警備企業につく。
ダリウスは拳銃を腰に差し、受付に向かう。
「スミスを頼む」
それを聞いた受付が内線で連絡を取る。
「少し、お待ちください」
その間も、何人もが会社を出ては入っていく。
まさか、裏切られたのか? 動悸で頭痛がした。
「よう、久しぶりだな」かすれた声がし、奥からスキンヘッドの白人が現れる。
「久しぶりだな」ダリウスは安堵し、大きく息を吐く。
「こっちだ」
「車で仲間が待機している。今、呼ぶよ」
「いや、まずはお前ひとりだ」眼鏡の奥の瞳が冷たく光る。
ダリウスは取り出していたスマートフォンを握りしめる。
「どういうことだ?」
「まず、お前を検査しなければならない。俺達にも危険が及ぶ」
ダリウスは歯噛みし、スマートフォンをしまう。
スミスに連れられ、奥の部屋に行く。だだっぴろい何もない部屋に兵士が三人いる。その手には消音機の付いた拳銃。
「服を脱げ」
ダリウスは、スミスを睨む。「金は払ったはずだ」
「臨機応変だよ」
スミスが手を挙げると、兵士がダリウスに拳銃を向ける。指は引き金にかかり、視線はダリウスから動かない。
「服を脱げ」
ダリウスはゆっくりと拳銃を抜き、地面に置く。
「他に武器はない。これで―」
「服を脱ぐんだ」スミスが短く怒鳴る。
「分かった、分かったから」
ダリウスはゆっくりと服を脱いでいく。
「両手を上げ、股を広げろ」スミスが棒状の機械を手に持ち、言う。
まさか、裏切られたのでは。ダリウスの額を冷たい汗が伝う。
「MAVのセンサーだ。じっとしていろ」スミスは機械をダリウスの体に当てる。体中を撫でるように検査される。
「もういいだろ」
「よし」声が響き、「服を着て仲間を呼べ」
ダリウスは服を着ながらスミスを睨む。
スミスはダリウスの耳に口を当て、「セイバー社が情報を流している。うちの社員も怯えている。悪かったな、ダリウス」
ダリウスもスミスの耳に口を当て、「こちらこそ、すまんな。迷惑かける」
スミスは微笑み、「大丈夫さ、法外な額をもらっている。慎重に行こう」
ダリウスは礼をし、皆を呼んだ。
全員がガワを脱ぎ、シャワーを浴び、超小型飛行機を取り除く。そして、新しいガワを装着し、時間差で会社を出る。
「それでは、生きてまた会おう」
ダリウスたちはそう言って別れ、逃亡を開始した。
【2】
アナリシス社のオフィスで一人、課長補佐はウィスキーをあおる。
ダリウスたちが逃亡して一か月が経つ。国防総省はセイバー社を使い、捜索を続けている。
D班が〈オルタナ計画〉に介入した結果、国防総省は計画を中止した。保守派の狙い通りに。
課長補佐は乱暴にウィスキーを飲み干し、忘れようとする。しかし、残酷な事実は脳裏にべったりとこびりついて剥がれない。
今回の一件は、国防総省からある誘いがあったことから始まった。それは〈オルタナ計画〉へのアナリシス社の参加だった。当然、保守派は反対した。しかし、現在、生体データ市場は大きく成長している。生体データという技術の成長には、多くの犠牲を必要とする。倫理的に問題のある実験、プライバシーを大きく侵害する研究、それらがあって初めて技術は成長すると推進派も譲らなかった。
そこで保守派は奥の手に出た。それが今回の作戦だ。今回の一件で命令を出した幹部が求めていたのは「国防総省の極秘作戦を解明する」ことではない。本当の目的は「D班のような少数部隊によって、極秘計画に介入できるという事実を推進派に突きつけ、〈オルタナ計画〉への参加を止めること」だったのだ。
既得権益を守りたい保守派と、道を踏み外しても利益を拡大させたい推進派の闘い。それがこの作戦の真実だった。そこには兵士への思いもなければ、不正への義憤もない。
しかし、暴かれていない事実が一つあった。
〈オルタナ計画〉の参加者は、そのほとんどがセイバー社関連企業に入社している。セイバー社には、そこまで余裕があるのか。
課長補佐は呻いた。
秘密が漏れた際の生贄として利用するのだとしたら。彼らが勝手に進めていました、と世間に訴えるために飼っているのだとしたら。金、脅迫、そのた様々な理由で黙らせることのできる人員を集めていたとしたら。
あくまで推測に過ぎない。
ふと、部屋の隅を見ると闇が広がっていた。
【主要参考文献】
・グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ
スティーブン・レヴィ著
・ペンタゴンの頭脳 世界を動かす軍事科学機関DARPA
アニー・ジェイコブセン著
・デルタ・フォース 極秘任務 創設メンバーが語る非公式部隊の全貌
エリック・L・ヘイニ著
・冬の兵士 イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実
アーロン・グランツ著
・一時帰還
フィル・クレイ著
・帰還兵はなぜ自殺するのか
デイヴィット・フィンケル著
・情動はこうしてつくられる 脳の隠れた動きと構成主義的情動理論
リサ・フェルドマン・バレット著
・意識と脳 思考はいかにコード化されるか
スタニスラス・ドゥアンヌ著
・「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか
林(高木)朗子 加藤忠史 編




