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【1】


 検問、襲撃、2つの言葉を聞き、マーブがガワを装着し始める。そんな中、メアリを連れた組も襲撃されたという連絡が入る。


 マーブはジャケットを脱ぎ、ロバートに放る。


「わっ、何だよ」笑おうとしたロバートだったが、その笑顔が強張る。


 マーブの眼は鋭く、暗い。


「行くぞ」


「お、おう」ロバートもガワを装着する。


 マーブはガワを顔につける前に、煙草を手に取る。


「禁煙、まぁいいか」煙草に火をつけ、紫煙を深く吸い込む。


「また始めるんだろ」ダリウスは、そう言いつつ、行かないでくれ、と思った。


「当たりですよ。これは」マーブは獰猛に微笑んだ。全身を動かし、ガワの装着具合を確認している。


 ダリウスはマーブを見つめる―いずれ、こうなることは分かっていた。


 俺たちは、この世界(日常)の中さえ、戦争を求めずにはいられない。だから、生きたまま、戦いの地獄へと堕ちていくだろうと。


 ここで行かせれば、もう戻れなくなるという強い確信。


「待て、俺が行く」ダリウスは自身のジャケット脱ぎ、マーブを睨みつける。


 マーブは目を細め、上官を睨みつける。


「なぜです」


「お前は残れ」答えになっていない返答―マーブは微かに目を見開き、口を強く結ぶ。


 ダリウスは、ガワを装着しながら、「さ、仕事に戻るんだ」


 マーブは目を伏せ、「分かりました」


 今、ダリウスとロバートが装着しているガワは、偽装に特化した非常に着心地の悪いもので、外気を取り込む際もMAVのチェックを行うため、呼吸も困難だった。代わりに生体データは漏れない。しかし、訓練に訓練を重ねた2人でさえ、何分持つか分からなかった。


「よし、行くぞ」ダリウスはガワを装着し終え、リバーシブルのジャケットを着直す。


「了解です」ロバートも拳銃を腰にさし、オフィスを出る。


 マーブは顔を伏せ、椅子に座っていたが、一瞬だけ、顔を上げ、「戻ってきますよね?」


「ああ」ダリウスは言い、隠れ家を出た。



【2】


 ダリウスが助手席に乗ると、車が発進した。ロバートが運転し、後部座席には無人飛行機が置いてあった。


 ロバートは法定速度を守りつつも、最短のルートで現場へと向かう。近くでサイレンの音がする。


 車が加速する中で、ガワと身体感覚が繋がり、全身の感覚が研ぎ澄まされていく。


 向かうのは襲撃チームが標的を連れている場所―検問手前のオフィス街の路地裏。


「襲撃チームが倒された場合だが、俺が行く」ダリウスが言い、ロバートが頷く。


 ダリウスは深く呼吸し、精神を集中させる。腹に差した伸縮式の警棒を撫でる。その柄は、傷だらけで、ガワを通してでも一つ一つの傷を感じ取れた。


 ふと、戦闘分析官から通信が入る。


〈暗号名・ブラックシープですね、研修でお世話になった分析官のレッドです。戦闘分析を担当します。お願いします〉分析官がはきはきと聞き取りやすい声で話す。


「頼む」


〈チームの一人が殺され、2人の男によって対象が拘束されています。対象の位置、送ります〉


 更新されたメアリの位置は、ビルとビルの間の路地裏をさらに行った場所だった。人もおらず、ごみ箱が無機質に並んでいる。


〈武装した無人飛行機を追従させます〉


「エスコート頼む」


〈了解〉


 車が現場に近づいていく。そして、検問の近くで止まる。


「回収は任せたぞ」ダリウスはそう言い、車から降りる。同時に無人飛行機が光学式の偽装装備を起動。透明化し、周囲に溶け込む。そして、無音で飛び立つ。


〈隠密モードで同行します。各種探査などを行いながらエスコートしますが、危ないときは攻撃にも参加します〉


「よろしく」ダリウスは言い、息を吐いた。


「ボス」ロバートが呼び止める。


「なんだ」


 ロバートは何も言えず、口をぱくぱくさせる。


 ダリウスは何も言わず微笑み、路地裏に向かう。影になっている分、ひんやりとして不気味だ。


〈上空と地面から動体監視と熱源の監視を行います〉


 ダリウスは無言でうなずいた。


 罠はなくとも、敵もドローンで監視しているかもしれない。だからこそ、無音かつ全力で対象を追う。


 雑踏がどこか遠くで聞こえ、静寂があたりを包んでいる。


 対象メアリは拉致され、路地裏を進んでいるはずだ。


 空間認識ソフトにおいては、空間に歪みはなかった。しかし、何かを感じ、足を止める。


〈どうしました?〉


「気流センサーを起動しろ」唇だけ動かし、指示。


 画面に、空気の流れが線として表示される。この機能はMAVの移動、捕捉を円滑に行うための物だ。しかし、今は―


 すぐそばで、空気の流れが何かに阻害されている。


 ダリウスは咄嗟に警棒を抜く―現れる黒い刀身。


 はっ、と誰かが息をのむ声がした―


 風を切る音。咄嗟に身体を捻り、腕を盾にしようとした瞬間、激痛が走る。


 光学式の偽装装備!


 警棒で周囲を払うが当たらない。


 ダリウスは警棒を構え、息を整える。全身から汗が吹き出し、腕と脇腹が熱を放つ。


 ―やられる。


 汗が背中を伝う―まるで背を蛇が這うような、冷たく嫌な感触。


 ダリウスは、影っていく路地を一瞥、「ドローンを動かして影を!」


 上空のドローンが横に移動しながら痙攣し、日光を遮断する。影が出来ては消え、出来ては消える。


 一瞬だった。偽装装備が瞬間的な影の変化に対応できず、ほんのわずかに人の形が浮かぶ。目の前に敵はいた。


 ダリウスは突進し、何もない空間に警棒を叩き込む。何か硬いものに当たり、うめき声が聞こえる。

感触を頼りに何度も警棒を叩き込む。鈍い音がし、空間が歪む。迷彩が解かれ、男が地面に倒れこむ。


 血と埃にまみれた男が地面に這いつくばり、ばたばたと四足を動かしていた。


 ダリウスは何度も男に警棒を振り下ろす。鈍い音がし、男が動かなくなる。


 男が完全に動かなくなった所で、ダリウスは男の腕を固定。指を警棒で殴打し、潰す。


〈大丈夫ですか、ブラックシープ〉


 分析官の声にハウリングがかかっている気がした。警棒が頭を掠ったようだ。空間が歪んで見えた。しかし、止まってはいられない。ふらふらと歩きだす。


 まずい、そう思いながらもゆっくりと進む。腕と腹の奥で別の生命が脈打ち、暴れているようだった。ガワの奥で傷から血が流れ、視界を汚す。


 耳を澄ませ、死角を意識しながら進む。


 するとマネキンのような物が転がっていた。それは襲撃チームのユージンだった。顔を何度も殴打された上に胴体に黒い穴が開いていた。服が一部剥がされ、身体の一部が赤黒くなっている。


「すまん」


 ダリウスは、ユージンの亡骸をよけ、先へ進む。


 少し進むと話し声が聞こえ、ダリウスは室外機の陰に隠れた。すぐそこに敵がいた。


〈敵は2名。対象を拘束しています〉


 ダリウスは閃光手榴弾を取り出す。


「俺は奥の一人をやる。レッド、お前は手前を頼む」


〈分かりました〉


 ダリウスは2人に向け、閃光手榴弾を投げる。数秒後、甲高い炸裂音がした瞬間、2人の前に躍り出る。


 一人は壁に叩きつけられ呻いていたが、もう一人は無人飛行機を壁に押し付け、至近距離で銃撃している最中だった。


 ダリウスは間髪開けず、男の横腹に警棒を叩き込む。骨と肉が軋む鈍い音がし、男が倒れる。


 男は腕を顔の前にやり、攻撃を防ぐ。ダリウスはそこに容赦なく警棒を叩き込む。


 男の腕に警棒がめり込み、鈍い音がする。骨が折れた感触。目の前で火花が炸裂。ダリウスは倒れこみ、咄嗟に無人飛行機を盾にする。


 男は震える腕で拳銃を撃ったのだった。無駄な足搔きだった。しかし、銃声から仲間を呼ばれてはまずい。


 ダリウスは拳銃を叩き落とし、返しの刃を顎に叩き込む。男は痙攣し、倒れた。


 2人を拘束し、目と口にダクトテープを貼る。


「対象を確保、合流地点に向かう」


 ダリウスは対象に傷がないか確認する。傷はなかった。


「周囲を警戒しろ」分析官に指示し、頬を触る。ガワの一部が破れ、補強用の液体が傷を覆っていた。全身から血の気が引き、冷たい汗が全身を包む。


 ―傷から正体がばれたかもしれない。


「ああ……やられた、のか」ダリウスは天を仰ぎ、ぼやいた。空がごうごうと音を立てて、迫ってくるような感覚。


 ―もう、おしまいだ。何もかも。


 分析官の声が遠くなる。


 ふと、物音がし、振り返る。


 そこには倒したはずの男たちがいた。全員が血を流し、足取りもおぼつかない様子だった。銀色のダクトテープを無理やり破ってできた穴から覗く眼。手には武器


 ―まさか、薬物や電気刺激で無理やり目覚めさせているのか。


 ダリウスの背筋に冷たい物が走る。


 1人がダリウスに向けて警棒をふるう。その手は無理やり手錠を解いたせいで、片手がだらりと垂れていた。


 ダリウスは攻撃をよけ、拳で男を殴り倒す。しかし、すぐに起き上がる。


 ―こいつらは殺さないと駄目だ。


 ダリウスは警棒を持つ手に力を籠める。その手は血で汚れていた。


 ―もう家には帰れない


 ダリウスの中に黒い殺意が広がっていく。全身から今まで敵から浴びた血が吹き出すような感じがした。そうだ、俺は死の匂いがこびりついている。



 ―ここでつかまれば、なかまがころされてしまう



 殺すしかない。いや、殺す。ダリウスは男たちに突進する。警棒が敵の頭蓋を捕える。



 このせかいは、てきか、なかまだけ

 このせかいでは、なかましかいらない



 冷たい金属音がし、ダリウスの眼前に金属製の筒が転がってくる。手榴弾だった。


 ダリウスは咄嗟に跳び、対象に覆いかぶさる。


 爆音と共に真っ白な煙が広がる。


「ボス!」ロバートの声がし、ぐい、と手を引っ張られる。


 気が付くとロバートに連れられ、地下鉄で移動していた。


 全身から滝のように汗が出てくる。顔が腫れているのが分かる。


 熱気で顔の周りは熱いのに、寒かった。


 そうか、俺は生き延びてしまったのか。

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