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襲撃

【1】


 ダリウスは深いため息をつく。その視線の先には、オメガセキュリティに対し、超小型飛行機(MAV)を送り込んだ際のレポート。


 レポートには、オメガセキュリティのおおよその青写真が貼られている。MAVが侵入できたエリアが橙色のマーカーで塗られている。建物の四割は橙色で塗られていたが、他は色がない。


「やはりMAVは使えなさそうですね」マーブがレポートを見て、ぼやく。


 色のないエリアは通信が遮断されており、壁や天井には掃除用ロボットが這っていてMAVを監視していた。また、壁自体にもセンサーが張り巡らされ、唯一MAVが侵入できる空調設備も不定期のメンテナンスが行われていた。


「線虫の方は?」ダリウスは、半ば諦めて聞く。


「社員の身体に線虫を殺す『何か』が付着しているようで、試験用に撒いた線虫は全滅しました。おそらく人為的な改良を加えられた細菌のような物ではないかと」


 ダリウスは思わず天を仰いでしまう。


 ―終わった。


「まだ代替案セカンドプランはあります」マーブが言い、ダリウスは唸る。


 ダリウスは、もう一つの作戦を考えていた。しかし、それは不確定要素が大きすぎ、奥の手として用意されていた。しかし、使わざるを得なかった。


 ―あれを使わなければならないのか。


 ジャネットの生体データを調べた際、車と銃を同時に見ると、興奮と嫌悪感を覚えるという点が分かっていた。


 車、銃。ダリウスはそれを利用し、ジャネットの心的外傷後ストレス障害の強いフラッシュバックを引き起こそうと考えていた。強いフラッシュバックは記憶の改ざんに悪影響を及ぼす可能性があり、知覚情報からは分からないような状況で生じさせれば、改ざんの担当者にとってみれば、記憶の改ざんに影響を及ぼす「何か」を見つける必要が出てくる。それにより、担当者を呼び出せるのだ。だが、それはジャネットの状態をさらに悪化させる可能性もはらんでいる。


 目的のためなら手段を選ばない、そんな風に作戦を進めてきたダリウスでも躊躇してしまう作戦内容だった。しかし、やるしかなかった。



【2】


 ついに拉致作戦の予定日が来た。


 ダリウスたちは、超小型飛行機から送られてくる映像を見つめていた。オメガセキュリティを真上、横から撮った映像と襲撃チームの映像だ。


 拉致に関わる車両が二台、オメガセキュリティ周辺で待機している。一台はジープで奥の手を使う為だけに用意されており、車内には運転手と戦闘用の無人飛行機だけ。運転手は、この浮き輪に箱を括り付けたような物体が攻撃用の無人機とは知らないし、何より作戦内容についても知らされていない。


 もう一台は拉致を実行するチームを乗せている。拉致チームは軽機関銃をバッグに隠し、指示を待っていた。簡易タイプの偽装用外皮と作業用ベストに偽装した防弾装備によって、その正体は巧妙に偽装されていた。


 拉致チームの生体データが、それぞれの顔写真と共にディスプレイに表示されている。何人が生き残るだろうか。ダリウスは考えないようにした。


 18時、仕事を終えたジャネットがオフィスから出て、社員寮へ向かうのが見える。


「今だ」


 ダリウスが言い、ジャネットの歩く近くで、ジープが停車し、ドアが開けっ放しになる。


 ジャネットが車の横を通り過ぎようとした瞬間だった。小型スピーカーを使い、冷たい金属製の音をジャネットに向けて放つ。


 ジャネットが音の方向を見る。そこには、赤い光沢を放つ、小さな金属製の筒。


「頼む」ダリウスは歯噛みし、ジャネットを睨む。


 ジャネットは赤い筒―赤いペイントがなされた薬莢―を見た瞬間、少し止まった。そして、瞬時に車を見る。かつて、自分が即席爆弾を食らったときに乗っていたのとよく似たジープ。


 そのまま数秒、それを凝視して動かなくなった。顔が青ざめていく。生体データを読み取ると、過度な緊張、動悸が速まっているのが分かる。


 ジープはすぐに移動し、ジャネットは立ちすくんでいた。二つを見たのは数秒であり、知覚情報からは推測しにくい恐怖反応を引き起こせたのは確実だった。これで改ざんの担当者をおびき寄せることができる。


 ジャネットは顔を真っ青にして、口を押え、速足でその場を去る。


 ダリウスは汗をぬぐい、大きく息を吐いた。あとは、記憶の改ざんの担当官が来るのを待つだけだ。


 記憶の改ざんの担当者は、必ず、自身の目と鼻と、肌で確認しに来る。そうしないとどんな状況で記憶の改ざんに悪影響を及ぼす不確定要素が起きるのか確認できないからだ。どのようにして、ドローンではなく、実際の記憶の改ざんの担当者をおびき出すか。その答えがこれだった。


 我ながら、賭けだと思ったが、しょうがない。


 数分後、小柄な女性が現れ、ジャネットが止まった場所に来た。周囲には、それとなく、警備の男たちがいる。


 くすんだ金髪、質素だが上品さを感じさせる初老の女性。


「メアリ・デラージ……」ダリウスは女性を知っていた。しかし、記憶よりもずっと痩せている。

 スキャンし、該当人物を探るAIがたたき出した答えは、メアリ・デラージ本人。その経歴が表示されるが、誰も見なかった。


 かつて、精神科医として、アナリシス社に在籍し、ダリウスやマーブの治療にも関わり、黒羊に入ってからも付き合いはあった。聡明な女性で、穏やかだが正義感もあった。何より、一人息子を戦争で亡くしていた。なのに、なぜ。


「まさか、先生が……」


 マーブのうろたえをダリウスが制する。


 メアリは周囲を見渡し、そして、薬莢を見つけ、鋭い視線を送る。


 間違いない。メアリこそ、改ざんの担当者だ。


「拘束しろ」ダリウスは感情をこめず言った。


「待っ……」マーブはこぶしを握り、歯噛み。


 ダリウスは、マーブを見つめた。


 睨み合いながらも、その機微を悟っていた。ダリウスもやりたくはない。


「やれ」襲撃チームに命じるマーブの瞳に迷いはない。


 クラッカーのような高い炸裂音がし、柵の一部が道路に転がる。音に気づいた人が出てくるが、周囲は不気味な静寂に包まれていく。


 静寂を車のブレーキ音がかき消す。わらわらと襲撃チームが降り立ち、誰かが悲鳴を上げる。


 1人がスモークグレネードをメアリのすぐそばに投げ、白煙が周囲に立ち込める。爆風でメアリは倒れこんでいた。


 2人はメアリに接近。


 警備員が銃を抜き、警告をせず発砲。


 やはり、メアリは関係者だった。警備の反応でダリウスは感じた。


 銃声が響き、襲撃チームの生体データの一つが消える。映像の中で一人が動かなくなる。


 ジープから無人飛行機が飛び立ち、所定の位置に来る。そして、警備員に向けて射撃を行い、釘付けにする。


 周辺の道路では悲鳴が上がり、人々が走って建物から離れていく。


 銃撃による砂埃が舞う中、襲撃チームの一人はメアリに接近。スタンガンをメアリに撃ち込む。小さな体が跳ね、痙攣する。


〈対象を確保〉銃声をバックに襲撃チームの声が聞こえる。


 襲撃チームの一人はメアリの手足を拘束し、身体をハーネスで自分の身体に括り付けた。


〈早く!〉


〈わかってる!〉


 襲撃チームはメアリを担いで車へ向かう。激しい援護射撃で、警備員たちの足が止まっている隙に乗車する。


〈出せ!〉


 警備員が叫び、どこかに応援を頼むのが見える。


 メアリを車に押し込み、間髪入れずに発進。目的地は、隠れ家。そこで何人かのデコイと合流させ、デコイ含め、三組をバラバラに逃亡させ、敵の目を欺く。


 逃亡する中で、メアリにガワを着させる。


 隠れ家に行き、建物に入り、そのまま二組のデコイとともに建物を出、再度、逃走を始める。建物内にMAVが入った反応がなかったため、デコイの効果はある。


 次は、徹底的なMAVの洗浄を行うために民間軍事企業へ向かう。そこまで20分はかかってしまう。


 ダリウスたちは、自分たちも逃亡の準備を始めながら、状況を見守っていた。そんな中、突如、検問の連絡が入った。


「早すぎる」マーブが呟く。


 ダリウスとマーブは視線を合わせた。


 そして、数分後、車を捨てたデコイの一組が、何者かに襲われた。

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