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襲撃準備

【1】


 空き地で、ダリウス、マーブ、訓練所の管理官が強い日差しを浴びていた。襲撃作戦の準備を行っているのだ。


 ここは課長補佐がコネと金を使って獲得した訓練施設で、アナリシス社と全く関係のない民間軍事企業の物である。契約も偽装した名義を使っている。


 実際の拉致現場を考え、訓練施設の建設を行う。


「まず、柵があると俺は思いますよ」マーブがサングラスを光らせ、言う。


 ダリウスは、管理者と相談し、建物の張りぼてを作り上げていく。骨組みだけの建物を作り、柵やセンサーなどは本物を使用する。


 建造にかかわる人物は最小限にするため、時間はかかる。


 拉致チームは民間軍事企業社員によって構成される。彼らは元特殊部隊員で漂白済み(素性や経歴の調査が終わっていること)だ。拉致後、対象を護送する際に敵の追跡を欺くデコイの役割も担うため、全部で十二人、一組四人のチームだ。


 拉致チームの居る別室に顔を出すと、屈強な男たちが銃や装備の手入れをしていた。これから訓練を始めるようだ。


 彼らはそれぞれの事情で金を必要としており、法外な報酬目当てで任務に参加している。彼らは任務の本当の目的や黒羊の存在も一切知らない。襲撃で命を落とす可能性もあるし、何よりも逃走の補助が行われない。


 彼らの情報を頭に入れるべく資料を見ていると、ある記載に目が留まる。


 ユージン・アンダーソン(34)。元陸軍特殊部隊所属。難病の娘の治療費を稼ぐべく任務に参加した。


 ダリウスは顔を上げ、ユージンを探した。彼はすぐそばで銃の分解掃除をしていた。屈強だが、特に特徴のない男だった。


 ふと、ユージンが顔を上げ、ダリウスと視線がぶつかる。


 元陸軍特殊部隊に居たとすれば、今回の任務の危険性に気づかないわけがない。彼はもう娘の所に帰る気がないのだ。


 ダリウスは感情を殺し、ユージンに歩み寄った。しかし、かける言葉がない。


 ユージン当初はきょとんとした顔をしていたが、「何か?」


「いや、何でもない。任務の成功を祈る」


 ダリウスは手を差し出し、ユージンの手を強く握り締めた。ユージンは困惑したような表情を浮かべながら手を握り返してきた。


 ダリウスは部屋に居るのが辛くなり、ガワの用意をしている建物へ向かった。


 拘束時のガワは4体用意する。拘束する人物の体系が違う可能性があるためだ。ガワには、あらゆる追跡を振り切るための装置が詰め込まれているため、通常の物よりもずっときつい。拷問を行う機能などがない代わりに、着ているだけで暑く苦しい。排泄などの機能もないため、着ている時間が長ければ長いほど負担が大きくなる。


 何より、視界が一切奪われ、音もほぼ遮断される。装着し続ければ精神に異常をきたすのはCIAから非合法に入手した情報で確認していた。


 これを「誰か」に着せなければならないのか。ダリウスの臓腑に冷たい物が広がり、うずき始めた。



【2】



 2週間がたち、張りぼての用意ができた。襲撃チームの調整も終わり、後は指示を待つだけだ。同じ空き地でダリウス、マーブ、襲撃チームが強い日差しを浴びていた。襲撃作戦の予行演習だ。


「よし、マーブ。本気でやれ」ダリウスが言うと、マーブは獰猛な笑みを浮かべる。


 ダリウス、マーブは建物内から、ペイント弾を入れたライフルを持ち、襲撃に備える。そのすぐそばには拉致対象となるぬいぐるみが置かれている。


 土煙を立て、一台のバンが建物前に来る。3人の兵士が車から降りる。スモークグレネードを投げ、柵に飛びつく。


 拉致対象を確認し、兵士が柵を飛び越える。もう1人が援護射撃をし、ダリウスを釘付けにする。


 兵士が対象を拘束。肩に担ぎあげ、柵へと走る。マーブはそれを容赦なく撃つ。ブザーが鳴り、兵士が動きを止めた。


 兵士は自分の身体に着いたペイントを見て、項垂れていた。


「1人死亡、任務失敗だな」マーブが銃を肩にかけ、兵士を睨みつける。


「ドローンによる援護射撃と柵の爆破ができない可能性もある。その場合は圧倒的にこちらが不利だ。スモークと配置を考えろ」マーブは地面に図を書き、兵士に説明する。兵士はいくつかの質問をする。襲撃作戦は些細な要素で簡単に失敗してしまう。訓練は何回やっても足りない。


「もう一回だ!」マーブが叫び、兵士たちが持ち場へ戻る。


「マーブ」ダリウスは訓練を始めようとする相棒に声をかける。


「なんです?」マーブは再び獰猛な笑みを浮かべる。まるで牙を誇示する獣。


 ダリウスはその雰囲気に気おされる。もし、襲撃チームが倒されたら本当に戦いに行くつもりなのか、とは訊けなかった。


「勝てると思うか?」咄嗟に言葉を紡ぐ。真意が伝わるように祈る。


 マーブは建物の方を見て、「どんな状況でも対応できるように訓練すれば何とかなります。今だって、柵が爆破できなかった時の為にやっているんでしょう?」


「あ、ああ」さも当然のように言われ、ダリウスは言葉を失う。


「それに、もしも標的を拉致後に襲撃されても、狭い路地に誘い込めば大丈夫です。一体多数でも勝てます」


 マーブの笑みを、ダリウスは無言で見つめていた。


 お前を俺のようにはさせたくない。また銃を手に取れば、もう二度と日常には戻れない。


 お前を戦わせたくない、とは口が裂けても言えなかった。



【3】



 マーブは自分が戦う場合に備え、訓練を増やしていた。襲撃チームが全滅した場合、現場に行くのはマーブとロバートだからだ。


D班全員がある基準を満たすレベルまで訓練を行っていたが、マーブはさらにその上を目指していた。


 煙草をやめ、食事も見直した。暇な時間はトレーニングに費やし、感覚を磨く。


 マーブは、訓練所内にあるスパーリングルームにいた。


 目の前には、投影された兵士のホログラム。戦闘服に身を包み、バラクラバを被っている。その瞳には強い殺気。


 マーブは伸縮警棒を抜く。素早く下に向け、刀身を出す。


 兵士も同じく、警棒を抜く。


 実際の戦闘は突発的でかつ混乱している。こんな風に、一対一で向き合うことなどない。


 予備動作なく、兵士が警棒を振り上げる。狙いはマーブの顎。マーブは小さな動きでそれを避ける。頬に風が当たった気がし、ある思いが飛来する。


 敵はこんな雑魚ではない。多分、現役の特殊部隊だ。現役ではない俺に勝てるのか?


 体勢を整え、警棒を兵士に叩き込む。ホログラムが歪み、兵士が苦悶の表情を浮かべ、倒れる。

何を弱気になってやがる。歳では劣る。だが、訓練では負けない。


 マーブはうずくまる兵士の頭に警棒を叩き込んだ。ホログラムが歪み、兵士の頭にノイズが走るのを、マーブは静かに見つめた。敵が現役の特殊部隊隊員なら、脳天を割られているは自分だった。


「ちくしょう」マーブは天を仰ぎ、ため息をついた。


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