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黒羊-1

「私たちの報道官、ショーン・スパイサーは、それに対する別の事実オルタナティブファクトを述べましたが、ポイントは変わらないということです...」 


「Our press secretary, Sean Spicer, gave alternative facts to that, but the point remains that...」


(2017年1月22日に放送された「ミート・ザ・プレス」のインタビューにおいて、アメリカ合衆国大統領顧問ケリーアン・コンウェイが、ホワイトハウス報道官ショーン・スパイサーのドナルド・トランプ大統領就任式に関する虚偽発言を擁護するために発言した言葉である:ウイキペディアより引用)



【1】



 暗い部屋の中、闇から黒人男性が起き上がる。



 黒人男性―ダリウス・クルーガー―は、仮眠から覚めると部屋の中を一瞥した。アパートの一室に電子機器と数人の男。照明は暗く、電子機器の淡い光が部屋を照らしていた。


 大丈夫、ここはアメリカで、俺は仲間と一緒に居る。ダリウスは自分に言い聞かせる。目覚めてすぐ周囲の状況を確認してしまうのは、戦地に居た名残だった。


 ダリウスは中肉中背、クルーカットで髭はなく、服も特徴がない。しかし、その目はあまりに鋭く、眉間の皺は40代にしては深すぎる。


 ダリウスは腕時計を見る。22時。反対の手には伸縮性の警棒。寝ている間もずっと握っていたのだろう、持ち手は汗でぬめっていた。警棒を腰にさし、腿に触れる。腿に付けられたホルスターには軍用拳銃。リバーシブルのジャケットを羽織り、それらを隠す。


 ダリウスの起床に気づいた部下が、「ああ、ボス、時間ぴったりですね」


「情報提供者は来たか?」ソファーから立ち上がりダリウスが尋ねる。


「まだです」


部下はパソコンを操作しながら答える。パソコンの画面には、バーらしき店のリアルタイムの映像。画質は良いが微かに逆光があり、少し低い位置から撮っているようだ。


 レトロな照明器具が印象的な店内で人々が酒を飲んでいる。会員制というだけあり年齢層は高く、雰囲気が落ち着いている。


 映像の中心にはカウンターに座る一人の痩せた男。赤い革ジャンを着、坊主頭の姿は野犬を連想させる。彼はダリウスの仲間で、これから機密情報を持つ者と接触し、情報を入手する工作員だ。


「カウボーイ、大丈夫ですかね?」部下が工作員の暗号名を口にする。


「あいつなら大丈夫。うまくやる。超小型飛行機(MAV)の方はどうだ?」


 部下はパソコンの画面の分割し、「MAVの動作は正常です」


 パソコンの画面に映っているのはカウンターとは別の場所から店内を撮影している映像。カメラがゆっくりと横スクロールし、狭い店内の全体を映していく。カウンターで口論をする若い男達、テーブルで商談をするスーツ姿の男女、無人の洗面所。


 彼らは全員が撮影されていると気づかない様子だった。それもそのはずで、これらは超小型飛行機(マイクロ・エア・ビークル)と呼ばれる蚊やハエ程の大きさの精密機械によって盗撮されている。


 現代の諜報戦においてMAVは必要不可欠である。どこへでも入り込み、独立行動もできる。そのためMAVを所有し、正しく運用する組織による監視から逃れることは非常に難しい。


 ダリウスは画面から目を離し、襲ってくる罪悪感を頭から振り払う。


 警察でも政府の諜報機関でもないただの傭兵風情がこんなことをして良いのか?


 これはただの犯罪で、自分たちは企業の操り人形だと考えると暗号名・〝悪い集団(ブラックシープ)〟もあながち間違っていないように感じる。


「対象、来ました」部下の声で、部屋の中の空気が帯電したようにひりつき始める。


 ダリウスは、工作員(カウボーイ)の近くに居るボディーガードの二人を見る。二人とも工作員の近くに居るが知り合いには見えない。リラックスして飲んではいるが、いざとなればすぐに警棒や拳銃を抜き、彼を助けるだろう。


「慎重に頼むぞ」ダリウスはイヤホンとマイクを取り付け、工作員に呼びかける。


 画面の中で工作員が少し微笑み、革ジャンのボタンを弄る。すると、工作員の主観映像がパソコンの画面に表示された。


〈やぁ、時間ぴったりだな〉主観映像で低い声がし、ネイビーのコートを着た男が画面に現れる。


 顔認証が行われ、情報提供者本人であることが確認される。


 男は民間軍事企業社員で、政府関係の法律上グレーな仕事をしている。


 このバーは、情報提供者が良く使う場所で、MAV対策が施されている。ダリウスは手間と時間をかけて何とか必要最低限のMAVを侵入させた。


 MAVのセンサーが情報提供者と店内の人々の生体信号(心拍数、体温、視線移動、呼吸、表情変化)を読み取る。これにより、些細な動作から危険を察知できる。


「奴も緊張していますね」部下の一人がMAVから得た情報を口に出す。


 画面の中では取引が始まっていた。


〈渡しておいた書類で審査が通ったようだな〉情報提供者が微笑む。


〈ああ、助かった〉


〈本題に入る前に立場をはっきりとさせておこう〉情報提供者は静かに凄む。


〈立場?〉工作員が尋ねる。


〈俺の客は少々神経質でな、半端な連中に情報を売れば俺が消されかねない〉


〈わかっている。出来るだけ指示には従う〉


〈分かった。では武器のチェックがしたい。トイレに来てもらえるかな?〉穏やかに情報提供者が言う。しかし、そこには有無を言わせぬ響き。


 工作員と情報提供者は席から離れ、トイレへ向かう。男子トイレの前には、〝清掃中、立ち入り禁止〟の看板。


〈俺が清掃員に金を渡しておいた〉情報提供者は不敵に微笑み、〈さて、手短に済ませよう〉男子トイレに着き、情報提供者が言った。


 工作員は掌が見えるようにゆっくりと腕を挙げる。


〈これで良いか?〉


〈ああ、問題ない〉


 情報提供者が注意深く脇や腹を叩き、武器がないか確認。


〈次は俺の番だ〉工作員が言う。


 情報提供者は微笑み、ゆっくりと手を挙げた。工作員は慎重にボディチェックを始める。


 情報を買いはするが、完全に信頼できる相手ではなかった。裏切られている可能性もあるし、情報提供者自身も騙されている側かもしれない。どちらにせよ、その兆候を早めに察知する必要がある。


 ダリウスは映像から目を離し、部下の顔を見る。不安を隠せない者、気にしていないふりをしている者。


「逃亡用バックの準備はどうだ?」ダリウスは不安な表情をしている一人に聞く。


「大丈夫です。ただ逃げきれるんでしょうか」部下が小声でつぶやく。その声は微かにうわずり、「もし警察に捕まれば、盗撮、ハッキング、身分詐称―」


 部下の声は途中で途切れ、「―場合によっては銃の違法所持」


 ダリウスは優しく部下の肩に触り、「丁寧に準備を進めてここまで来たんだ、大丈夫」


 部下は微かに息を吐き、仕事に戻る。


 しかし、ダリウスの表情は硬かった。


 ―場合によっては警察に捕まった方がましだ。


 飲み込んだ言葉は苦く、臓腑を冷たくする。ダリウスは敵の姿を思い浮かべ、微かに震える。


 敵はすぐそこまで来ているかもしれない、MAVをこの部屋に侵入させているかもしれない。そう考えると口に酸っぱいものが広がっていく。


 大丈夫、この部屋のMAV対策は相当の物だ。ダリウスは自分に言い聞かせる。


 MAVが諜報活動で使用され始め、影響を受ける組織は官民問わず対策を始めた。現にこの部屋にも様々な対策が施されている。


 例えば、部屋の壁に触れると冷風が流れているが、これはMAVが張り付けないようにするための技術で、空気清浄機と原理は同じだ。室内に気流を発生させ、壁の近くに風を生んでいる。MAVで情報取集を行う際は視認性を下げる為に壁等に張り付かせ、静止させるのが基本だ。しかし、この風はそれを許さない。MAVが壁や天井に貼りつけば、吹き飛ばされて各種センサーに感知される仕組みだ。また、気流によって部屋の温度が一定に保たれているおかげで赤外線センサーによってMAVが感知しやすくなっている。


 部屋は整頓され、その状況は動作検知システムによって監視されている。照明が最低限にされているのは、動作検知システムが光に影響を受けるためである。


 部屋の中で気流が届かない部分や動作検知のカメラが届かない部分は、感圧センサーが搭載された膜を張り付けてある。電波を遮断する電磁シールドを使うことはできないので、この部屋では使用していない。


 敵の兆候を見逃すわけにはいかない。ダリウスは部下を一瞥し、思う。


 兆候を察知しても、それが行われた瞬間でないと逃走する時間が稼げない。敵に先手を取られれば、最悪死者が出る。早い段階で兆候を察知できたとしても、数か月の逃亡生活が始まることに変わりはない。全ての州で通用する銃の携帯許可証を持っているわけではないし、隠れ家も限りがある。逃亡は非常にリスクが高い。


 ―関与は一切否定することになる。救出も場合によって行われないかもしれない。


 上司の言葉が脳裏に浮かぶ。敵に捕まっても誰も助けてはくれない。待っているのは、日用品(水、紙やすり、アルコール)を使った手軽で効果的な拷問だ。


 敵に気づかれず、かつ敵の兆候を見落とさない。それがこの作戦の最重要項目なのだ。



【2】



 同時刻、ダリウスたちが監視するバーに面した道路に一台のSUVが停車していた。黒い車体にミラーグラス。


 中には四人の屈強な男たち。防弾ベストの下には動きやすい服装。


 全員がスマートグラスを装着し、何かの映像を共有している。そこにはバーで話す赤毛の革ジャンの男。


「この男が標的だ」一人が言い、拳銃を取り出し、動作確認を行う。最低限の動きで、かつ素早く、目立たない動作は非正規戦闘を何年も行ってきた者特有のものだ。


 拳銃の動作を確認した男がリーダー格のようで、車内の全員が男の声に耳を澄ませている。


 リーダー格の男が腕時計を見て、「もう少し経ったら店内のチームが敵のMAVをあぶり出す。もし引っかかれば、突入し、男を拘束する」


「明日のニュースに載るかな」助手席の一人が軽口を叩き、バックから拳銃を取り出し、素早く動作確認を行う。


「冗談は止せ。俺達は、今は警官なんだ」リーダー格の男が言う。


 事実、全員がポリスバッジを携帯し、その全てが本物であった。しかし、彼らが所有する身分証明書は別人の物だった。しかし、書類と顔格好は全て同じで、かつもしも本物の警官が身分を確認しても、偽装がばれないように手回しがなされていた。


「さて、作戦を確認する。店内のチームがMAVを感知したら、我々が突入、男を拘束し、拷問、その後、処分する」


 全員が映像に映る細面の革ジャン男の顔を記憶する。彼が標的だと確信が持てた瞬間、彼は数時間後に死ぬことが確定する。


「さて、連絡を待つとしよう」リーダー格の男は、映像に一瞬映ったスーツ姿の紳士を見た。


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