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作戦会議-1

【1】


 ジャネットの監視を始めてから数日後、スマートフォンの位置情報が途絶え、電源が消されたことが分かった。彼女が〈オルタナ計画〉に参加した可能性が高かったので、ダリウスはどのような形で彼女を利用するか考え始めた。


 ジャネットの役割は、二つある。


 一つ目、ジャネットが記憶の改ざんを受けていると確認すること。確認できた限り〈オルタナ計画〉の全員が記憶の改ざんを受けていた。ということは、記憶の改ざんが確認できない限り、ジャネットが参加しているのが〈オルタナ計画〉ではない可能性がある。それでは調査しても意味はない。


 二つ目が、ジャネットが意図せず、記憶の改ざんを黒羊に伝えるということ。これが〈オルタナ計画〉ならば、参加者に対するスパイ検査は必ず行われるはずなので、ジャネットに表立って協力を頼むことはできない。「スパイですか」と聞かれ、呼吸が乱れでもしたら終わりだ。


 ジャネットが意図せず、記憶の改ざんを検知し、それをD班で把握できるようにする。そのためにD班は、ジャネットを特定した日にある仕掛けを作り始めた。それは、心的外傷後ストレス障害の人が恐怖体験を感じた場所に行くとどうなるか、というような論文を若干脚色したものである。生体データと知覚情報から作り出したジャネットに衝撃を与え、強く記憶に残ることだけを考えて作られた論文だ。


 この論文の内容は「軍事訓練」と深く関連するように作られている。D班が想定する軍事訓練は、現在のアメリカの仮想敵のような存在に対し、兵士の補助システムを使用し、交戦するような内容だ。それをジャネットが行う(もしくはその分析を行うなど関連業務につく)際に必ず、論文の内容を思い出すことになる。逆もまた然りだ。おそらく、改ざんの担当者は、論文の情報ごと軍事訓練の記憶を消す。つまり、論文の記憶が消えていれば記憶の改ざんを検知できる。


 改ざんの検知は、ジャネットが良く訪れるサイトを利用して行う事にした。幸い〈オルタナ計画〉の参加者もインターネットのサイトを閲覧できるようなので、ジャネットがアカウントを作成しているサイトに論文が表示されるように細工を施した。覚えていたかどうかの判断は、前回の行動との類似度で計ることにした。


 初めて論文を読んだ時のジャネットは動揺し、一時間程度は心的外傷後ストレス障害についてネットで調べ続けていた。その際の動きは記録してあるので、これと類似した行動を取れば忘れていると判断できる。


 サイトへの表示は、訓練が始まって10日程度で実行する。早すぎても遅すぎても駄目なので、カウンセラーと相談し、この日にした。


 ―偶然頼りの穴だらけの作戦だな。


 ダリウスは苦笑し、再度、自分の考えを反芻し始めた。



【2】



 ダリウスは、D班の全員を集め、考えた作戦について話し始めた。ここはアナリシス社関連企業の一室でMAV対策が施されている。


「それでは全員が集まったようなので、〈オルタナ計画〉の調査方法について説明を始める。〈オルタナ計画〉の内容を知る者はセイバー社の関連企業内に潜んでいると考えられる。ジャネットを利用し、その人物を特定し、尋問を行う」


 なぜジャネットを利用すると〈オルタナ計画〉の真実を知る者、つまり標的を特定できるのか、という疑問を視線で感じたダリウスは、


「ジャネットも必ず記憶の改ざんを受ける。その業務についている者は必然的に〈オルタナ計画〉の内容も把握しているし、ジャネットの近くに居る。作戦のおおよその流れとしては、記憶の改ざんの担当者を拉致、〈オルタナ計画〉の内容を吐かせ、その後、捨てる」


「口封じはしなくて良いんですか?」


「課長補佐から担当者は殺すなと指示があった。担当者の記憶を改ざんするには時間がないため、そのまま捨てるしかない」


「どういうつもりなんだ」部屋の中で囁き声が聞こえたが、ダリウスは無視した。ダリウス自身も口封じせずに捨てるというのは疑問だったが課長補佐の指示では仕方がない。


「ジャネットについてだが、セイバー社が用意した建物に派遣されると考えられる。ただ、そこで〈オルタナ計画〉が行われるのか、それとも〈オルタナ計画〉終了後に別の建物で記憶の改ざんを受けるのかは不明だ。どちらにせよ、ジャネットへの記憶の改ざんが確認出来たら作戦を始動する」


「ここまでで何か質問はあるか?」


 ダリウスは、純粋な質疑応答も求めていたが、それよりも各自が他者の質疑応答を通じ、気づかなかった疑問点に気づいたり、新しいアイデアが生まれることを望み、この時間を作っている。


「ジャネットが最後までどこに居るか分からなかった場合はどうするんでしょう?」ロバートが訊く。


 ダリウスは歯噛みし、「その場合、作戦は中止だ」


 ジャネットのスマートフォンやウェアラブルデバイスの操作が止まってから数日経つ。おそらく電源が入れられていないのだろう。GPS機能もオフにされており、現在位置が分からない。また、ウェブ上のアカウントへのアクセスも極端に少なく、現在位置を特定することは不可能であった。


「追跡システムを信じるしかないだろ」マーブがロバートの肩を叩く。


 マーブの言う追跡システムとは、国防高等研究計画局が開発した個人の位置特定システムだ。標的がインターネットにアクセスし、個人が特定できる状態で行動すれば現在位置を特定できるが万能ではない。


 ダリウスは追跡システムについて説明する。


「知人との会話を通じてジャネットから情報を引き出したり、検索履歴や閲覧履歴から位置情報を絞り込む、と言った方法を使う」


 いくつか質疑応答が行われた後、追跡システムと位置情報の話は終わる。


「改ざんを特定する際なんですが、サイト閲覧に見立てた罠という可能性はないんですか?」奥に居た部下の一人が訊く。あらかじめ資料をざっと見ている筈なので、質問というよりは、ダリウスの受け答えから情報の確実度を測ろうとしているのだろう。


「罠の可能性はない。先日説明した方法は、サイト内の認証でジャネット本人であると確認できるようにしてある」


「ジャネットの知覚覚情報へはアクセスできないんですか?」


「他社の製品を使用しているようで〈オルタナ計画〉開始時からアナリシス社の機器には記録が一切されていない」


 ダリウスは一端、質問が終わったのを確認し、

「ジャネットの位置情報を確認した後に標的を特定する方法だが、まず考えられるのは建物の中に入って直接というものだ。しかし、内部にスパイを送り込めるとも限らないのでまずは却下だ。セイバー社関連企業の警備は政府の諜報機関を想定している。高度なセンサーが張り巡らされ、入館にも非常に厳しいチェックが入る」


「超小型飛行機が侵入できない可能性もある訳ですね」マーブが肩をすくめる。


 ダリウスはうなずき、「おそらく、飛翔や壁や床への付着といった動作が行える比較的大きいサイズのMAVを侵入させるのは難しいと考えられる。なので、それを使わない案について考える必要がある」


 部屋の空気が重くなるのを感じたが、ダリウスは無視し、

「俺が考えているのは標的に何らかの方法で印をつけ、それを建物の外から判別する方法だ。前提として、担当者は一人で、高性能のガワを装着しているとする」


「高度な警備にガワですか」ロバートが脱力して、肘を頬に当てる。その顔には「不可能だろ、こんなの」文字。


 偽装用外皮(ガワ)とはMAVに対抗するべく作られた偽装用のスーツで、変装用の着ぐるみである。生体工学と再生医療を掛け合わせ作られており、皮膚、毛髪、口内は生体パーツで構成されている。


 空飛ぶ嘘発見器(MAV)による長時間監視と生体データ解析によって人間の隠された真意を把握しやすくなり、身分を隠している者(スパイ、犯罪者、テロリスト等)を特定することも比較的簡単になった。どんなに訓練されていたとしても、何気ない癖、表情、生体信号を偽装することは難しいからだ。それに対抗するために作られたのがガワだ。


 現在では、先進諸国がMAVを暗殺に使うこともあるため、監視と暗殺から逃れるべくテロリストもガワを装着している。闇市場ではガワが高価で取引され、戦場では様々な人種のガワを装着したテロリストで溢れている。


「想定しているガワには二種類ある。まず、誰でも装着でき、ある程度の服を着ていても装着できる簡易タイプ。これは偽装にはよく使われる。問題は、装着時の不快感や疲労によって装着時間が短くなること、動きが鈍くなること、ガワの外見が巨漢に限定されること。正直、このガワなら、暴くのは簡単だ。疑いのある人物をある程度絞り込めれば、何かしらの誘導で正体を晒す」


「確かにその種のガワは疲労してくると歩行などに変調をきたしたり、痛覚との関連も調整していないと微妙ですしね。何より、高度な訓練を積んでいても、完璧にガワを動かせる時間には限界がある」


 マーブが捕捉を加える。


 ダリウスは頷き、「その通り。このガワは着ぐるみのようなものだ、対象さえ絞れれば暴くのは難しくない。しかし、問題は次だ」


 一瞬、部屋の空気が固くなる。


「身体の一部を改造に特別な外科的処理が行われている、または長期間の装着を前提とした裸の状態での装着を行うタイプのガワ。これは見抜くのが非常に難しい。この種のガワは高度に調整、オーダーメイドされ、痛覚などのフィードバックもあり、かつ何か月~何年の訓練により、完璧にその状態で生きることに慣れている状態を作り出している。かつ、体系もばらばらであり、様々な偽装機能が搭載されていることも多い。この場合はいかなる超小型飛行機のスキャンも欺かれるだろう」


 虫サイズの機械さえ侵入が難しい建物内で、あらゆるセンサーを欺くスーツを着た標的を特定する。説明を行っているダリウスでさえ、無理難題に思えた。

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