軍事訓練
数日間の基礎体力訓練を終え、ついに軍事訓練が始まる。外出も許されず、基礎訓練と座学による勉強を行う日々に飽きてはいたが、あまり実戦的なことはやりたくなかった。
ジャネットたちは海兵隊が所有する歩兵用集中訓練施設(IIT)へと向かった。IITは歩兵向きの複合訓練施設で中東を模したフィールドが用意されている。
朝8時、集められたジャネットたちは、それぞれの顔の大きさに合わせたARグラスを渡された。視線に反応し、UIが上下左右に動く。まるで一人称視点の戦争ゲームだ。
ジャネットはUIの開発と聞き、もっと発展途上の物を渡されると考えていたが、ほとんど完成しているようだった。つまり、ここで行われるのは実戦を想定したUIのテストという訳だ。
ジャネットたちは、特殊なインナーを着せられた。それが正確な生体データを観測するための物であると察しがついた。装備する銃器や防弾ベストも最新の物ではなく、イラク戦争やアフガン戦争時の米軍装備であった。
セイバー社の職員は装備を付け終えた皆を見て、「このスーツは生体データを収集すると共に、皮膚に電子刺激を与えて触覚刺激を再現する技術が組み込まれている」
皆が唖然とする中、電気刺激が正常に動作するかテストが行われた。ジャネットは皮膚の上を虫が這う感覚や鋭い痛みに驚き、これから行われるのが大掛かりな模擬戦などという生易しい物ではないことに気づいた。
コルトM4突撃銃を全員が装備し、その照準誘導表示を確認する。
「これから行うテストは実戦に近い。気分が悪くなった者はすぐに名乗り出てほしい」セイバー社の職員が言った。
ジャネットたちはトラックに放り込まれ、中東の町を模したフィールドに送られた。
トラックの中の、この時間が嫌だった。徐々に戦場の記憶が蘇り、ジャネットは全身から噴き出る汗を感じ、呼吸を整え始める。しかし、息を吸うたびに何かが腐った匂いがし、動悸は激しくなるばかりだった。
これは現実なのか、そう思い、周りを見渡す。全員が表情を強張らせ、揺られている。一人は煙草を鼻に突っ込み、一人は主に祈りを捧げていた。
ふぅ、ふぅ……と暗闇で誰かの息が聞こえる。いや、私だろうか。
トラックから降りると、日差しで目がつぶれた。目が慣れると、その再現度に驚かされる。他の色を失ったかのように、黄色がかった茶色だけの世界が広がっていた。
崩れかけている建物、人の気配がない道、焼けた車、無造作に転がる死体。ヤシの木がぽつぽつと生えているが、華やかな雰囲気はない。黒い煙が立ち上り、空を汚していた。
「クソ」仲間の一人がつぶやき、ジャネットもそれに同意。
下水を思わせる臭いが熱気の中でよどんでいる。
気が付くと、足が震えていた。
どこかで乾いた銃声が聞こえる。
「こんなにリアルにしなくても」一人の口籠ったつぶやきが、システムにより調整され、クリアな音声として耳に届く。
「黙れ」部隊長が言い、皆が唾をのんだ。
「あの民家だ」隊長が言う。
目の前には四角い建物。
全員が建物の前に集まり、隊長が、「ここはハジ(イスラム教徒、イラク人を指す)が即席爆弾を作っている工場だ」
ジャネットは腹式呼吸をし、心臓の鼓動を鎮めようとする。大丈夫、私ならできる。
隊長の指示が終わり、2人の兵士がドアの前に立つ。指で突入のタイミングを数える。一人が脚でドアを蹴飛ばし、屋内へ。
ジャネットも部屋に飛び込む。見えたのは、絨毯、ソファー、AKを持った男。
乾いた銃声がし、男が無造作に転がる。
部屋の中は怒声が飛び交い、どこかで甲高い悲鳴が聞こえた。
「制圧完了!」
仲間の声が少しずつ小さくなり、世界が無音になっていく。
ふと、足元の死骸を見る。高校生くらいの男で、その痩せた身体と幼さの残る顔は戦士には到底見えない。くりっとした瞳に少し突き出た前歯、それらが血で汚れていく。
部屋の奥で叫び声がし、仲間の一人が運ばれてくる。腹を抑え、歯を剥きだしにしている。
クソ、痛い、と字幕に現れる。
医療ステータスを確認する画面になり、兵士の顔がクリアに見えた時、顔じゅうから脂汗が流れているのが見えた。
どこかで乾いた銃声が鳴る。
誰かが叫んでいた。あるいはそれが自らの悲鳴なのか、自分ではもう分からなかった。




