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特定

 早朝、オフィスに向かうとマーブがいた。隣では班員で、元警官のロバートが寝ている。


「マーブ、おはよう」


「ああ、ボス。おはようございます」マーブは煙草を吸いながら、パソコンとにらめっこをしていた。タコスが机に投げてあり、隣には真赤なソース。


「一応、作戦行動中なんだから、そのソースかける回数は減らしてくれ」


「分かりました。ボスが言うなら」マーブは口をとがらせ、頷く。


「部屋には帰ったのか?」ダリウスは、自分がかつて眠れなかった時期があったことを思い出し、心配になった。


「はい、五時間くらいはベッドで寝ました」


「何か分かりそうか?」


「いえ、ここら辺で止まってます」マーブは自分の骨ばった喉を撫でた。


 あれから様々な条件で参加者を調べたが決定打にかけた。例えば、同じ部隊や同じ作戦に参加した者かどうか、等の共通項を調べたが、どれも外れだった。


 自分が国防総省ならどうするか考える。〈オルタナ計画〉で記憶の改ざんが行われているのが事実だとすれば、それが正しく行われているか確認できる指標があった方が良い。とすれば、帰還兵はうってつけである。心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症しているにしろ、していないにしろ、必ず生体データは取られているからだ。その中でも、記憶、認識に関わる治療を行った者が良い。


 彼らは、記憶への認識、記憶そのものを変化させる、といった治療を受ける。そのデータは記憶の改ざんにも利用できる。データには、治療を妨げる要因、記憶や認識を変化させる効果的な方法、治療がうまくいっているかどうかを見極めるための指標、等が含まれているためだ。


 ダリウスはそれを伝えた上で、「極端に行方不明にしやすい人物、というのは安直だろうか。例えば、高給目当てで紛争地帯に行くとか、ホームレスとか」


「それは自分も考えました。戦場に行くことなどを友人に話していた人物、もしくは蒸発しそうな人物。しかし、そういった者は招待されていないようです」


 ダリウスは腕を組み、うめく。むしろ、逆に行方不明にしない、というのはどうだろうかと考える。


「虚言壁で、発言に信頼性がないとかはどうだろうか」ダリウスは、メモに内因性、外因性と書く。精神的な疾患、性格的な傾向、外集団による影響。


「もし、事実を公表しても、誰も信じないような立場の人物ですか」


「陰謀論者、とか」ダリウスは言いながら少し、安直だなと思った。


「詐欺やカルト宗教団体」マーブが言う。


「可能性はある。だが、少し、安直な気もするな」ダリウスは頷く。


「多分ですよ、国防総省のことだ、一ひねり加えてくる。知り合い、友人、過去の職場などで、詐欺や陰謀論やインチキ宗教の話が出たことのある人物というのはどうです」


「どういうことだ?」


「過去にそういった話題が出たグループの中にいた人物ということです。今はグループ自体の記憶が薄れてきて、誰がそう言った話を出したか明確にわからない場合や、元々分からない場合なんかは、その人物が発端であるという記憶の改ざんは簡単にできる」


 ダリウスは思い出した。JMは信仰深い男だった。そして、同部隊の友人とは何年も会っていないようだった。もし、部隊メンバーの記憶が薄れていればJMは宗教に異様に執着してしまう男で奇妙な発言をすることもあった、と言う偽の認識を植え付けることもできる。


「集団での記憶の改ざんが可能な訳か。ということは、親友や恋人が居らず、親族も死んでいた方が良いな」ダリウスが悪い笑みを浮かべる。


「この人物はそんなことは言わない、と誰も言わないなら事実を公表しても誰からも信じられない。もしかしたら、SNSのアカウントがもう作られていて、〈オルタナ計画〉の事実を一部分でも公表したら、SNSの発言者に仕立て上げられ、さらに信用をうしなうのでは?」


 ダリウスは唸った。確かに今まで調査線上に挙がった人物は、SNS利用が少なかった。それはもしもの時のために、陰謀論者にでっちあげるためかもしれない。


「もしかしたら、さらに緻密に漏洩対策は行われているかもしれない。だが、それはこの際、どうでも良い。過去に、たちの悪いゴシップ、詐欺、インチキ宗教、陰謀論による勧誘や被害にあった人物を探り、その関係者を探ろう」


「スパイであることを見抜くために、嘘をつく際のデータも完全に提出されている者が良いですね」


「今挙げた特徴を持つ者が参加者の中にいるかもしれない」


 二人は、過去に詐欺、カルト宗教、陰謀論による勧誘や被害にあった人物を探り、その関係者に該当するかどうかを探るべく、関係者に電話したり、接触して調査を進めた。すると、記憶が改ざんされている者の八割が、たちの悪いゴシップ、詐欺、インチキ宗教、陰謀論といった物が発生した集団の中に居たことが分かった。


「じゃあ、今までのデータを元に参加しそうな人物を探り、メッセージを見つければ、訓練に迫れる」


 ダリウスとマーブは微笑み、拳を合わせた。


 ダリウスはさっそくそのような人物を探すとともに、何人かの外部協力者(ここでは諜報機関が利用する、自分の組織の協力者のことを指す)の監視記録を確認。もしかすると、敵諜報機関に利用されているかもしれない者たち。だからこそ、事前の調査は必須となる。


 ダリウスは、リストの一人を見つめ、小さくため息をついた。画面には、小柄な白人女性が映っている。くすんだ金髪の初老の女性で、ふくよかさは不思議な安心感がある。


 ―あなたは過去……戦場にとらわれている。


 穏やかでハキハキとした声が蘇る。メアリ・デラージ。かつて、アナリシス社に所属していたこともある精神医師で、ダリウスやマーブのカウンセリングを行ったこともある。


 彼女も監視対象だったが、彼女の行方が分からなかった。


 息子を戦場で失い、やせ細った姿も見た。そして、立ち直れずにいることも知っている。


 彼女は、アナリシス社と国防総省との一件も知っている。


 メアリ先生、あなたなら、何を推測しますか?


「―ス、ボス、ボス」


 マーブに呼ばれていることに気が付き、ダリウスは我に返る。


「ああ、すまん。どうした」


「挙げた条件を持つ人物で、かつリクルートサイトに登録している人物を調べたところ、JMとまったく同じメッセージを数日前に受け取っている人物が居ました」


 ダリウスは渡されたパソコンの画面を見る。


 ヒスパニック系の女性で、二十代後半、睨みつけるような視線。しかし、どこか怯えが見える。ジャネット・ターナー。何も知らず、計画に参加させられる生贄の羊であった。


「例の仕掛けの準備をしよう」ダリウスは言った。

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