闇の中
二十二時を過ぎようと言うのにバーの中は人で溢れていた。
ダリウスは緊張した面持ちでパソコンの画面を見つめている。画面の中には、男と話すマーブ。
マーブは〈オルタナ計画〉の参加者と思われる男から情報の入手をしている。相手はとある民間軍事企業社員で、政府関係のグレーな仕事をしている。
マーブは、巧みな話術で情報を引き出していた。会話の中に「嘘」「裏切る」「騙す」「尾行」と言った言葉を自然と入り込ませ、単語が発させる際の男の表情変化をMAVが記録、それをAnalysisが分析する。
Analysisの画面には、MAVのセンサーが感知した男の心拍数、表情の変化、しぐさ、視線移動、言葉遣い等が表示されている。
「嘘はついていないようだな。本題に入れ」ダリウスは、マイクでマーブに指示を出す。
会話が終わり、マーブが終了の合図を出したのを見て、ダリウスは車を出し、迎えに行く。
数分後、マーブと合流する。
「お待たせしました」
「お疲れ様」ダリウスは車を発進させる。
マーブは無言で、自前のメモ帳に何かを書きなぐり続けた。MAVの精度が低い時代にこの仕事をやっていた時の癖か、それともMAVを信用していないのか分からないが、マーブはメモを取るのを好んだ。理由を聞くと、「敵がどのような妨害をしているか分からないため、MAVで収集した情報と実際に自分が聞いた情報を照らし合わせるためだ」と言うが本当のところは分からない。
ペンを走らせた後、マーブは息を吐き、「とりあえず、聞いた情報はまとめました」
「どうだった?」
マーブはメモ帳をめくり、「国防総省関連の情報はありませんね。代わりに、興味深いことを聞きました。
「聞こう」ダリウスは滑らかに車を運転しながら言う。
「どんな訓練だったかは良く思い出せないらしいです。研修の内容と今やっているシステム運用の話はスラスラ思い出せるのに」
「またか」
「ええ、またですよ」
「記憶が改ざんされている可能性が高いな」
「俺もそう思います。〈オルタナ計画〉に参加したほぼ全員の記憶が曖昧で、かつ彼らに横のつながりはない」
「派遣業務中の仕事は、膨大で単純なテストと分析。今は派遣業務で得た経験や知識を生かした仕事での研修中か。確かにテストの内容を細かく覚えていなくてもおかしくない」ダリウスは言いながら指を唇に当てる。考えるときの癖だった。
〈オルタナ計画〉には元特殊部隊隊員や元諜報機関員も参加していた。彼らも「細かいことを覚えていない」と言った。勿論、嘘を付いていないか生体データは解析してある。
記憶が消えているのは参加後の変化であり、参加前の参加者を特定する要因にはならなかった。
「期待していないとは思いますが、今回も知覚情報もメッセージもありませんでした」マーブは電子煙草を咥え、嘆くように言った。
「何か見逃すかもしれん、一応聞いた話を教えてくれ」
「〈オルタナ計画〉の会場へ向かうまでの知覚情報が無かったのは〈オルタナ計画〉で使用する専用のハードが機密事項を含んでいて撮影できなかったから、だと言っていました」
マーブは鼻で笑い、「会場へ向かう際のスマートフォンの位置データが改ざんされていたのには気づいていなかったようです。その他大勢と同じく」
「専用のハードウェア、か」ダリウスはため息交じりに呟く。
「それでも二週間から三週間の間、位置データ等がなかった訳ですし、精確な実施期間は判明しましたね」
「そうだな」ダリウスはため息を噛み殺す。
二人が分析した者の中には〈オルタナ計画〉の参加者だと断言できる者が居た。しかし、彼らに共通する決定的な物が見つからない。かつ徹底した機密保持により、調査は全く進まない。二人は焦り始めていた。
マーブは、身分を偽り、国防高等研究計画局から助成を受けている大学、企業に探りを入れていた。しかし、どこも軍事訓練のような物を行っているところはなかった。ただ、強いストレス反応を発生させる可能性のある研究はあった。しかし、厚いセキュリティの壁に阻まれていた。
「それにセイバー社に大量の新入社員を雇用する余地があるんでしょうか。たとえ関連企業に振り分けても流石に多すぎます」
ダリウスも、それは考えていた。参加者が全員入社すれば、相当数になる。一時は辞めさせているのかとも思ったが、マーブの調査で違うと分かった。
「何かからくりがあるはず」ダリウスは呟き、「細かい情報の分析は明日にしよう。細かい部分を見逃す可能性もある」
ダリウスはアパートの前に車を停める。
「MAVを振り落としましょう」マーブは浴室へ向かい、服を脱がずに浴槽へ入る。
ダリウスは、ビニールカーテンを浴槽と洗い場の間に引き、換気扇を付ける。ビニールカーテンは温度変化に反応し、ぴんと張り詰め、壁との間に隙間がない状態が出来上がる。
マーブは服を脱ぎ、密閉式の袋に入れた。そして、ビニールカーテンで出来た密室で、換気扇とシャワーを最高出力で浴びる。
水と風で出来る限り、MAVを振り落とし、故障させる。これを繰り返すのが、MAVの監視を撒く方法の一つだ。本来であれば、もっと大規模な設備で行うが、ここではこれが精いっぱいだ。
マーブは、ブラシで全身をこすった後、専用のMAV検知のセンサーを使い、全身を確認。MAVが居ないことを確認し、洗い場に出てくる。
「お待たせしました」
ダリウスは、マーブと入れ違いで、同じ作業を行う。作業を終え、オフィスとして使っている部屋に戻り、ざっとメモを取る。
「長い戦いになりそうですね」マーブがココアを手渡してくる。ハイカカオココアとヨーグルトを混ぜたものでダリウスの好物だ。
ダリウスはココアをすすり、「ありがとう」
「メモを終えたら、今日は寝ましょう。無理は良くない」マーブが言った。
ダリウスは、眼に良くないと分かりながらも、目薬をさす。もう、眼は限界で、痙攣していた。
Analysisによる調整が行われないと、ここまで無理をして働いてしまうものか。ダリウスは口の中に苦い物が広がるのを感じる。
Analysisには、生体データを元にした生活パターンの調整機能がある。元々、アナリシス社は、タブレット端末を使用した教育支援システムの開発、運用をしており、その機能を改良したものだ。
生活パターンの調整機能は、睡眠を一定時間必ず取るように催促したり、行動規制を行ったりするような単純な物から、資格取得やダイエットのサポートを行うものまである。
ダリウスも一度、ダイエットでAnalysisを使用しているのを見たことがあるが、サポートとしては申し分ない働きをしていた。例えば、月に五キロ痩せたいとする。その場合、それをAnalysisが可能かどうか検討する。Analysisは(過去のデータがあれば、だが)膨大な生体データを分析し、現実的に可能かどうかを判断する。可能であれば、同じような条件でダイエットをした人の満足度が高いサイトを表示したり、運動量と食事量(これも写真などを上げる必要があるが)を分析し、過不足を計算する。それだけでなく、満足度の高いサイトのどこに満足感を感じたかを自動的に分析し、同時にダイエット行っている際にモチベーションが下がったり、サボったりするのを防ぐような機能もある。
AIによる支配と言われてはいるがAnalysisの生活パターン調整は便利だった。現にダリウスは自分が少しずつ体調を崩しかけていることに気が付いていた。
まずいな。二重の意味で思い、ダリウスは眠りにつく。




