テストプレイ ④
※
川崎実は目を覚ましてから、明里新宮をアチコチ走り回り、指示や命令を与えた代わりに苦情やトラブルを受け取り、その処理のためにまた走り回った。
自身が主宰した淡路暴走団だけならばこんな苦労もなく、何事も断定してしまえばチームメンバー達は動いてくれるので、苦労はない。
しかしリーダー格の山場俊一を従属させたとはいえ、曲者揃いの空留橘頭をコントールするのは骨が折れた。
「やあ。どんな感じ?」
遅すぎる朝食を摂っていた川崎に気さくに声をかけてきたのは、現時点で明里新宮の長である高橋智明だ。
「まあまあの塩梅じょ」
ややパサついたハムサンドをかじりながら答えた川崎に智明は苦笑する。
「数が必要かと思って空留橘頭も取り込んだけど、川崎さんが手こずるなら失敗だったかな……」
口の中のサンドイッチをアイスコーヒーで流し込みながら川崎は苦い顔をした。
「ん。……まだなんとも言えへんのぅ。いまいちココの状況が分かってへん気ぃすんねやわ。まあ、山場がそこまで考えて引っ張って来たんちゃうから、しゃーないんやろけどのぅ……」
「確かにね。……川崎さんに訓示でもやってもらおうかな」
腕組みをしてしたり顔の智明を川崎は慌てて止める。
「おいおい。それは普通、キングやってるアンタの役目やろ。そこまでワシは親衛隊気取る気ぃないど? そもそもワシは財務大臣か経団連の長をもらうつもりやのに」
口元は笑っていたが川崎の目は真剣だ。
「ははは、そうだったね。……でも国になるまでは親衛隊みたいなもんだから」
智明の緩い締め付けに川崎は肩をすくめた。
「で? 例の救援物資の方はどうかな? フランク・モリヤマからのヤツ」
智明は笑顔を消し、声のトーンを抑えて問うた。
「ほれこそ、まあまあじゃの。機動隊や自衛隊相手やさかい、鉄砲や爆弾やとシャレにならん言うたら、ホンマにオモチャとも武器とも言えん、ギリギリのモンを送ってきよったわ。アレなんか特に半信半疑や」
ハムサンドの包みを丸めてゴミ箱に投げ捨てながら、川崎は微妙な顔になる。
そもそも、智明が川崎に近々自衛隊の急襲があるかもしれないと相談したことがキッカケで、川崎の知人であるフランク・守山に掛け合って武器や食料の調達をしてもらった。
智明が特に手段を問わなかったことも良くないことなのだが、昨日、気球とも飛行船ともいえない飛行体が新宮の上空に現れ、海外との輸出入に使用される四〇フィートコンテナを下ろして飛び去った。
よもやそんな目立つ方法で届けられるとは思わなかったため、新宮ではニュースで報道された以上の混乱が起こった。
「アレはまあ、別物として。聞けば聞くほど真面目というか、融通が効かないというか……」
「それは言わんとってくれ。フランクっちゅう奴はそういう奴っちゃねん。こっちの話は二倍にして言いふらすし、アイツの話は話半分で聞かなあかん。その割に注文通りすぎるくらい注文通りのことはしてくれるんじょれ」
先程よりも苦い顔をしながら川崎は「そういう奴っちゃねん」ともう一度言った。
智明にも説明はしてあるが、フランク・守山という名前も本名かどうか怪しく、ハーフっぽい名前の通り話し方がカタコトの割に、日本の歴史や文化に詳しかったりと、謎の多い人物で何一つ確かなものがない。
しかし、川崎からすればどうでもいいことだ。
注文通りすぎるとはいえ、急に百人近くに膨れ上がった人員の一週間程度の食料が手に入ったし、格好だけでも武装は揃った。何より、智明も川崎も一円も出資せずにフランク・守山が費用を持ってくれている。
そこまでのサービスに文句をつけるのは、さすがに虫が良すぎる。
「ま、ツテがあるのは良いことだからね。それより、ちょっと部隊編成とか武器の使用訓練とかしないとだけど、できそうかい?」
智明の確認に、川崎はアイスコーヒーを飲みきってから答える。
「……ああ。今、ウチの幹部連中が調整しよられ。昼には部隊分けを確定させて、午後には外苑で初演習の予定で進めとうよ」
ようやく川崎らしい自信満々の顔で答えたせいか、智明も満足そうに大きく頷いた。
「うん。武器はオモチャでも、オモチャの兵隊なんて言われないようにビシビシやってくれ」
「……言うても強化スプリングのゴム弾やよってのぅ。防具が機動隊と同じいうだけマシやけどの」
片眉を上げて皮肉を言う川崎に、智明も肩をすくめて言い返してくる。
「攻撃されたら反撃しようってだけの話だし、兵隊扱いしてるけど皆に人殺しをさせたいわけじゃない。その違いは大事だよ」
「……了解だ。ただ、できればそれはキングの口から伝えたってくれへんけ? 誰が親玉で、何の為に働くんかは明らかにしたらんと誰もついてけえへんど?」
ここはさすがにグループ企業の代表取締役の顔を持つ川崎が正しい。
「……了解だ」
一瞬の逡巡のあとに智明はうなずき、川崎に右手を差し伸べ、川崎も智明の手を取って硬い握手を交わした。
※
琵琶湖がいつも通りの穏やかさに戻った頃、真らが訓練の拠点としていた貸し別荘では篠崎と木村の追加の検査が行われ、ゲームやスポーツ用に開発されていたアプリケーションの授受も滞りなく完了した。
「今日は脅したりしないのかね?」
前回と打って変わって、篠崎と木村に凄んだり威嚇しなくなった田尻を、篠崎は皮肉った。
「自分の拘りで世界を狭めるのがつまらないって分かっただけだ。文句言わないからって、なんでもアンタらの思い通りにしてやるわけじゃない」
憎々しげに答えた田尻だが、前回と同様、彼らに堪えた様子はない。
「まあ、それも大人になるための成長と言えるかな」
知ったふうなことを言う篠崎を田尻は普通に無視した。
「……これで本当に終了です。アプリの微調整や要不用は個人にお任せします。有効に使っていただけると幸いですが」
初めて笑顔らしい笑顔を見せた木村だが、営業スマイルに毛の生えた程度なので、「どうも」とだけ返事をして田尻はリビングを出た。
そのままウッドデッキに向かいかけた田尻だが、不機嫌な顔のままでは紀夫に何か言われそうだったので、洗面所で顔を洗ってからウッドデッキに向かうことにした。
貴美の真価が見定められたあとにテツオが組んだ予定は、HDの検査のあとにウッドデッキで昼食としてバーベキューを行い、小休止を挟んでから貴美との合同訓練となっている。
男子の最後は田尻で、その後に鈴木沙耶香へのHD化の説明が終わるのを待って昼食という運びだ。
「あら、終わったの?」
「う、うっす」
洗面所を出たところでキッチンからウッドデッキへ食材を運ぼうとしていたサヤカと出くわした。
昨夜のことがまだシコリとなって田尻の中にあり、やや挙動不審な返事になる。
「じゃあ、行ってこようかな。後をお願いね?」
「うっす」
それでも事件前と変わらず明るい笑顔を見せてくれるサヤカに、田尻は少し救われた気持ちになる。
だから、呼び止めた。
「あの、クイーン」
「なあに?」
「…………」
栗色のロングヘアーを揺らして振り返ったサヤカに見とれて無言になる。
「なによ? どうしたの?」
「……やっぱ、綺麗っすね」
「…………」
思っていた事と全く関係のないことを口走ってしまい、田尻は慌てた。
急に容姿を褒められたサヤカも微妙な表情になる。レイプ同然の襲われ方をしたのだから当然だが。
「昨日の今日だから、素直に『ありがとう』とは言えないな……」
サヤカはなんとか笑顔らしい表情で答えてくれたが、田尻を許容したわけではなく、むしろ蔑みに近い。
「すんません。……あの、これから説明聞きに行くんすよね?」
「そうよ」
「できたらテツオさんに同席してもらった方が良いっすよ。アイツら俺よりキモいっすから、クイーンに変なことしそうで……」
視線を彷徨わせながらしどろもどろに話す田尻に、サヤカは少し歩み寄る。
「私を心配して言ってる? それとも、洲本走連のクイーンをナメて言ってる?」
サヤカの目は昨夜田尻を握りつぶそうとした時と同じくらい鋭く細められている。
「そんな、もちろん、惚れた弱みで心配して言ってるっすよ」
「………………」
眉間にシワを寄せて睨み付けるサヤカを田尻は真っ直ぐに見つめ返す。ただ、田尻の顔は少し赤い。
「ん、ありがと。そうする」
たっぷり二十秒は無言で目を合わせ、田尻の本心を確かめたサヤカはあっさりと礼を言った。
ホッと息を逃した田尻を置いて立ち去りかけたサヤカだが、何かを思い出したように振り返ってまた田尻の傍まで歩み寄る。
「……クイーン?」
「目、閉じなさいよ」
「あ、はい」
穏やかな顔で命じられ、田尻が素直に瞼を閉じると、唇のギリギリ端っこに一瞬だけ柔らかいものが触れた。
「これは気遣ってくれたお礼なだけだから。これで最後。もうしない。……思い出すのは良いけど、言いふらすのはダメ」
「……あざっす!」
「もともとそうするつもりだったんだけどね。私も、あの二人は好きになれなさそうだから」
とびきりの笑顔を見せながらサヤカは田尻から離れ、「十秒数えてから出てきなさい」と命じて、今度こそウッドデッキへ向かった。
この一分以下の会話で、田尻は随分と救われた気がした。
ポロッと勢いでサヤカへの恋心を明かした事を拒否されなかったし、サヤカとの絡みを思い出すことも許可された。
何より、篠崎と木村を怪しんでいるのが自分だけではなく、クイーンことサヤカも彼らを好んでいないという言葉は、何よりの後ろ盾だと感じた。
幸福を噛みしめたい田尻だが、他の面子に気取られないためにも深呼吸をし、サヤカの言いつけ通りにゆっくり十秒を数えてウッドデッキへ向かった。
「おお、終わったか。んじゃ、入れ替わりでサヤカの説明会に付き添ってくるわ」
「後をお願いね」
田尻の姿を認めたテツオからそう切り出され、サヤカからもさっきと同じセリフを言われた。
「うっす!」
ガチガチのかしこまったお辞儀を二人に送り、田尻は紀夫の近くに移動して作業に加わる。
「……俺、クイーンの親衛隊に移るかもしれん」
「本気か? そんなに惚れたのか?」
「惚れた、と思う」
「ふーん」
食材を並べたり食器を並べながらの会話なので、紀夫は少し素っ気ない。
そこから数分ほど黙々と作業が進められ、滞りなく準備が整ってテツオとサヤカを待つだけになった。
と、田尻がウッドデッキの端っこの灰皿でタバコを吸っていると、紀夫がやってきてボソッとつぶやく。
「女のためなら止められないし、文句はねーよ」
「すまんな」
「いいじゃん。恋は誰にも止めらんねーもん」
やたら清々しい笑顔で名言っぽいことを言った相棒に、田尻の方が照れくさくなってはにかんだ。