表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第四章 恋人たち
98/485

テストプレイ ③

 ほどなく、後片付けの終わった一同は歯磨きと着替えを済ませて貸し別荘のテニスコートに集まった。

 男子五人は昨日の訓練で使用した揃いのジャージに身を包み、貴美もスポーティな半袖半ズボンタイプのジャージに着替えている。

 サヤカだけは運動しないので、白地のTシャツにスリムタイプのデニム姿だ。サンダルを履いて夏らしくしたいところだが、バイクの運転を考えるとどうしてもスニーカーかブーツにならざるを得ないのがサヤカの困りごとだった。


「さて、と。最初に基本的な準備運動をしてから、テニスの真似事で調子を見て、それから格闘技の組み手みたいな感じでやってみようか。俺らはHD(ハーディー)の体操から始めなきゃだから、キミはちょっと待っててな」


 全員が集まったところでテツオが段取りを全員に説明し、体操が不要な貴美には待機を指示した。

 だが貴美はそれを拒む。


「テツオ。私は何もかもが初めてだ。少し離れたところで独自にやっていて良いか?」

「……そう、だな。全く系統が違うもんな。いいよ。その代わり、サヤカが付き添っててくれ。全くの一人きりにしちゃったら、なんかあったら困るから」


 少し考えてテツオは了承の旨を示し、テツオの視線を受けたサヤカも親指を立てて応じた。

「あいすまぬ。よろしく頼む」

 貴美は丁寧にお辞儀をし、サヤカを伴って貸し別荘の裏手、ウッドデッキから琵琶湖の間に敷かれた芝生へと移動した。

「んじゃあ、始めよう」

 テツオの号令でストレッチを基本とした体操が始まる。


 ここ数日ずっと繰り返してきた体操は滞りなく十五分ほどでやり終え、二面あるテニスコートを使ってテニスの真似事を始める。

 だがテニス経験者は唯一テツオだけで、あとは田尻が少年野球の経験者で紀夫がサッカー経験者、瀬名と真はバスケットボール経験者といった具合。

 仕方なくテツオが素振りとアンダーサーブを教えて、ゆるりとラリーまがいの球遊びが始まる。

 三十分ほどしたところで、筋の良い真と瀬名で対戦し、その隣ではテツオが田尻と紀夫のコンビと対する形へ変更した。

 このあたりまでは凡ミスに笑い合ったり、奇声を上げて悔しがったりとゆるい雰囲気だったが、思う以上に体が動くことを確信した四人はフォームこそ素人だが、徐々にボールに食らいつき鋭い打球を打ち返し始める。

「もう頃合いか」

 テツオは田尻と紀夫の真剣な目を見て判断し、二人には言わずにいきなりボールをトスしてサーブを打ち込む。

 一気にスピードも威力も増した打球に田尻は固まったが、紀夫は即応してなんとか打ち返した。

 そこからはテツオが気迫のこもった声と共にリターンを行い、田尻もテツオの強烈な打球を力を込めて打ち返す。

 何度かラリーは続いたが、最後は紀夫の打ち損じをテツオがスマッシュして決着がついた。


「紀夫、よくあのサーブ取れたな。田尻も強い球返してくるから焦ったぞ」

「テツオさん、いきなり本気とか勘弁してくっさいよぉ。こっちこそビビリましたよ」

「テツオさんのが速くて重いっすよ。俺も手が痛いっすもん」


 胸を抑えて抗議する紀夫と右手をプラプラと振る田尻に微笑みながら、テツオは楽しそうに宣言する。


「何言ってんだ。昨日の大尉の訓練でもあっただろ? どこから何が飛んでくるか分からないんだ。予想の範囲で考えてちゃヒット食らうんだぞ」


『ヒット』とはサバイバルゲームで弾が当たったことを指す用語で、死に体となってゲームから脱落したり、生き返りまでの一時的な死に体を周囲に知らせる用語だ。


「そうっすけど……」

「もう一段レベル上げるからな!」

「うっす!」

 次のサーブに向けてボールをバウンドさせながらテツオが宣言する。

 が、隣のコートが視界に入る。

 そこからは先程のテツオ達以上の速度でゲームが展開しており、テレビ中継されるプロテニスよりも間隔の短い打球音が連続していた。

 田尻や紀夫だけでなくテツオも口を開けて見入ってしまう。

 HDの効果なのかバスケ経験者だからか、真も瀬名も打ち込まれたボールの追い方が通常のテニスとは異なり、何歩か走って距離を詰めるのではなくほぼ一歩で打点に入って打ち返していく。

 徐々に早くなっていくゲーム展開のためか、とうとう真は打点に移動するまでの空中でラケットを振るって打ち返し始め、瀬名も負けずに片手を地について側転をしながら打ち返していく。

 段々と二人の動きが目で捉えられなくなり、霞んだりぶれ始めた頃、ラケットが後方のフェンスに当たる音がしてゲームが止まった。

「ふぅ。やっと途切れたなー」

 淡々と言った瀬名だが、ラケットを落として座り込んでいる。

「もう少しだったのに!」

 バックハンドで振り切った態勢のまま真が悔しがる。

 どうやら疲れと打ち損じで手からラケットがすっぽ抜けたようだ。

「スゲ……」

「なんか、プロみたいっすね……」

「ああ。これがHDのお陰だっていうなら、とんでもないな」

 自分達が一般的な十代よりもスポーティな自負はあるが、初めてプレイしたスポーツでこんな激しくスピーディーなパフォーマンスが出来るとは、正直テツオも予想していなかった。


「テツオさん! 瀬名さんがいきなりスピンとかかけてくるんすよ! ちょくちょく曲芸みたいな打ち方もするし。俺よりレベル上じゃないっすか」


 真の抗議にテツオは苦笑した。


「瀬名はホントにテニスは初めてだよ。それより、そんな瀬名についていけたお前も充分スゴイって自覚しろよ。今のゲーム、ボールが見えてたのはお前ら二人だけだぞ」

 テツオの言葉に田尻と紀夫がうなずく。


「そ、そうっすか? 必死だったんで気付かなかった……」

 真が謙遜やら自信やらで言い淀んだ横を、見慣れない乗用車が正門から玄関前のロータリーまで横切った。

「よう! 朝からテニスかね」

 車から下りると同時に、今までで初めてかと思えるほどフランクに声をかけてきたのは、真たちにHDを授けてくれた篠崎だ。遅れて木村も姿を現した。

「やあ。腕試しはやっとかないとね」

 テツオも気軽に手を挙げて応じる。

 と、貸し別荘の裏手からサヤカが走り込んできた。

「テッちゃん! キミが!」

 ひどく慌てたサヤカの様子に、テツオだけでなく篠崎や木村まで何事かとサヤカを注目した。

「どうした! なんかあったのか?」

「違う! キミが、スゴイの! すぐ来て!」

 驚きと喜びの混ざった表情でサヤカは叫び、テニスコートの手前で立ち止まって大きな手招きをして、すぐさま裏手へと駆け戻っていく。

「……なんだろうな」

「クイーンのあの感じだと、そうとうだぞ?」

「行くぞ」

 田尻と紀夫がささやきあうのを捨て置き、テツオは短く言い放って別荘の裏手へと走り出す。

 真はラケットを拾ってから走ったので一拍遅れた。

 真が田尻と紀夫に追いつくと、彼らは一点を見つめて固まってしまっていた。

 なんとか隙間から覗き込んで貴美の姿を探す。

「あっ!」

 ウッドデッキから琵琶湖までのスペースに敷かれた芝生に貴美の姿はなく、波打つ琵琶湖の湖面に貴美の姿があった。

 距離にして二十メートル。

 どんなに浅瀬が取られていても湖面に人が立っているように見えることはないはずだ。つまり貴美の足首やスニーカーが見えるということは、貴美はまごうことなく水の上に立っていることになる。

 あり得ない現象を目にしたためか、全員が口をつぐみ、貴美の次の行動に目を見張る。

 貴美はギャラリーが増えたことを知ってか知らずか、ゆっくりと両手を肩の高さまで上げて、静止する。

 すると貴美の周囲の湖面が沸き立つように波が乱れ始め、次第に貴美を中心にして外側へと弾け飛ぶように飛散する。

「おお……」

 思わず貴美を見ていた全員から声がもれた。貴美から弾かれる範囲が次第に大きくなり、水が外へ外へと追いやられているのが分かったからだ。

 また貴美はゆっくりと手を動かして胸の前で合掌する。

 途端に荒れ狂って飛び跳ねていた湖面は落ち着いたが、同時に貴美の足元には透明の船が置かれているように、貴美を浮遊させている。

 カッと目を見開いた貴美は、顔を上空へ向け、素早く身を屈めたかと思うと一気に上空へ飛び上がった。

「なんだ!?」

「飛びました、か?」

 篠崎と木村には貴美が屈んだところまでしか目で追えなかったようだが、他の六人は遥か上空へ目を向けている。

 地上から見てゴマ粒ほどの大きさに見えるまで高く飛び上がった貴美は、宙空に用意してあった足場を蹴るようにして何度か方向転換をし、更に見えなくなるほど上空へ飛び上がる。

「すごい……」

 真が感嘆の言葉をこぼした刹那、上昇の勢いが止まって落下が始まったのに合わせ、両手で印を結んで琵琶湖の中央へと突き出す。

 突然、琵琶湖の中央で音もなく湖面がくぼみ、少し遅れて高波が立った。

 その頃になってようやく琵琶湖から巨大な物が水面に落下したような音とともに、大荒れの波しぶきが琵琶湖に現れた。

「なんだ?」

「波が!」

 飛び立った貴美を見つけられていなかった篠崎と木村は、突如起こった水柱と波しぶきに取り乱す。

 貴美はすでに印を解いて自由落下に入っている。

 そのために湖面をくぼせた圧力は消え去り、押しのけられた水が戻ろうとして更に湖面は荒れた。

 外へ広がる波と内へ戻ろうとする波が入り乱れてぶつかり、津波のような高波となって同心円状に伝わっていく。

 その一端は篠崎と木村のいる貸し別荘にも向いているので、二人は慌てふためいて逃げ出そうとし、田尻やテツオにぶつかって転んだ。

 テツオを始めサヤカも真も田尻も紀夫も瀬名も、ただただその行く末を見守り微動だにしなかった。貴美が周囲への影響を考えてやっていると信じていたからだ。

 その通りに高波は貸し別荘の手前まで迫ったが、波しぶきは岸壁を少し越えた程度でウッドデッキを濡らすほどは届かなかった。

 篠崎と木村がへとをついている間に、貴美は何度か減速のジャンプをして、自由落下よりもゆっくりと舞い降りてサヤカの前に着地した。

「キミ、すごい! すごいよ!」

 大きく一つ深呼吸をした貴美に抱きつきながらサヤカは手放しで褒めちぎった。

「自分でも、少し、驚いた」

 照れもあるのか、サヤカが貴美を揺さぶるからか、貴美は切れ切れに答える。

「これはちょっと面白いな」

「HD無しなんだろ?」

「本気ですごいな」

「面白いねぇ」

 皆が口々に貴美への簡単を漏らす中、真は素直に感動してただただ貴美を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ