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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第四章 恋人たち
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心の距離 それぞれの道標 ②

   ※


「俺はどうもあの連中が気に食わない」

「それを俺に言われてもな」


 アームチェアーに腰掛け膝のの上に肘を乗せて話す田尻に対し、紀夫は足を組んで背もたれとアームに寄りかかって真剣には取り合おうとしない。

 ダイニングで解散してすぐに貸し別荘裏手のウッドデッキに来た二人だが、田尻がずっと篠崎と木村の話ばかりしていた。

 紀夫は、田尻があの二人に固執する理由が分からなかったし、あの二人が何かを企んでいたとしても自分には関係ないという思いがある。

 明日の検査にしても、新しいアプリを条件無しで提供してもらえるのだ。

 金銭的な損もなければ、紀夫としては得るものばかりで、疎んじたところで体内のHD(ハーディー)を返還できるものでもない。


「こっちが望んでるといっても、人体実験だぞ? そんなに効果を知りたきゃ自分で試せばいいじゃないか」

「パン好きのパン屋が新しいパン作ったら試食してもらうだろ。騒ぐことじゃねーよ」

「そうだとしてもよ……」


 なおも食い下がる田尻に嫌気が差し、とうとう紀夫はチェアーから立ち上がる。


「細かいことにこだわってないで、明日からのことを考えようぜ」

「おい、もう行くのか?」

「こっちと電話だ」


 引き留めようとした田尻に小指を立てて見せ、紀夫は室内へ入ってしまった。

「……チッ」

 ウミを出しきれなかった田尻は、不満げに舌打ちをしてタバコに火を着けた。

 紀夫の言う通り、細かいことに拘っている場合ではないと分かっていても、無理に理由を付けて妥協したり言いなりになりたくはなかった。

 田尻の経験上、安易な妥協は守るべき水準を下げてしまうだけだし、高い水準を追い続ける精神こそ自己を鍛え目標へと近付く糧になるはずだ。

 小学生時代に打ち込んだリトルリーグではそう教わった。

「くそっ」

 それでも紀夫やテツオが新しい物を是として受け入れ、真への協力を推し進めるならば、後は田尻が自分と周囲との齟齬を埋めるだけの作業だと感じ、一言毒づいて立ち上がる。


 ――こんな時は寝ちまうか、何かに没頭するに限る――


 そう考えてモヤモヤした気持ちを投げ捨てるようにタバコをもみ消し、ガレージへ向かってみようとした刹那、ウッドデッキへの出入り口が開かれた。

「なんだ、真か」

「田尻さん、ちっす」

「おう」

 出入り口で鉢合わせた真はやや浮かない顔に見えたが、田尻も紀夫に突き放されて考えにふけっていた直後である。今の田尻には真を気遣ってやる余裕もないので、真とはろくに会話もせずに入れ替わる形で室内へ入った。

 そのまま与えられている部屋に寄って軍手とウエスを取り、ガレージへ向かう。


 と、玄関を出たところで藤島貴美が立っていた。

「こんなとこで何してるんだ?」

「人を探しておる、のです」

「こんなとこで? 誰を探してるんだ?」

 当然のことを聞いたつもりだったが、貴美はひどく狼狽して見えた。

 貴美のいつもの悪癖で、出会ったばかりの人物の顔は頭に浮かんでいても、名前が出て来ない。

「ええっと……。申し訳ない。名前が出てこない」

「そりゃそうか。今日会ったばっかだもんな。テツオさんか? 瀬名さんか? 後は紀夫と真だけど」

 貴美の状況を慮って田尻は今別荘に居る人物の名前を順に上げていく。

「あ! 真、殿はどちらに?」

 ようやく探し人と名前が一致したのか、少し晴れやかな顔で問うてきた貴美に、田尻は圧される。

「お、おお。裏のウッドデッキに居るよ」

「感謝する!」

 貴美がパッと表情を輝かせてお辞儀をし、素早く玄関へ駆け込むのを見送って、田尻はあ然とする。


 ダイニングでの食事の時、真と貴美がチョコチョコ話しているのは見ていたが、走って会いに行くほど仲が良くなったようには見えなかった。

 ――青春、てやつなのかねぇ――

 勝手な想像をしながら軍手をはめてガレージへ歩いていく。

 思えば田尻はこれまで女っ気のない人生を送ってきた。送ってきた、と言ってもまだ十六歳だし、高校にも通っているしバイトもしているわけだから、何一つ諦めたり完結したわけでもない。

 テツオや紀夫や他の友人からも『堅い』と評されることがあるが、田尻自身は思うがままに信念を貫いているに過ぎず、むしろ周囲の人々が軟派なのだと思っているくらいだ。

 もちろん年相応に女子への興味や性的な欲求もあるわけで、サヤカが合流したことだけで心が踊ったし、キッチンでサヤカを間近で見れただけでも思い出に残る一日となった。

 ガレージで愛車を磨きながら、思わず思い出し笑いをしてしまう。


「田尻君、キミが来なかった?」

 不意に声がして顔を向けると、サヤカが立っていた。

 サヤカの立ち姿や横顔、テツオにたしなめられて舌を出したおどけた顔などを思い出している時に、本人から声をかけられて慌てた。

「うえっとぉ……。さっき真を探してたみたいで、裏に居るって教えました、よ?」

「そう。ありがと」

「あ、あの!」

「うん?」

 なんとなく会話が終わってしまうのがもったいなくてサヤカを呼び止めたが、別段、田尻はサヤカに用事があるわけではないし、会話を続ける糸口も思い付かない。

 しかし呼び止めた限りは何か言わなければと必死に頭を捻る(このあたりが『堅い』と言われる由縁なのだが)

「……あの二人、なんかあるんすか?」

 結局、苦し紛れで意味有り気なことを聞いてしまったが、真と貴美がどうなってるかに興味があるわけではない。

「さあ、どうだろ? でもどうかなるんだったら、面白いから見に行くの」

 他人の恋愛に首を突っ込みたがるお節介女子よろしく、サヤカが悪戯な笑顔を見せる。

 ――悪趣味だな――

 自分に置き換えた場合、紀夫の色恋を覗きに行く場面を想像してしまい、田尻の愛想笑いがやや引きつる。

「じゃあね」

 田尻が返事をしなかったので、サヤカは田尻の興味のないことなのだろうと断じて、口元に人差し指を当てて忍び足でガレージから貸し別荘の裏手へと立ち去る。

「お、俺も行くっす!」

 サヤカに素っ気なく切り捨てられたからか、サヤカが真と貴美のことに興味を示していたからか、田尻は急いで軍手を外してサヤカを追った。


 ガレージを回り込むと、貸し別荘の前庭を照らしていた外灯の明かりも差し込まず、本当の闇の中を壁伝いに歩くしかない。

 途中、手入れが追いついていない植え込みが袖に引っかかったりしながら、中腰で進むうちに、暗闇に目が慣れてきたのか星明りのお陰か、壁の切れ目とウッドデッキに設けられた柵が影となって見えてきた。

 微かに人の声らしきものも聞こえ始めたので、田尻は歩みを遅くして、そろりそろりと進む。

 と、障害物に対処しようと前に伸ばしていた手に柔らかいものが当たった。

 ――なんだ?――

 思った刹那、柔らかいものが動いて伸ばしていた手を掴まれた。

「シッ!」

 短く発された声でサヤカだと分かった。

 どうやら先着していたサヤカが屈んで潜んでいる所へ、田尻がピッタリ真後ろから追いついた形だ。

 意図していなかった急接近に、田尻の心臓が高鳴る。

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