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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第四章 恋人たち
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守人の眼 ⑤

「お! お、おお? ……オモチャ、かな?」


 走り寄らんばかりに注視していた紀夫は、軍曹が取り出した物体に肩透かしを食った。

 派手な蛍光色のパーツが組み合わされた安っぽいプラスチック製の水鉄砲にそっくりだったからだ。

 テツオもこれは聞いていなかったらしく、「大佐?」と確認するように呼びかけていたくらいだ。


「待て待て。これは他社のオモチャに間違いないが、ここから説明せんとウチの商品を理解出来んのだ」

 両手を前に出して弁解してから、大佐は軍曹に合図を出す。

 すでに軍曹はオモチャの水鉄砲のタンクに注水済みだ。


「このタイプの水鉄砲は、ポンプを引くことでタンクから砲身に水を引き込み、同時に引き金を押し戻すことで銃床にフタをして空気を圧迫する仕組みです。ポンプを引いたまま引き金を引けば、圧迫された空気を抑え込んでいたフタが無くなり、空気が水を押し出すと同時にポンプを押し返して銃口から出るしかない水が放出されます」


 解説の通りに水鉄砲を操作して、草むらに水流が一線した。

「はあ、はい」

 何年前かの海水浴を思い出しているのか、田尻が気のない返事をした。


「この仕組みをそのまま銃に置き換えれば、水は弾丸、空気は火薬、ポンプはスプリングなどの反発を加えるものとなります」


 軍曹はもう一度水鉄砲を撃った。

「……はい」

 紀夫は少しだけ期待が蘇ってきたようだ。


「だが、銃は火薬という強力な作用に対して、衝撃や摩耗や破損という反作用を生む。なおかつ重い。威力を求めると反作用も大きくなるし、より重くなって弾数も限られてくる」


「ははあん……」

 腕組みをしていた瀬名が先読みをしたのか、顎を上げて納得顔だ。

 全員に注目される中、軍曹は水鉄砲を脇に置いて新たな物体を取り出す。


「それらのマイナスを改善して試作したのが、これ」

「でもオモチャっすか!」


 軍曹が取り出したのは、明らかにポリカーボネート樹脂製の光沢を放つ『戦隊もの』っぽい見かけのオモチャだった。

 思わず田尻は頭に両手をやって残念そうにする。

「話はまだ途中だから」

「よく聞いてくださいよ」

 大佐がとりなし、どこか楽しそうに軍曹は話し始める。


「重さの改善を最大限に考えた場合、銃自体の素材が軽くて丈夫であり、なおかつ弾丸の射出の反動を抑えて火薬や薬莢もなくなれば、実現できるんじゃないか? そのコンセプトで弾をフタ代わりに使い、ポンピングで引き金まで空気を圧縮しつつ、銃床からもスプリングを引き寄せて加圧します。引き金を引けばポンプのストッパーが外れて弾が射出され、反動はスプリングが戻る力だけになる」


「んんん?」

 そろそろ真は軍曹の説明についていけなくなってきた。

 だがテツオは一言で片付けてしまう。


「空気鉄砲だね」


 ああ、と全員が納得した。

 素通しの筒の片方に棒のついたフタをして、もう一方に弾となるフタを詰めて、棒を突き出せば圧迫された空気によって弾が飛び出すオモチャだ。

「ままま。ここまでは子供だましだから」

 軍曹は少し引きつった笑いを浮かべながら、一応引き金を引いて「ポンッ」と音を立てて弾を発射して二台目を脇に置いた。

 テツオに原理を一言で済まされたことに傷付いたのか、軍曹の名誉のためなのか、大佐が前に出て間を繋ぐ。


「まあ、ここまでは我が社の玩具部門の試作だ。君達に使ってもらうのはここからだ。普通に使用するならば護身用というところだが、弾丸やダーツを装填すれば武器になってしまう本格的な物だ」


 軍曹の準備が整ったのを確かめ、大佐は軍曹のために場所を開ける。


「お待たせしました。先程の空気鉄砲の原理を追求した、本物の空気銃。名付けるならば空気の弾丸『エアバレット』」


 軍曹の構えたシルバーの光沢に、少年達は感嘆の声を漏らした。

 五十センチ程の薄い板状の砲身が篭手の様に前腕部に装着され、手甲の辺りから銃口と思しきノズルが二本並んで突き出している。

「スッゲー!」

「軍曹、コレコレ!!」

「大佐、なんかデザインが中二じゃない?」

 田尻と紀夫は快際を叫びながら軍曹に走り寄り、テツオは金属製だが『戦隊もの』っぽいデザインを不満そうに訴えた。


「ちょっと待って! ちょっと待って! 触るのは説明を聞いてからだって!」

「一応、防具としての機能も考えたんだよ。セット売りも狙ってるんだ」


 田尻と紀夫の食い付きから逃れようとする軍曹の横で、大佐はテツオが呆れるほどの商魂を垣間見せていた。


「それ、普通に使えば護身用って言ってましたよね? どのくらいの威力なんですか?」

 一人冷静な真が軍曹に問いただした。

「……今、一番弱い強さに設定してあります。あの木を見ててくださいね」

 軍曹は田尻と紀夫に、自分から離れるように手で示して、五メートル先の樹木をエアバレットで狙う。

 シュッ

 手甲の砲身から炭酸のペットボトルを開けた時のような小さな音がしたかと思うと、狙っていた樹木の幹の一部が()ぜた。

 大佐と大尉は軽く拍手を送っている。

 だがテツオは現実的な質問をする。


「今のが人間に当たったらどんくらいのもんなのかな」


 真だけでなく田尻や紀夫も同じ事を考えていたようで、軍曹の試射に歓声が上がらなかったのはそのためのようだ。

「ううん……。骨折まではいかないが、ヒドイ打ち身か骨にヒビは入るくらいかなぁ……」

「そうですね。護身用という運用ではその程度かな、と」

 言葉を選んだ大佐に追随するように大尉も控えめな表現しかしない。

「今ので一番弱いんですよねー?」

「お、おお、うん」

 煮えきらない大佐達に業を煮やしたのか、瀬名が直球の質問を浴びせ、さらに大佐が言いよどんだ。

「一番強いので試してもらっていいかな?」

「そ、それは危険だ! これまでの試験でレベル3までは試したが、その時点で人の命を奪いかねない威力だった! やめたほうがいい!」

 テツオの淡々とした要求を聞いた途端、軍曹は慌てだした。

 大佐たちが思っている以上にテツオ達の目が真剣な事に気付いたのだ。

「何もテロをやろうってんじゃない。普通の武器でやっつけられない化け物を懲らしめるために使うんだ」

 やや声のトーンを落として歩み寄るテツオは、先程までの飄々とした雰囲気は皆無で、大佐達は気圧されそうになる。

「テツオ」

 呼ばれて振り返った先には瀬名が居て、プラスチックケースから取り出したテツオの分のエアバレットを投げて寄越した。

「お、おい!」

 慌てる大佐をよそに、真も田尻も紀夫も瀬名も、それぞれエアバレットを右手に装着していく。

「3が普通の人間にはヤバイんだっけな」

 目に怪しい光を宿しながらテツオは軍曹が狙った樹木に砲身を向ける。

「気を付けて扱ってくれよ……」

 祈るような声でつぶやいた大佐を一瞥し、テツオは狙い定めて引き金を引いた。

 シュバッ

 先程の軍曹の発射音より幾分大きな音がしたあと、樹木は乾いた音を立てた。ベニヤの様な薄板を割ったような音だった。

「テツオさん! 貫通してるっすよ!」

「うわ、これはヤバイわ」

「使えるっすね」

 幹には直径三センチ程の穴が穿たれ、工作機械で彫り抜かれた穴よりも綺麗な断面に、少年達は沸き立った。

「大佐、マジで危険だね」

「だから言ったじゃないか。本当に危険なんだ」

 冷や汗を流している大佐に、テツオは冷めた気持ちで問いかける。

「でもこれじゃ足りないかもしれないんだ。全力をやってみていいかな?」

「おい、君達は、何と戦うつもりなんだ!?」

 テツオの問いに対して軍曹は逆質問を返した。

 それほどテツオ達が強い力を求めているように見えたのだろう。

「いや、逆に何と戦ってる想定でこれ持ってきてくれたの?」

 さらなるテツオの逆質問に大佐たちは言葉に詰まる。

 彼らはあくまでレベル1の『護身用』を商品にと考えているのであって、人間にも通用するからと警察や軍隊に売り込むつもりはないのだ。

「く、熊とか、猪とか?」

 絞り出すように答えた軍曹に対し、テツオは大笑する。

「あっはっはっはっはっ! それならレベル3で充分だよね! ……でも俺らは化け物退治に使うんだよ。機動隊を手も使わずに追い返すような化け物だよ」

 大笑から一転して怖いくらい真剣な顔で言い放ったテツオに、大佐たちは黙ってしまう。

「テツオさん。10まで上がらないっすよ」

「そうなのか?」

 紀夫の残念そうな声に応えると、軍曹が小さな声で解説を始めた。


「さっきの原理を思い出して下さい。空気を弾丸にするためにスプリングを強く引き上げる原理です。だから、威力を高めるためには予め強い力を溜め込まなければいけないんです」


 空気鉄砲で考えると、弾をギチギチに詰めて反対側から強く押さなければ威力は上がらない。

「そこも空気鉄砲と同じ理屈なわけねー」

 早々に理解した瀬名は、力を込めてエアバレットのレベル調整を行い、ほぼ力づくでレベル10へ入れ込む。

「はい、どいててよー」

 軽い注意を発しながら、先程から的にされている樹木を狙う。

 バシュッ!

 射出音というよりも破裂音の様な強烈な音を発したあと、幹には先程よりも大きな穴が穿たれ、幹からも破裂音が響いた。どうやら衝撃が強すぎたためか穴が開くだけではなく、穴から上方に向かって裂け割れて、ゆっくりと股裂きのように開いていった。

 発射前の瀬名の軽さも相まって、予想以上の結果に全員が言葉を失ってしまった。


「…………使える」


 静寂を終わらせたのは意外にも真で、その目は闘志とも狂気ともつかない真剣さで、田尻や紀夫はかける言葉が思い付かないほどだ。

「ここまで来たら後戻りは出来ん。大尉、もっと安全に使ってもらうためにアプリやクーリングの説明をしてあげてくれ」

 少年達の本気を感じたのか、それとも人殺しや事故を起こさせないようにと考えたのか、大佐は腹をくくった言葉を口にしつつも、大尉に安全策の説明を始めさせた。

 まずは各々が装着しているエアバレットのQRコードを視覚を通してH・Bに読み取らせ、三つのアプリケーションをダウンロード後にH・Bとエアバレットを連動させた。

 一つは、視覚野にターゲットスコープをAR(拡張現実)表示させるアプリケーション。これによって砲口がどこを向いているか、発射すればどこに当たるかが明確になる。

 二つ目は、エアバレットのクールダウンを管理するアプリケーション。空気を撃ち出す銃ではあっても内部構造はそれなりに複雑で、連射や連続使用を行うと内部に熱が篭ってパーツの歪みや破損を生んでしまう。そのためにクールダウンを必要とし、一定時間のクーリングを行わなければならない。その管理は見た目では判断できないためアプリケーションに頼らざるを得ない。

 三つ目は、バランサーとクリーナーと呼ばれるアプリケーション。空気と一言で言っても、濃度・密度・含まれる気体のパーセンテージは地域や高度によって変化する。もっと言えば天候によって湿度や埃なども変化してしまう。バランサーはそれらを検知して発揮できる出力を教えてくれる。クリーナーはその名の通りメンテナンスの可否を通知してくれるアプリケーションで、威力や効果を変えるためにゴム弾やダーツ弾や水弾も使用できるエアバレットには必要不可欠なアプリケーションとなる。


「スゲーな! 多機能過ぎてガキみたいに撃っちまいそうだ!」

「俺、見えないのって不安だから、ゴム弾の方が性に合ってるかもだな」

「クーリングタイムあるのが難点かもだな」

 紀夫はハシャギ気味に、田尻は道具を自分に合わせようとし、テツオは懸念点を忘れまいとアプリを調整していく。

 と、レベル1の発射音が断続的に鳴り始める。


「右の角。……左の角。……真ん中の(へり)。……奥のコンクリート……」

 狙っている場所をつぶやきながら黙々とエアバレットを発射し、真が次々と宣言どおりに命中させていく。


 その様子を眺めていた大尉が、手にしていたペットボトルを空高く放り投げる。

「真君! 上!」


 指示された真は即座に天を振り仰ぎ、ペットボトルが視野に入ると即座に大尉の意図を理解し、エアバレットを撃つ。

 丁度上がりきったペットボトルが落下に入ったタイミングで命中し、再びペットボトルは斜め上方へ跳ね上がった。

「落とさないで!」

 大尉は短的に指示し、真も忠実に実行した。

 二度……三度……四度……と命中してペットボトルが跳ね上がると、周りで眺めていた全員から感嘆の声が漏れた。

「そのまま続けて!」

 大尉はそう口にしながらも、傍らに置かれていた軍曹のペットボトルを手に取る。

「マジか……」

「もう一個だ!」

 軍曹は信じられないことをすると思いながら大尉の暴挙を素通しし、自分の飲み差しのペットボトルが宙に舞う様を見守った。

「え、ちょっ! キッツ……」

 ターゲットが二つに増えた事に慌てつつも、真はなんとかエアバレットを撃ち続け、三回ずつ命中させた。

 四回目は狙いが甘かったため、当たりはしたが木の向こう側に飛んでいってしまった。

「うわ! 惜しい!」

 そこで集中が途切れてしまったのか、もう一個のペットボトルも命中させられず、地面に落ちてしまった。

「大尉、急に二個はキツイっすよ」

 余程集中していたのか、荒行を強いた大尉に恨み言をこぼしつつ真はその場に座り込んだ。

「真、やるじゃないか」

「そんな才能があったんだな!」

「射撃は真が一位だな」

「見事だ! 真君!」

 口々に褒められ、真は疲れもあって照れ笑いを返すしか出来なかったが、悪い気はしなかった。


「ちょうどいいや。そろそろ昼だし、飯食って一服しよう。なんかさっきからメール来てて落ち着かないしな」

 テツオの言葉に少年達は歓声を上げ、大きな日陰を求めて走っていく。

 一番乗りして雑草を踏みつけて指定席を作るためだ。

「……大佐、乗りかかった船だから、今日一日は付き合ってもらいますよ」

 微笑みながら告げるテツオだが、やはりどこか大人達を圧迫する迫力が伝わってくる。

「仕方ないよな。もうすでに君らの手にエアバレットは渡ってしまっている。となれば、我々は安全で上手な運用を説くしかない」

 諦めなのか自分に言い聞かせているのか、大佐は溜め息混じりにテツオの言葉を受けた。

「よろしくどうも」

「まあ、午後はミリタリーオタクの大尉の本領だからな。怪我はしないでくれよ」

 手を振りながら木陰に歩いていく大佐に向けて、テツオと瀬名はやたら恭しくお辞儀をした。

「テツオさーん! ここ、涼しいっすよー!」

「早く食べましょう!」

 休憩となるとやたら元気になった紀夫と田尻に呆れながら、テツオと瀬名も木陰に入って簡単な昼食を始める。

「……お! そうだ! この後は戦争オタクの大尉に、戦場での動き方とか生き延び方を学ぶんだけどな……」

 テツオは大仰に語っているが、大尉の戦場はガスガンやエアガンで戦うサバイバルゲームのフィールドの事だ。

「別荘に戻ったら助っ人が来る予定だ」

 やたら嬉しそうに話すテツオに、田尻と紀夫はハテナ顔になる。


 この四日間、テツオと瀬名は本名や会社名を名乗らない大人達と極秘に会うようなやり方で事を進めてきている。それなのにこのタイミングで『助っ人』と言われても見当がつかない。

 WSSウエストサイドストーリーズのメンバーの誰かか?とも考えたが、HD化していなければ役に立たないし、智明に通用しそうな武器は今手に入ったはずだ。


「誰なんですか?」

 田尻や紀夫が我慢した質問を真は臆面もなく問うた。

「へへ。目には目をってやつだよ」

 結局、テツオは答えを明かさないまま食事を終えて昼寝を始めてしまった。

 消化不良のままだったが、田尻と紀夫に誘われて廃屋の方まで登って行ってタバコを吸い始める。

 その頃には真は気分を入れ替えていて、頭はH・B化され、体はHDとなり、強力な武器エアバレットを手に入れた事でかなりの自信が付き希望が湧いてきた。


 ――智明、待ってろよ。もう、お前だけが特別じゃないからな――

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