守人の眼 ①
「このあたりのはずよね?」
「……ハイ」
「大阪って都会の割にゴチャゴチャしてて、住所で探すのが大変ね」
「……は、はい」
「? キミ、大丈夫?」
「は、は、恥ずかしいので、サッチン、あまり動かないで!」
頬を赤らめて藤島貴美は鈴木沙耶香が体の向きを変えるたびにその背中に隠れようとする。
「まだ慣れないの? 恥ずかしがってる方が目立っちゃうよ。堂々としてたら誰も見ないから」
「な、なんだか足がスースーするのだ」
――そりゃあ、フリルスカート風のショートパンツだからねぇ――
出会った時に着ていた修験者の装束と比べれば、太ももから下を丸出しにしているショートパンツは恥ずかしいのは当然かもしれない。
しかし周囲の視線を集めてしまうのは貴美が恥ずかしがるからだけではない。
身長が一七〇センチ近くあるサヤカが腰の上まである栗色の髪をストレートに流し、白のサマーニットにヒップと脚のラインにフィットした真っ赤なレザーパンツという出で立ち。
身長一五〇センチ弱の貴美が腰下まである黒髪をツインテールにし、白地のプリントTシャツに少し大きいブルーの半袖ボタンシャツを羽織り、白地に黒ドットのフリフリ付きショートパンツ。足元は透け感のある黒のニーソックスという出で立ちだ。
この二人が地下鉄本町駅から地上に上がってすぐの交差点で、地図アプリを展開して迷い人風にしているのだから、平日のビジネス街では目立って仕方がないことにサヤカも気付いていない。
「それより、検索が間違ってるのかなぁ? 私が聞き間違えたのかなぁ?」
「サッチン、は、早く……」
緊張や恥ずかしさからなのか、小学生のようにせっつく貴美に少々苛つきつつ、サヤカは昨夜電話確認した時のメモと地図アプリを照らし合わせてみる。
彼女らが向かおうとしているのは貴美の伯父にあたる藤島法章が加盟している『AD・VICE』というオカルト集団の事務所兼道場だ。
中央区西心斎橋にある店舗に問い合わせたしたところ、藤島法章の今日のスケジュールは中央区船場中央の事務所兼道場で講習を行っているとのことだった。
交通アクセスも聞いておいたのだが、『地下鉄本町駅すぐ』という割にはそれらしい建物も看板も見当たらない。
「困ったな……」
「サッチン。あそこに地図がある」
「キミ、ナイス!」
交差点脇の雑居ビルの植え込みに周辺地図を認めて歩み寄る。
「……そういうことね」
どうやら地下鉄の出口を間違えた上に見ていた地図の方角もズレていて、目的地の事務所兼道場は単独の建物ではないらしい。メモの住所を周辺地図で調べた結果、船場センタービルという長大なテナントビルが目的地で、道場はその中にテナントとして存在していることが判明した。
――アワジもこんな感じにゴチャゴチャしちゃうのかな――
キミを引き連れて目的地へと歩きながら、サヤカは見上げるほど背の高いビル群と狭い空を見てそう思った。
サヤカの住む洲本市街地は、淡路島ではビルやマンションや商業施設の多い地区だが、大阪市内ほどのギュウギュウ詰め感はない。
三原平野や洲本平野をツーリングしていると、通るたびに田畑の面積は明らかに減っているし、マンションや工場が乱立し始め建設予定地にはフェンスが張られている。それでもまだ見上げるまでもなく空があって、海を感じ、山の緑が望め、牛や玉ネギの香りが漂う。
それらが損なわれていくことが都市化であり首都の姿だと言うなら、新しく手に入るものの価値と手放してしまうものの価値は等しいのだろうか?と考えてしまう。
バイクを乗り回し都市化に馴染んでいる自分と、山に篭り自然の中で自らを鍛えている貴美は、何が同じで何が違うのだろう?
「……サッチン、どうかしたか?」
「ううん。なんでもない」
不安そうに見上げてくる貴美に、笑顔で答えてサヤカは前を向いた。
――私はテッチャンに付いていく。そこだけブレなければ大丈夫――
先程の交差点から十分も歩いた頃、高架下を埋めるように建っている建物が見えてきて、個性的な入り口に船場センタービルの表記を見つけた。
「アレね」
「良かった」
ようやく七月の日差しから逃れられると思って自然と二人から笑顔がこぼれた。
信号が変わるのを待って建物に入り案内板を見ると、目的の事務所兼道場は地下二階の一番端っこにあると分かった。
細いエスカレーターを乗り継いで地下二階へ下りると、少しばかり照明が暗い。
「なんか、不気味ね」
「ここだけ人通りが無いのは気になる」
あまり流行っていないのかな?というサヤカの感想は『そりゃそうか』と即座に自己肯定されてしまう。
西心斎橋にある店舗は、通称アメリカ村と呼ばれる人気スポットのど真ん中にあり、若い男女が集まるために周辺にも商業施設や流行りのショップが溢れ、『AD・VICE』も占いや人生相談の人気店として認知されているそうだ。
対してその道場となると、いわゆる占い師や霊能者の養成所という形態だから胡散臭くて人が近寄らないのだろう。
事実、サヤカが昨夜電話をした時は、用件を伝える前から『素養のない方への講習はお受けできない規則で……』と限りなく排他的な対応だった。
店舗でも使った奥の手で、旧洲本市市議会議員の父鈴木洋一の名前を出し、『ミスティHOW・SHOWに是非占って欲しいんです』と掛け合ってようやくスケジュールとこの道場を教えてもらったのだ。