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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第三章 広がる波紋
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検査結果 ①

 諭鶴羽山(ゆづるはさん)に建造された新皇居へと至るには、南淡地区賀集生子(かしゅうせいご)にある大日(だいにち)ダムからもう一段上った大日川ダム沿いの側道から上っていくことになる。

 皇居建設に伴って改修された側道は、地形や勾配から整えていかなければならず、通常の舗装路よりも時間をかけて施工された経緯がある。

 後に皇居の建設が決定されていたため、大日ダム近辺は過度な開発は制限されていて、幾つか背の低いマンションや戸建てが建った程度でまだまだ田畑の割合が多い。


 そのお陰か大日ダムへと向かう上り坂は遠くからでも見通す事ができ、任務に燃える機動隊輸送車が列をなして山道を上がっていく様は勇壮であった。

 しかし、二時間もしないうちにトボトボと南あわじ警察へ帰還する様は、他人事ながら笑える光景だった。


 間を開けずに現れた二組のバイクの集団は想定外の出来事で、野良仕事や通行人など周辺の住民たちも何事かと見守らざるを得なかったようだ。


 ともあれ、田圃たんぼの脇に停めた乗用車を帰路へと向かわせ、後部座席のサングラスの女は、目にした事を簡潔にまとめたメールを脳内から送る。


 賀集生子から洲本本町(すもとほんまち)地区までは車で二十分というところだが、女は退屈してしまったようで、バッグからガムを取り出して口に入れた。

 ミント系の味と香りで少しは頭が冴えたが、そんな刺激では全然足りなかった。

 国道28号線を東進しているが法定速度は六〇キロなので、女にとっては景色がゆっくりとしか移り変わっていかないので単調なのだ。


「……ねえ、例の事件って、この辺よね?」

 淡路ファームパークへと誘導する看板を見つけ、思わず運転手に聞いていた。

「ああ、はい。……中島(ちゅうとう)病院の襲撃のやつですか」

「そう、それ。アレって今どうなってるの?」


 ハンドルを握るのは二十歳そこそこの青年で、スーツに身を包みヒゲも髪型もキチンとしている。


「確か、壊された機械とか玄関の修理が終わったとかで、通常の診察を始めてるはずですよ。亡くなられたお医者さんの代わりも見つかったらしいですし」

「そう。ありがとう」

 興味本位で聞いたこと以上に情報が返ってきたので、女は満足してまた窓の外に視線を向けた。


 しばらくして乗用車は洲本本町地区にある真新しいマンションの前で停車し、後部座席から下りた女は、助手席側から運転手の青年に声をかける。

「助かったわ。ありがとう」

「このくらい朝飯前です」

「いつも悪いわね」

「やめてくださいよ。今は不動産屋の格好してますけど、クイーンの前では洲本走連のメンバーですよ」

「ありがとう。でも事あるごとにアシにしちゃってる。そのうちちゃんとお礼しなきゃ」

 女がサングラスを外して魅惑的な笑顔を見せると、運転手は言葉に詰まる。

「や、やめて下さいよ。車に乗ってる間、二人きりだっただけで満足ですから」

「ウブだなぁ。テッちゃんと付き合ってなかったら、タツヤ君には()()()のお礼をしてあげるんだけど。ごめんね」

「いいっす。大丈夫っす。クイーンとならって妄想するっすけど、キングへの尊敬とか憧れも嘘じゃないっすから」

「あはは。じゃあね」


 慌てふためく青年を笑いながら、女は助手席から離れマンションへと入ってしまう。

 乗用車は鈴木沙耶香(すずきさやか)がオートロックを解錠して玄関を通るまで見送り、その場から走り去った。


 基本的に洲本走連は学校の同級生や会社の同僚などが集まった小チームの集合体なので、平日は学業や仕事が本分だ。サヤカのように親の庇護があり私学でそれなりの成績を修めていれば今日のように私用で欠席することもできるが、他のメンバーはそうもいかない。

 洲本走連が他のバイクチームと違う特殊なところは、学校の友人や会社の同僚で作った小チームがサヤカを中心に結束した連合であるところで、腕力やカリスマでまとめているわけではない。

 とはいえ、サヤカを『クイーン』と称して囲み、呼ばれれば仕事を抜け出す程度には関係性が出来上がっている。


 先程の青年は、たまたまサヤカの父親の経営する不動産会社に席を置いている者だったので、営業の合間などにサヤカのショッピングや移動手段となってもらっている。


「ちょっとからかいすぎたかな」

 性欲と敬愛の板挟みでしどろもどろになっていたタツヤを思い出し、からかい半分の誘惑をしてしまってサヤカ自身が昂ぶり始めてしまったことを後悔した。

 エレベーターを降り、自宅に入るとすぐさま衣服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。


 さっきは冗談半分で言い放ったが、そもそも平日の日中に呼び出している時点でタツヤの事は気に入っているわけだし、テツオの存在が無ければタツヤと寝ることになんの躊躇もない。むしろテツオに導かれた性の世界を、他の男と行えばどうなるのだろうという興味の方が勝ちつつある。

 その相手としてタツヤはサヤカの好みを満たしており、サヤカが教え導くことでテツオとは別の歓びを知れるのではと想像してならない。

 そんなことを考えていると、いつの間にかサヤカの手指は自身の体を這い回り、絶頂を迎えるまで丹念に自身を慰めていく。


「やっぱり足りないなぁ……」

 体を拭き髪の毛をブロウしていても、やはり心に残ったモヤモヤが認められた。サヤカは全裸のまま部屋に戻ると、乳房をガッチリとホールドするブラを着け、パッド付きのスパッツを直に履きライディングスーツを着込む。

 グローブとフルフェイスヘルメットを取り上げて玄関へ向かい、ライディングブーツを履いてエレベーターで地下駐車場へ。

 三台並んだバイクのうち、HONDACBR400RRを選んで車道へと出る。


 県道481号線へ出て千草方面から諭鶴羽山地へと上るコースを取り、そのまま峠を越えて南淡路水仙ラインをカッ飛ばそうという考えだ。

 市街地から外れ人家が減ってくると、僅かに残っている田畑の先は木々の間を縫うような細い山道になる。


 さすがに日中であるし対向車に出くわす危険性があるので、サヤカも低速で慎重にバイクを進める。

 何度も通っている道なので、ある程度進むと対向車の危険性が下がるポイントも熟知していて、峠が下りに差し掛かるあたりで背伸びをして安全確認を済ませ、一気に体を縮こまらせてカウルに収め、安全ライディングから攻めのライディングへと切り替える。


 センターラインのない山道を道幅いっぱいを使ってライン取りし、カーブに応じて限界までバイクを倒しこんで駆け抜ける。

 カーブを抜けバイクが起き上がってきたところでアクセルを開け、短いストレートでも攻めの姿勢は貫く。


「!?」


 何度めかのカーブの立ち上がりで、アクセルを開けたタイミングで右奥の森から鳥が数羽飛び立った。


「あっ!」


 アクセル操作に素直なエンジンが回転を上げた直後、飛び立った鳥達を追うように人影がサヤカの目の前に飛び出してきた。

 即座にクラッチを切ってリアブレーキを踏み、暴れるバイクをハンドル操作と体重移動で押さえ込む。


 ドンッ


 音にすればそんな軽い音がしてフロントカウルに衝撃が起き、バイクが左へと大きく傾いた。

 咄嗟の判断でサヤカはバイクから飛び降り、グラスファイバー製のカウルが割れ、フロントフォークやシフトペダルなどの金属がアスファルトを引っ掻く音を聞きながら自身もアスファルトを滑って何回転か転がった。


「…………あ、痛たた。たぁ……」


 幸いにも気絶や意識の混濁はなく、それでも十秒ほど放心していたが、痛みが意識を覚ましてくれたせいで記憶はハッキリしており、カッコ悪くて情けない声を出した自分を恥じる。


 とりあえず動かせる範囲で体を動かし、痛みのある場所を確かめていき、出血や骨折がないかを確かめてサヤカはゆっくりと体を起こした。


 バイクはウインカーやバックミラーの破片をバラ撒きながら道なりに滑っていったようで、サヤカの位置から十数メートル先で横倒しになっている。

 当のサヤカは飛び降りてすぐアスファルトに着地して体が滑っていったイメージだったが、何度か転がるうちに道路脇の雑草の生えた土の上に居た。


「……あれ?」


 記憶では右側の森から何かが飛び出してきてバイクとぶつかったと思ったのだが、辺りを見回しても動物などが倒れたりしている気配がない。


「んっしょ。……何なの?」

「……すまぬ」

「うえ!?」


 なんとか立ち上がったサヤカの背後から突然声がしたので、驚いて数歩分飛び退いた。

 振り返ると少女が立っていて、サヤカが飛び退いたことに驚いている様子だが、立ち姿は棒立ちだ。

 長く伸ばした髪や純和風の顔立ちに加え神社の神官か巫女の様な衣装に、サヤカは思わず幽霊かと疑った。


「すまぬ。急いでいたのでバイクが走っていることに気付かなんだ。なるべく衝撃が無いように蹴ったのだが、あの様なことに。すまぬ」


 長々と弁明するあたり、どうやら幽霊ではないと思い始めたが、少女の服装に乱れがないあたりに違和感が生まれる。


「出会い頭だから仕方ないわね。それより、それってなんかのコスプレ? 怪我してない?」

「私は平気。そちらは?」

「骨折はしてないみたい。打ち身で済んでたら有り難いわね」


 そう答えたもののサヤカは左の脇腹を押さえたままだ。

 その様をジッと見ていた少女は、両手をかざして小声で(まじな)いのようなものを唱えた。


「え? 何してるの?」

「……これで傷は癒えたはず。打ち身や切り傷は二〜三日で消える」

「そ、そお。アリガトウ」


 半信半疑だが、少女の雰囲気には有無を言わさないものがあったので、一応礼を言っておいた。

 少女はサヤカの返事の熱量など気に留めた風もなく、自分の服を摘むようにしてサヤカに尋ねる。


「……その、コスプレとはなんだ? この格好は、変、なのですか?」


 統一感のない言葉遣いに吹き出しそうになったが、少女の真面目な様子になんとか堪えて答える。


「アニメとか漫画のキャラクターの服を真似ることをコスプレって言うのよ。ああ、看護師さんとかお店の店員さんの服を真似ても言うわね。その服、変っていうか、なんか昔の貴族とか神官さんみたいじゃない? あんまり街中で見ないよ」


 先程の少女の呪いのお陰か、幾分体が動くようになったので、サヤカは普段友達などと話す感じで質問に答えた。


「このまま街に行くと、おかしいか?」

「おかしくはないけど、目立つかな」

「それは、困る」


 服装といい話し方といい、どこか世間ずれしているとは思っていたが、『困る』と言われてサヤカが困ってしまった。


「どこかで目立たない装束は手に入らぬか?」

「装束って……」


 古風な言い回しにまた吹き出しそうになったが、代わりに少し面白うだとも思った。テツオへの話のネタくらいにはなるかもしれない。


「じゃあ、うち来る? 着てない服とかあげてもいいよ」

「良いのか? しかし、乗り物も壊してしまったし、何もしていないのに物を貰うのは気が引ける」

「あん。さっき怪我を治してくれたんでしょ? それに使ってない物を必要な人にあげるんだから、無駄がないじゃない」


 言いながらサヤカはバイクに近寄り、タイヤの転がりとテコを使ってバイクを起こす。

 道路上を滑っていった左側面は傷だらけだが、カウルが割れて吹き飛んでいるが、運転に必要な機関は壊れていないように見えた。

 セルスターターを押すと、微妙な感じだったので、車体を揺すってもう一度スターターを押すと、ちゃんとエンジンがかかった。


「……スピード出せないけど、とりあえずうちに行って落ち着きましょ」

「すまぬ」


 サヤカがバイクにまたがってタンデムシートを示すと、少女は恐る恐る近寄ってきた。


「私は鈴木沙耶香。サヤカって呼んでくれていいわよ」

「私は、ふ、藤島貴美(ふじしまきみ)。ど、どうやって乗ればいい?」

「あん。バイクは初めてなのね」


 サヤカは優しく笑って、足を掛けるところとまたがり方を教え、貴美に自身の体に抱きつくように指示してバイクをスタートさせた。


 山道ということと少女がバイクに乗りなれていないこともあって、サヤカは普段よりも慎重な運転で自宅へと向かう。何よりも一度転倒して路面を滑ったバイクだ。エンジン音やハンドル操作に違和感はないが、どこで不具合が発生するか分からない。ましてや貴美はヘルメットを被っていないのだ。慎重になるに越したことはない。


 バックミラーやウインカーが割れサヤカのヘルメットとライディングスーツが傷だらけなので、道中は周りの目を引いてしまったが、超ノロノロ運転でなんとかマンションの地下駐車場まで辿り着くことができた。


「……さあ、どうぞ」

「失礼する」


 玄関ドアを開けて招き入れる段になって、貴美が足袋(たび)草履(ぞうり)であることに初めて気付く。


「その辺りに適当に座ってて。着替えたらお洋服を持ってくるから」

「あの……。承知した」


 クローゼットのあるベッドルームへと向かったサヤカに、貴美は何か言いかけたが了解の返事をしただけだった。

 気になることは沢山あるが、サヤカは傷だらけになってしまったライディングスーツを早々に脱ぎ捨て、新しい下着と黒のスキニーパンツと肩の開いたシャツを取り出す。


「……やっぱり普通じゃないみたい」


 クローゼット脇に立て掛けてある姿見で自らの半裸姿を確かめ、打撲の跡や擦り傷・切り傷の跡を触ってみても痛みはない。

 貴美の言った通り三日ほど放置しておけば傷跡も無くなりそうに見えた。

 テツオへの話のネタ以上に興味が湧いてきて、少し楽しくなりながら貴美のためにシャツやズボンを取り出していく。


「お待たせ。……ソファー使っていいのよ? 飲み物持ってくるから、この中から好きなのを選んでて」


 ベッドルームからリビングへ戻ると、貴美はソファーの隣で正座していた。自分と貴美ではここまで生活環境が違うのかと驚きつつも笑ってしまいそうになったが、貴美に用意した服を手渡してキッチンへ向かう。

 この感じだとジュースやコーヒーは刺激が強いと考え、グラスに氷を落としてペットボトルのお茶を注ぐ。


「はい、どうぞ」

「アリガトウ」


 サヤカがセンターテーブルにグラスを置くと、戸惑っているのか緊張しているのか、ぎこちない感じで貴美は礼を言った。


「気に入ったの、あった?」


 お茶を口に含んだ貴美に聞いてみた。


「…………。申し訳ない。見ての通りの修験者(しゅげんしゃ)ゆえ、洋服や下界のことをよく知らぬ。なので、どのような物が良いのか判断付きかねる」


 純和風な童顔を申し訳なさそうにしかめる貴美を、サヤカはしばらく眺めてから答えた。


「そうなんだ。……ごめんなさい。シュゲンシャって何か分からないし、下界ってどういうこと? なんで目立っちゃいけないの?」


 サヤカの問いに貴美はハッとした顔になり、一度だけ小さくお辞儀をした。

 それから、修験者とは仏教や神道(しんとう)とも結び付いた自然崇拝を重んじる修行者であることを説き、貴美は諭鶴羽山を信仰対象である御山(おやま)として崇め山中で暮らしていたことを説明した。


「私は修行で徳を積み、人智を超えた霊力を備え申した。下界で言うところの神通力や超能力というものがそれ。その霊力は人々の救済に使われるべき物で、加持(かじ)祈祷(きとう)などの依頼を承る。此度の依頼でとある方の暴走を留めなければならないのだが、あいにくと私は戦いは不得手。大阪に住む知人を訪ねるところなのだが、お役目がお役目であるため、隠密に行動せねばならぬ」


 淀みなく一定の調子で話し続けられたので少し眠くなりかけたが、サヤカはなんとか最後まで聞き終え、堅苦しい言葉で分からなかったところだけ確認する。


「霊力って、さっき怪我を治したのもそうなの?」

「そう」

「バイクとぶつかっても平気なのも?」

「……半分は、そう。あとは修行の成果と日々の鍛錬の賜物」

「カジキトウって、お祓いとか、占いってことよね?」

「そうとも言う」

「大阪の知人も超能力者なの?」

「正しくは守人(もりびと)。私より強力だったと聞いている」

「目立っちゃいけないのって、頼んだ人から目立つなって言われたとか?」

「そう……れは答えられない」


 サヤカは心の中で舌打ちしてしまった。

 さっきの長い説明で一番引っかかったのは『暴走している方』なのだが、『それを留めよ』と()()()()()()()()()ことが気になったのだ。

 細かな質疑をテンポ良く進めればうっかり口にするかと期待したが、そこは修行を積んだ貴美の方が用心深く、サヤカより一枚上手だったようだ。


 しかしサヤカはこの出会いは面白いと思った。


『暴走している方』は恐らくテツオの語っていた例の少年だろうと予想がついたし、その少年に関わろうとしている少女ならばテツオの役に立つかもしれないと考えたのだ。

 何より、スパイ映画のような展開がサヤカを刺激してやまない。


「そりゃそうか。言えないよね」

「ん。個人情報保護という決まりがある、らしい」


 貴美の曖昧な認識に笑ってから、サヤカは一つの決断をした。


「じゃあ、服は私がコーディネートした方が良さそうだね」

「……お願いします」

「ん、いいよ。……それと、大阪まで行くんだよね。住所とか行き方とか、知ってるの? お金、ある?」


 サヤカの問いに黙ってしまう貴美。


「じゃあ、私も付き合うから二人で行こうか」

「それは! 申し訳ないから……」

「いいのよ。今、彼氏が京都で修行してるの。ん? 滋賀だっけかな? それを見に行くついでだと思えば、キミちゃんが私に迷惑なんかかけてないでしょう?」

「は、はい。……あの、え、キミちゃん……」


 ややカルチャーショックを受けている貴美に微笑みかけながら、サヤカは手元のTシャツを貴美に合わせてみる。


「キミちゃんはシンプルで清潔感あるのが似合いそうだね。あ、勝手にキミちゃん呼びするくらいだから、キミちゃんも私を好きに呼んでくれていいからね」

「え、えっと……はい」

「……キミちゃんって何歳だっけ?」


 別のシャツを合わせながらサヤカは質問を絶やさない。


「……十、七歳……」

「わ! 同い年だね!」


 手放しでパッと笑顔を見せたサヤカに貴美はなんと返事していいか分からないのか、顔を赤らめている。


「だから気軽に名前呼んでいいからね!」

「さ。……サッ……チ、ンで、いいですか?」


 上目遣いでサヤカを見つめながら切れ切れに話す貴美は、修験者や守人を説明した流麗さはない。


「いいよ。サッチンかぁ。初めて呼ばれる呼び名かもしれない。同い年だし、友達になれて嬉しいな!」


 屈託なく笑うサヤカを、貴美は一瞬だけ疑った目をしたが、今目の前にあるサヤカの笑顔に合わせるようにぎこちない笑顔を見せた。


「サッチンは、私の友達」


 小声で確かめるように呟かれた貴美の声を、あえてサヤカは聞こえていないことにした。

 サヤカにとって『友達』という単語は、本来の使い方で口にしたことはないから。

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