二〇九九年 七月二日 木曜日 ⑥
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「すごい音……!」
続々と走り込んできたバイクの大群に、鬼頭優里は両耳を塞いだ。
先程、高橋智明とともに国生警察の刑事を見送ったばかりだが、入れ替わりで現れたバイクの集団は五十人以上だ。
先頭の大型バイクから、バイクに見合った大柄な男性がエンジンを止めて智明と優里に歩み寄る。
「キングの命令通り、連れてこれるだけ連れてきたった。それなりのもんやろ」
仁王立ちで腰に手を当てて何故だか自慢げな淡路暴走団大将川崎実に、『キング』などと呼ばれた智明は苦笑混じりに答える。
「さすが、淡路連合の一角だね。……ところで、アレも川崎さんの手配なの?」
ポイッと智明が指差した先に目を向けると、2ストロークエンジンの甲高いエンジン音を立てながら、オフロードバイクの一団が走り込んできた。
「あらぁ空留橘頭やんけ。ワシャ知らんど? キングの手配ちゃうんけ?」
黒の特攻服で揃えた淡路暴走団を回り込むように、外門の空きスペースにまた四十台ほどのバイクが停車した。
揃いの赤いライダースジャケットは空留橘頭のトレードマークだ。
「俺も知らない。てか、キングとか恥ずいからやめてよ」
「ワシ社長やよってん、ほの上ったぁ王様だあの? 王様言うんはこっちが照れくさいよってんキングにしたんじょれ。ワシがほこまで服しとるんはわかるやろ」
呼び名に拘るほど中二病ではないつもりの智明だが、何故だか誇らしげな川崎は智明の恥じらいに気付いてくれそうにない。
「ところで、隣の可愛いネエチャンは誰なん? キングの彼女け?」
年上の傲慢というかボス気質の気安さか、川崎は優里を指して問うた。
「はじめまして。まあ、そのぉ、モアの彼女、でいいんやんね?」
「もちろんだ」
智明が紹介する前に挨拶し始めておきながら、尻すぼみに智明に振ってきた優里に、智明は苦笑しながらもハッキリとうなずいた。
予想通り川崎はいやらしくニヤニヤと笑いだし「んじゃ、クイーンじゃの」と言い放つ。
「えええ? ちょっとモア! こうなる思ったから私の紹介せんかったんやろ! なあ!」
「いて! いて! だって俺だけキングとか恥ずかしいもん。彼女なんだから付き合ってくれよ」
優里が智明の左腕をペシペシ叩く光景に、淡路暴走団から口笛や野次や冷やかしが飛ぶ。
「邪魔してもええかな?」
「邪魔するんやったら帰って」
「ほな! ……って何やらすねん! 俺、そーゆーキャラちゃうし」
時代錯誤な金髪のリーゼントを揺らしながら、横から割り込んできた男は川崎に抗議した。
先程は古典的な新喜劇ギャグを振った川崎だったが、金髪リーゼントを見る目は冷ややかだ。
「呼ばれてへんのに居るからじゃ。お前のシマちゃうねから早よ帰れ」
「そんなん言わんと混ぜてよ」
智明は、あからさまに追い払おうとする川崎と、なんとか食い下がろうとする金髪リーゼントを黙って見つめている。優里は智明に手を引かれて智明の背中に隠れてしまう。
「山場よぉ。ワケ分かってないやろ? 空留橘頭が面白半分で噛んでええ話しちゃうんじゃ。帰れ!」
「川崎さんがちゃんと言うてくれたら帰るわ。ここで何すんの?」
「ウッザイなぁ! しまいにゃどつきまわっそ!」
とうとう癇癪を起こして川崎が一歩踏み込む。
「はい、ストップ」
おどけながらも川崎に対して戦闘態勢をとった山場俊一に向け、智明は手を上げて制した。
「川崎さん、それでこそうちの尖兵だ。ありがとう。山場さんでいいよね? アンタの考えてるようなことよりもっと酷い事がこれから起こる。大人しく帰ったほうがいいよ」
「そうはいかへんな」
なるべくやんわりと拒絶したつもりだったが、智明の言葉を聞き入れずに山場はしゃくりあげるように睨みを利かせる。
「情報は入ってるんや。お前が機動隊を手玉に取って、次は自衛隊と一戦交えようっちゅうんやろ? そんな楽しそうな話、俺抜きでやらせるわけにいかんわ。ああ、そりゃあかんで」
どこか自信満々で、時折煽るように下卑た笑いを浮かべながら話す山場を、智明は冷めた目で見つめる。
「なるほどね。……けど、どんだけ俺のスキを突いてもアンタが大将になることはないし、最悪淡路暴走団を壊滅させて淡路市を牛耳るってのも無い話だ」
智明が淡々と断言していくうちに山場は黙り込み、川崎は呆れ顔になる。
「まぁたそんなしょーもないこと考えとったんじょ。相変わらずじゃの」
「黙れ! 適当なこと言うな!」
「ついでに、俺の女には指一本触れさせないし、たっぷり可愛がってから仲間でマワスとか、不可能だからやめといた方がいいよ。そんなことを考える奴を近くに置くほど俺は人間が出来ていない」
川崎への対抗意識か、怒鳴り声をあげた山場へ智明は本気の警告を行った。
言葉だけでは通じないと思い、山場が手にしていたヘルメットを激しい破裂音とともに粉々にしてやる。
「ヒッ!?」
大仰に驚いてたたらを踏み、山場は態勢を崩して無様に尻もちをついた。
「なんや? なんや? 何をした?」
消え去ってしまったヘルメットを探しつつ、腰が抜けたのか態勢を立て直せないままジタバタと地面でもがく。
そんな山場の胸ぐらを掴んで吊し上げ、川崎は怒気を込めた声で忠告する。
「うちのキングはおどれの心なんかお見通しなんじゃ。謀反や騙し討ちを考えるクズはお呼びやない。分かったか!」
「グッ!……うえっ……ぷっは……!」
川崎に吊り上げられているせいで地に足がつかず、山場は聞き心地の悪い声とも音ともつかぬ悲鳴を発してもがく。
「川崎さん。淡路暴走団の手下としてなら置いといてもいいけど、どうかな? もちろん、この門から中には入らせないけど」
「正気か? 今まで淡路連合があったよってん口にせえへんかったけど、コイツの根性は腐っとるぞ? 情けや優しさなんぞ、恩にも感じへん。むしろそういうスキに付け入るためにオチャラケたり弱いフリをする。クズやカスやクソですら表せんくらいのゴミやぞ?」
川崎が積年の恨み節を吐き出している間、当の山場はもがいている風を装って川崎の足に何発か蹴りを見舞っている。
「ほらな? ……んっせと。ほれでも使ってみせろ言うんなら、使わんでもないけんどの」
面倒くさそうに智明にその様を見せてから、山場を拘束している腕を替えて、襟元が締まるように奥襟を引き絞って背中合わせに背負いあげる。
「くうぅっう! えおおっの!」
どうやら本気で気道が圧迫されているようで、先程より苦しそうな音を鳴らす。
「兵隊や壁にも使えないってなると邪魔なだけだけど。……褒美でも出したらマシにならないかな?」
智明は背中で震えている優里を気にしながら、少しだけ条件を緩和させた。
国生警察の黒田刑事から自衛隊の派遣されるような情報もあるため、人手があるに越したことはないからだ。
「逆やろ。逆らえんくらい大事なもんを取り上げて、脅しながら言いなりにするくらいやないと、コイツらはすぐにでも裏切りよる」
「ごこ……が、ボ……げあ……」
いよいよ山場の体が震えて痙攣を起こし始めたので、川崎は地面に下ろして呼吸をさせてやる。
「……なるほど。こんな状況でも俺と取って代わろうって考えるんだな。ちょっと山場さんとは後でちゃんと話を付けるよ。他のメンバーはいい感じにビビッてくれてるみたいだし、川崎さんに丸投げしちゃおう」
智明の軽い雰囲気に川崎は一瞬呆けた顔をしたが、足元の山場の拘束は解かず、空留橘頭のメンバー達を振り返る。
一旦は山場に駆け寄ろうとしていた彼らだが、智明と川崎の会話に戸惑い、山場の劣勢を見てすっかり萎縮してしまっている。
淡路暴走団が睨みを効かせていたのもあるが、そもそも空留橘頭は淡路暴走団やWSSのような武闘派ではなく、陰険な作戦で陥れたり焚き付けたりと暗躍が得意なタイプだ。
落とし穴も掘れないような正面切ってのぶつかり合いには向かなかったようだ。
「……やれやれ、早速の無茶振りじゃの。まあこれでキングの希望通りの頭数が揃ったんやし、給料のアテもでけたしな」
少し疲れた顔をしながら川崎は不器用なウインクを智明に仕向けてくる。
「……まさか、俺らをハメたんか!」
「さあな。けど、お前らだけが頭使って生きとると思わんこっちゃぞ」
川崎に両腕を縛られながら、山場は人生最大の失態を演じたことを知ってありったけの暴言を吐いたが、即座に川崎に延髄を打たれ、失神した。
「クイーンの前で荒っぽいことしてごめんやで。けどな、こうでもせんと統率っちゅうもんは簡単に破綻してまうんじょれ。ごめんやで」
「いえ。覚悟はしてますから」
中世の騎士のように畏まって詫びる川崎へ、優里は震える声でそれを許す。智明と短絡的な逃避行を企てたのは優里だし、警察官や機動隊を退却させたことで何かしらの波乱は起こると想像はしていた。智明が味方や仲間を増やすと言い出した時から、今日のこの見苦しい光景に立ち会わねばならないと覚悟してもいた。何かに抗ったり自身の主張を通す時、それが力ずくであるならば綺麗事だけで済まないことも授業で習っていた。
――でも、やっぱり目の前でっていうのは、気分のいいもんやないなぁ――
心で呟き、優里は少し強く智明の手を握りしめたが、この気持ちは伝わらないでほしいとも思っていた。
「……ともあれ、寝起きする建物はあるから案内するよ」
「そりゃ助かるわ」
智明は空留橘頭の処遇なども含めて考えなければならないことが増えたので、話題を変えて一旦落ち着こうと考えた。
川崎もそれに習うつもりのようで、気絶した山場を淡路暴走団のメンバーに任せて少し笑顔を見せる。
「しかし、こんなに上手くいくとは思わなかったよ。川崎さんに声をかけて良かったよ」
「いや、正確にはワシとちゃうねん。風来坊みたいにフラッと訪ねてくる情報屋がおるんじょ。普段は連絡もつかん不義理な奴やけど、いっちゃん大事な局面には必ず関わってくる奴なんよ」
周りで移動の準備が進む中、なんの気無しに交わした雑談を智明は無視できなくなる。
どこで何をしているか連絡も取れないのに、大事な時には必ず居るというのは、これからの智明にとって足りない部分だと考えていたからだ。情報や資金や人材は、イメージだけでは手に入らない。
「それそれ。俺の欲しい人材! 作戦考えたり行動してくれたりって部分は川崎さんに頼れるけど、情報とか人脈とかは限界あるからね。山場さんは陰謀と隠密性と嫌らしさだから、ちょっと違うから」
以前の勧誘の時も感じたが、智明は正直過ぎるくらい川崎に本音を明かしてくる。
もっと支配者や独裁者っぽく偉ぶっててくれた方が川崎の性分に合うのだが、年下の上司に従うと決めた以上、川崎にも出し惜しみはない。
「紹介したいけど、なんせ連絡つかへんからなぁ。まあ、そのうちに引き合わせるわ。……ちなみに、名前はフランク守山って言って、名前のまんまのハーフっぽい兄ちゃんやねん」
「ふーん。こっち側についてくれたら嬉しいなぁ」
のんびりとした返事を返したが、智明の頭の中には対処すべき事案がまた一つ増えた。




