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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第三章 広がる波紋
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二〇九九年 七月二日 木曜日 ③

   ※


 真の部屋を後にした田尻は、貸し別荘のほとんどの部屋を見て回ったのに紀夫を見つけられず、捜索の手を屋外に広げたところだった。


 玄関を出ると広めの玄関ポーチがあり、左手には模様入りの丸々とした大きなプランターが複数並んでおり、厚みのある細長い葉の木とも花とも分からない植物が植えられていて、右手側には白いペンキ塗りのベンチがある。

 玄関ポーチの正面にはロータリーを挟んで黒い鉄柵の正門があるが、誰かが外へ出た様子はなかったので左手側から建物を回ってみようと歩き出す。

 正門から外壁にそって手入れされた植え込みが青々と輝いており、田尻に今日も熱くなるぞと責め立ててくる。

 それ以上に太陽光線が田尻のスキンヘッドを刺してくるし、ロータリーから奥の駐車場までの通路のアスファルト舗装が陽射しを照り返してきてじんわりと体力を奪う。


「お! 居た居た」

 駐車場脇のガレージが見えてくると、シャッターが半開きにされており、微かに作業の物音も聞こえた。

「何やってんだ?」

「おお、起きたか。この一週間、走ったら長距離だし、かと思えば二日間停めっぱなしとかだろ? メンテしとかないと怖くってな」

 バイクの向こうからヒョコッと顔を出した紀夫は、一瞬だけ田尻を見てすぐにまたバイクの影に消えて作業を続けながら答えてきた。


 通勤や通学、マイカーを週に一度少し使うなどであればメンテナンスの頻度は定期的なもので構わないが、紀夫が言うように急に長距離を走ったり長時間動かさないとなると、故障とまではいかないが走行中に不具合を起こすことがある。

 ギアの変速が上手くいかなかったりエンジンのかかりが悪くなったりバッテリーが上がってしまったりと、放置よりも極端な酷使の方がトラブルは起こりやすい。

 それは田尻にも分かっていることだが、黙ってやり始められるといい気分はしない。

「分からなくはないけど、声くらいかけろよ」

「ああ、スマン。俺がやり始めたから紀夫も便乗したんだよ」

「テツオさんも居たんすか。すんません」

 ガレージ奥の物陰からウエス片手に現れたチームのリーダーに驚き、機嫌を損ねないように田尻はすぐに謝った。

 作業の物音は紀夫のバイクからだけだったので、テツオが居ることに気付かなかった。

「いいよ。俺も急に思い立って始めちまったからな。そろそろ体操しなきゃだっけか? 真は起きてるか?」

 田尻を萎縮させないためか、それとも本気で気にしていないからか、テツオはウエスで愛車のガソリンタンクを磨きながら問うてくる。

 田尻は内心ホッとしながら、自身の愛車を今すぐ手入れできないもどかしさを押し隠してリーダーに答えた。

「さっき起こしときました。テニスコートの方で体操しようって声かけてます」

「そうか。紀夫、終わりそうか?」

 ガソリンタンクを拭き終わってバックミラーに取り掛かったテツオは、まだガチャガチャとやっている紀夫に声をかける。

「すんません。もうチョイかかります」

「いいよ。田尻、ウエスくらいならできるぞ」

「あざっす!」

 紀夫の答えを受け、テツオは手元のウエスを田尻へ放り投げる。

「あ! こっちだったんすね!」

 田尻が愛車の傍らにかがみ込んだタイミングで真がガレージに走り込んできた。

「おう。よく眠れたか?」

「はい! 夢見るくらい爆睡でした」

 ガソリンの残量を確認していたテツオは、一瞬だけ真を振り向いて声をかける。

 テツオに声をかけてもらったことだけでも舞い上がりそうなのに、体調を気にしてもらったことに加えて貸し別荘の快適なベッドへの感動も込められているのか、真の返事は大きい。

「そりゃ何よりだ」

「……皆さん、メンテしてたんスカ?」

 テツオはすでに愛車から離れて工具の片付けを始めているが、紀夫は一旦バラしたパーツを組み付けているし、田尻はウエスでガソリンタンクやフェンダーを磨いている。

「見たまんまだ。定期的にやんないと事故るからな」

「お前もやっといた方がいいぞ」

 紀夫の手元を覗き込む真に、田尻と紀夫がそれぞれ答えた。

「いや、俺やり方知らないんすよ。このバイク、兄貴のを勝手に乗り回してるだけだし」

 なぜか責められているような気がしたのか真が責任逃れの弁解をした。

「でも乗ってるのは真だろ。田尻、篠崎さんと木村さんの検査が終わったら、教えてやれよ」

 愛車のメンテナンスが終わったテツオは愛車のシートに寄りかかりながら、まだ自身のメンテナンスを終えていない田尻に促す。

「ああ、いいっすよ」

「マジっすか。ありがとうございます!」

「どのみち免許とって自分用のバイク手に入れたら、やらなきゃだからな。俺も付き合ってやるよ」

「ありがとうございます!」

 バックミラーを拭いていた田尻は振り向きもせずに快諾してくれ、組み付けが終わった紀夫も軍手を外しながら約束してくれた。

 頼れる優しい先達たちに思いっきり腰を折って感謝を伝え、真は晴れ晴れしい笑顔を見せた。

「……よし! やるか!」

 紀夫の作業が終わると、テツオを先頭にガレージとは反対側にあるテニスコートまで移動し、テツオの号令で独特な動作の体操を始める。


 この体操は篠崎と木村から毎日欠かさず必ず行うようにと強いられたもので、体内に取り入れたナノマシンが骨や筋肉を作り変える作用を補助するとともに、成長痛にも似た関節の重さや筋肉の痛み・骨の違和感を軽減する意味があるらしい。

 実際、『種』を授かった五人全員に歩行や動作が鈍くなるという現象が発生したし、握力が落ちたみたいに箸やスプーンを落としたりなどがあった。

 テツオの組んだスケジュールでは、『種』を授かった翌日には滋賀県に移動する予定だったようだが、とてもバイクを運転できる状態ではないと判断し、大阪で二日間のホテル生活を経て、この貸し別荘までやってきたのだ。


「やあ。関心だな」

 体操が終わった頃、相変わらずの派手な青い制服を着込んだ篠崎と木村が現れた。

「おつかれさんです。わざわざ申し訳ない」

「いやいや。たまには田舎に来てみるもんだな。空気がうまいよ」

「そう言ってもらえると助かるかな。俺達もバイクで走っててちょっと気分転換できたからね」

「それは大事なことです。体の中のことと考えてしまって凝り固まってしまうと、良くない影響が起こりえます。精神面とのバランスが取れてこそです。素晴らしい」

「はは。ありがとう」

 社交辞令で交わしていたテツオと篠崎の会話に、やたら真面目な木村の講釈が紛れ込んでテツオは苦笑した。

「……瀬名くんの姿が見えないな?」

 体操を終えて休憩している面子に、瀬名が居ないことを篠崎が気にした。

「ああ、別のお願い事をしている先方さんと打ち合わせに行ってるんだよ。もうそろそろ戻ってくると思うよ。そのスキに飯にしようか」

「ういっす!」

 篠崎に答えながら立ち上がったテツオが食事を提案したので、残りの少年たちは順に腰を上げて賛成の意志を示す。

「じゃあ、瀬名くんが戻ってきたら最終検査にしよう」

「頼んます」

 篠崎の穏当な発言にテツオは軽く頭を下げて、邸内へと歩き始める。


 テツオが篠崎や木村と雑談をする後ろで、真は紀夫とバイクの話で盛り上がる。

 だが最後尾で田尻だけが黙したまま、篠崎と木村の後ろ姿を懐疑的な目で見続けている。

 紀夫との会話の合間に何度か真が振り返ってきたが、田尻に声をかけてこないまま一行は邸内のダイニングへと着いた。


 いつの間にかテツオが食事の手配も済ませていたらしく、ダイニングテーブルには五人分の食事が用意されていて、盛り付けこそ使い捨ての紙容器だが、食べ盛りの少年五人が満腹になるには充分なボリュームがある。

 さすがに一時的な訪問で員数外の篠崎と木村は席を外し、別料金の冷蔵庫のお茶をもらってリビングでくつろいでいる。

「……そういえば、五人分ってことはあと一人が瀬名さんだから、モリシャンさんはどうするんですか?」

 食事が始まるあたりから気にしていたのか、真がテツオに問うた。

 テツオがお茶で口の中の物を飲み下してから答える。

「ん。アイツは別の用事があるらしいから、どっか行ったよ」

「どっかって。テツオさんにも行き先言わないとか、いいんすか?」

「いいんじゃね。ぶっちゃけモリサンがウチのメンバーかって言ったら曖昧だし、その割に惜しげなく情報くれたり色んな人を紹介してくれたりするからな。会社でいうアレだ。社友とか、社外オブザーバーとかだ。アイツを束縛しないぶん大事な話はしないし、ウチにメリットあるうちはデメリットじゃないからな」

 聞きとがめて追求したのは意外にも紀夫だったが、テツオが語ったフランソワーズ・モリシャンの位置付けが互いに利用し合うような感覚だったので、返す言葉がなくなってしまった。

「アイツのことは気にするだけ疲れる。どっかに情報が漏れるかもって心配するくらいなら、漏れる以上の情報を吐き出させたらいい。そんくらいの扱いでいいよ」

「……分かりました」

 紀夫を納得させるためか、あえてテツオは策謀のような言葉を付け足したので、紀夫は飲み下すような間を取って承服した。

 真も、自分の素朴な疑問が抗争を控えた組織の会話のような空気が漂うキッカケになったことを後悔しつつ、黙って食事を進めるしかなかった。

「ただいま。お! うまそ♪」

 全員が黙ったまま重い空気の中で食事をしているところへ、やたら陽気に瀬名が入って来た。

「お帰りなさい」

「おつかれっす」

 真と紀夫の迎える言葉もそこそこに、瀬名は嬉しそうに椅子に腰掛けて早速料理を頬張り始める。

「どうだった?」

 言葉少なに問うたテツオに、瀬名は一瞬だけ親指を立てて答える。

「ん。お疲れさん」

 また短く瀬名を労い、テツオはナプキンで口元を清めて離席してしまう。

「……カッケー」

 何気ないやり取りだが、憧れのチームのリーダーとその幹部の通じ合った関係に、真は思わず感動の声を上げてしまっていた。

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