第五次新皇居奪還任務 ⑥
「よろしく」
黒田の心を読んだのか、智明がニンマリと笑いながら一瞬力を込めて握手をし、ゆっくりと手を引いた。
黒田も自然と笑顔を浮かべ、カップをとってすっかりぬるくなったコーヒーを飲む。
「良かったね」
「うん。ちょっと胸のつかえが取れたかな」
見つめ合う少年と少女に、微笑ましさと羨ましさを感じつつも、黒田は雑談のように切り出す。
「しかし警察の情報もいい加減や。こんなに可愛い優里ちゃんを少年いうて報告されとるくらいやからな」
「それは、そういう風に誤魔化そうとしたんだよ」
「なんやと?」
「さっきも言ったけど、全部俺がやったんだよ。俺一人が立て籠もってるはずなのに、似た背格好の奴が何人も居るように見せかけたんだ」
「それが失敗しちゃったんです。モアの見当違いやったんですよ」
訳が分からず黒田はカップを持ち上げたまま固まってしまう。
「幻覚とか変装をやってみたんだけど、結局、俺だったっていうね」
「な、なるほど」
よく分からないが、黒田は納得したふりをして、話を少しシリアスな方へ向かわせる。
「なんにせよ、警察の権限が外れて自衛隊の出動が要請されようとしとる。法律で制限されとるから強行策はとらんやろうけど、機動隊のようにはいかへんぞ?」
「ああ。情報は聞いてるよ。戦車とかヘリコプター出してこられたら怖いけど、初っ端からそこまでするかな、とは思ってるよ」
ほう?と黒田は少し感心した。
智明が黒田の心を読んだ可能性もあるが、どうやら黒田以外の仲間のような存在から情報を得たような智明の言い回しに、彼らの頭の良さや根回しの良さを感じ取ったからだ。
「俺以外にも協力者が居るみたいやな。銃を怖がってないんは大したもんや」
「苦手なことは得意な人にやってもらおうってだけだよ。黒田さんへのお願いと大差ないよ。それに、銃は怖いけど防ぎようがあるってだけで、戦車や戦闘ヘリは破壊力があるから怖いというよりも、破壊したり制御不能にしちゃうと死人が出るからね。対処に困る方の怖さだよ」
智明の言いようにとうとう黒田は呆れ始めたが、決定打は智明の言葉に真剣にうなずいている優里を見たことだ。
黒田はソファーに身を沈め、一旦間をとって彼らの真剣度を計らなければと思い直した。
彼らが無抵抗・無関係な命に暴力的になることはないだろうが、向けられた暴力に対してどこまで冷静であるかは、その場になってみなければ分からないからだ。
「とりあえず、今日こうやって話せたのは良かったかな。もしかしたら歴史の1ページに立ち会ったのかもしれん」
「それは黒田さんを警視総監で迎えたらそうなるかもしれないね」
会談を締めくくろうと冗談めかした黒田に、智明はもっと質の悪い提案をぶっこんできた。
「勘弁せえよ。そんなガラやない」
「ならいっそ独占ルポでも書いて下さいよ。今日の話、無血開城よりも歴史的な瞬間ですよ」
「優里ちゃんまで何言うてんの。オジサンをからこうたらアカンよ」
優里からの意外な提案に慌てつつ、黒田は立ち上がって簡単に居住まいを正す。
「刑事さんよりよっぽど向いてる思うんやけどなぁ」
「確かにね」
智明と優里も黒田を追うように立ち上がる。
「分かったよぅ。君らの国が出来たら、俺の転職も考えるわ」
「やった!」
「その代わり、君らの行いを褒め称える文章にするさかい、一発目のネタは君らの独占取材にさせてくれよ? 優里ちゃんキッカケで転職するんやからな」
「もちろん! ええよね?」
ややはしゃぎ気味の優里は智明にせっつく感じで確認を取る。
「そうだな。……そっちの意味でも、よろしく」
再び智明は黒田に握手を求め、成り行きに戸惑いながら黒田も智明の握手に応じた。
また黒田の後頭部に軽い衝撃が訪れ、視界が蘇ると、三人は機動隊輸送車や放水車が放置された門の前に立っていた。
「便利やけど、礼儀は必要やな」
「ごめん。もうすぐ仲間が来るみたいだからちょっと急いだんだよ」
黒田の苦言に智明は子供っぽい言い訳を返し、握手を終わらせた。
「まあええわ。王様とお后様は、いつも勝手に瞬間移動で俺を振り回すって書いとくわ」
黒田は冗談を言いながら舗装路を下り始め、片手を振る。
「ありがとうございました!」
智明の左手を腕組みしながら大きく手を振る優里に視線を向け、もう一度手を振って黒田は山を下り始めた。
山林を抜け大日川ダムが望める頃になって、ようやく黒田は緊張を解き、今日一日のまとめをし始めた。
鯨井とのやり取りで警察権力にしがみつく空虚さが、ここに来て吹っ切れてしまった気がした。
刑事としての使命感はまだしっかりと胸の内に滾っているのだが、犯罪を暴く労力よりも、一般人が誤魔化されてしまっている真相の究明はとても魅力的に思えてきたのだ。
高橋智明の心象や経験を、鯨井孝一郎や柏木珠江に伝えたらどうなるだろう? 鬼頭優里の状況をどう解釈するだろう?
そういった興味が溢れてくると、優里の勧めにのってルポライターに転職するのも悪くないと思えてきた。
「? ……なんや?」
もう何分か歩けば麓まで下りきるというあたりでバイクのエンジン音が耳に入ってきた。
しかも一台ではなく、二十台から三十台。いやもっとか?
この舗装路への侵入は警察が封鎖しているはずなのに、バイクの集団はそこを突破して皇居の方へと上がっくる気配だ。
「こりゃいかん」
黒田は急いで林の中へ駆け込み、木の影から成り行きを見守ることにした。
程なく、大型バイク一台が爆音とともに駆け抜けて行き、少し間が開いて様々なバイクが舗装路を駆けていく。
「コイツらが智明の仲間か?」
上り坂が幸いしてか、通り過ぎていくバイクの詳細を見定めて黒田は驚いた。
特攻服調の揃いの衣装に、暴走族っぽい鉄パイプやバットなどの武装が垣間見え、皆一様に旅支度のようなリュックやボックスを装備していた。
「淡路暴走団とはな……」
ざっと数えて四十台以上のバイクが通り過ぎ、緊張を解いた黒田は思わず呟いていた。
旧南あわじ市西淡に住む高橋智明と、淡路市岩屋・東浦界隈を縄張りにする淡路暴走団との繋がりが意外だったからだ。高橋智明の身辺調査でもバイクチームとの関わりは一切見られなかった。
「まだおるんか?」
淡路暴走団が通り過ぎて一分近く間を開け、再びバイクのエンジン音が聞こえ始めた。
再び木の影に身を潜めた黒田の目の前を、今度は赤いライダースジャケットの一団が皇居へと駆け上がっていく。
「空留橘頭やと!?」
派手にエンジンを吹かしながら通り過ぎるバイクの一団に毒付きながら、黒田はさすがに動揺した。
淡路暴走団と空留橘頭は淡路連合という形で不可侵としつつも、隣り合った縄張りで時には睨み合う関係にあるはずだ。
その二チームが、WSSの縄張りに集まろうとしている。
おおよそ五十台近いバイクが通り過ぎてから、たっぷりと時間をとって後続がないことを確信して黒田は舗装路へと戻った。
「自衛隊よりこっちの方が問題あるな」
黒田はバイクが向かったであろう皇居の方を見上げ、想像を超えた事態に戸惑いを覚えた。