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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第三章 広がる波紋
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第五次新皇居奪還任務 ⑤

 高橋智明の顔は、捜査資料に顔写真があったので知っていたが、全体的に平凡な印象は変わらない。資料の写真が在籍している中学校から借りたものだからか、少し目元がキツイように感じられる。妙に落ち着き払っていることと合わさって、大人びて見えてくる。

 白地のプリントTシャツにジーパンという服装が見た目の年齢に幅を持たせているのかもしれない。


 智明の隣に座る少女は、三十半ばの黒田が見ても容姿の整った可愛らしい顔をしていて、男女ともに好かれる明るい笑顔が好印象だ。ハッキリとした眉だがパッチリとした瞳が魅力的で、スタイルも悪くない。今は白地に袖だけボーダー柄のロンTと水色のふんわりしたロングスカートで、容姿以上に清楚な雰囲気を感じる。


「改めて自己紹介さしてもらうと、国生(こくしょう)警察の刑事をやってる黒田だ。高橋君で、いいんやな?」

「ああ。高橋智明だよ。で、彼女は鬼頭優里きとうゆり

「鬼頭優里です」

 膝の上に肘を乗せて前屈みに尋ねた黒田に対し、智明はソファーにもたれたまま答え、優里はソファーから背を浮かせたまま軽く会釈した。

「鬼頭、優里さんね」

 珍しい名字に黒田の記憶が刺激されたが、今は後回しにした。

 せっかくここまで入り込むことができたのだから、本懐を遂げねば諸々の規律違反が元も子もなくなってしまう。

「なんというか、ここまで入り込んでもてなしまでされて言うことじゃないんやろうけど、よく刑事の俺と話す気になったな?」

『話がしたい』と訴えたのは黒田だが、なんと切り出していいか迷った挙げ句にそんな言葉が出た。

 智明はソファーにもたれたままこともなげに答える。

「純粋に話がしたいってことなら拒んだりしないよ。スキを突いて捕まえようって企んでたら応じないしね」

「顔も合わせてないのにそれが分かったと?」

「ああ。刑事さんはもうこの件から外れているし、俺を逮捕することよりも動機とかキッカケを知りたいだけみたいだしね。こっちとしても誰かに意思表示したいタイミングだったのもあるよ」


 黒田は少なからず動揺した。

 中島(ちゅうとう)病院襲撃から続く騒動や事件は、警察内部で高橋智明単独の犯行と考え足取りや動機などの捜査が続けられてきたが、新皇居占拠に至って機動隊が幾度も奪還に失敗したことで管轄は自衛隊に移ろうとしている。首謀者が少年であり、舞台が皇居ということもあってこのことは世間には報道されていない。


 ――なんでそんなことを知ってるんや? どっかから情報が漏れてるんか?――


 そこまで考えてから黒田は頭を振ってゼロから考え直すことにする。


 ――鯨井(くじらい)のセンセが言うとったな。警察よりも上の組織が『無いこと』にするような事件やってな。となると、『誰か』ではないところから情報は漏れとるな――


 そこまで思い至って黒田はハッと気付いた。

「俺の心を読んどるんか」

「明確に一字一句じゃないけどね。騙そうとしたり、こっそり企んでるな、くらいは分かるよ」

「ごめんなさい。身を守るためやから……」

「君もか!?」

 智明が自身の能力を匂わせていることには気付いていたが、大人しく智明の隣に座っていた少女までが、そういった能力を備えているとは想像の埒外だった。思わず少女の全身を上から下へと何度も見やってしまう。

「そんな目で見やんといて下さい」

「あ、ああ、すまない。高橋君が変わった力を持ってるってのは聞いとったが、まさか優里ちゃんまでとは考えんかったから」

「急な優里ちゃん呼び」

「ちょっと! 笑わんといてよ! ますます照れくさいやんか」

 思わず黒田の口から出た呼び方に智明が笑いだし、優里が照れ隠しも含めて智明の腕を叩いて抗議する様は、黒田に学生時代の教室を思い出させた。

「いいじゃん。可愛いじゃん」

「年上の男の人からチャン付けされるの、慣れてないねん」

「すまない。俺も娘ほどの女の子との接し方が分からないから、つい」

「あ! いいですいいです! モアが笑うんが悪いんです」

「俺のせいかよ」


 なおも続くイチャイチャに黒田は咳払いをして話を変える。

「オッホン。……つまり、智明君も優里ちゃんも超能力みたいな力が使えるっちゅうことやな?」

「ああ」

「そうです」

 黒田の問いに智明も優里も黒田に向き直ってしっかりと肯定した。

「なぜ、そんな力が手に入った? その力でしたことの重さを分かってるか?」

 相手が未成年ということを意識して、なるべく取り調べや捜査中のような凄みを持たせない声で質問してみた。

 一足飛びだが、黒田にとってはこの一点がためにここまで来たのだ。

「なぜこんな力を持ったかは、正直分からない」

「分からない?」

「それはホンマです。モアにはキッカケのようなものがあったらしいけど、私に関してはモアと一緒にいるうちにいつの間にか使えている感じやから」

「いつの間にか? ……なるほど」

 智明と優里の表情や態度から、黒田は一応本音であると信じることにした。


 演技や嘘の可能性は否定できないが、能力を得た経緯を黒田に偽ったところで誰にもメリットはない。

 先程のような学校の休み時間のノリさえも演技であるならば、黒田としても話の筋道を変えて本音を聞き出さねばならないが、智明にも優里にも質問に対して真摯に答えようという態度はちゃんと表れている。

 当惑や迷いのある表情でなければ疑ってしまうところだ。


「優里ちゃんはいつの間にかだったけど、智明君にはキッカケのような出来事はあったわけだ?」

「あったよ」

「どんな感じやろ?」

 とにかく情報を引き出したくて、智明にたくさん話させようと黒田は間を開けずに質問を重ねていく。

 意地の悪い芸能記者の気分だが、性に合わなくとも今は耐える。

「そうだな……。病院から逃げ出した日の前の晩……。あれ? 朝早くだったから六時間前とか八時間前とかかな? 眠れないとか盛り上がったからっていう理由でツレとアワイチしてたんだ」


『アワイチ』に黒田の右眉が一瞬跳ねたが、話の腰を折るまいとスルーした。自転車や自動車でも淡路島一周は行われるが、智明が無免許でバイクに乗っていた事は捜査の過程で判明していたし、未成年の深夜徘徊も補導なり注意なりの対象だ。


「その途中くらいから気分が悪くなってきて、頭痛がして、熱が出てきて、ツレに病院へ連れてってもらった時には朦朧としててよく覚えてない」

「それで?」

 話を進めるように促す黒田にうなずき、智明はソファーから体を起こして膝の上に肘を置く。

「診察とか検査を受けた覚えはある。……半分以上夢の中みたいな薄っぺらい記憶だけど。……ちゃんと目が覚めたのは逃げ出す直前かなぁ。体中が痛かったし、相変わらず気分が悪かったし、知らない部屋に寝かされてて怖かった」

「だから逃げ出したのか?」

 黒田は変わらずに問いを投げかけるが、智明はコーヒーを啜って当時の記憶や感情を整理するように間をとった。

「死ぬとか、殺されるとか、そんなことを考えて怖くなった気がする。自分が自分じゃなくなっていくような感じもあったな。……体の表面が裂けて、ペロンと内側と外側がひっくり返っちゃうみたいな、自分がプラモデルやオモチャみたいに作り変わっちゃう感じ。……分かんないよね」

 智明は自嘲気味に笑いながら、カップをテーブルに戻してソファーにもたれた。

 優里が気遣うように智明の左手に自身の右手を重ね、顔を向けあって見つめ合う。

「なるほど。……確かに俺にはそんな経験はないが、人間生きてればそういった感覚に見舞われる時はある。成功や挫折、気にもしてなかった絆や信頼を感じた時なんかによく聞く話や。……身体的やなくて精神とか感情の方やけどな」

「内面の方がしんどそうだね」

 知ったふうなことを言う智明に苦笑しながら、黒田もソファーの背もたれに体を預ける。

「まあ、そうだな。心・技・体というからな。完璧な人間なんかそうそう居るもんやないし、おったとしても何かが飛び抜けてたりどこかが欠けてるもんや」

「刑事さんも?」

「モア」

 黒田の言葉を即座に切り返した智明を、これまた間を開けずに優里がたしなめた。


 智明の態度を虚栄や見栄とは思わないが、大人ぶったり何かを達観したふりをしていると見ていた黒田だが、智明をたしなめる優里の頭の回転の速さは本物だと感心した。十代の女子は同年代の男子より生育が早く、知恵や情緒は男子よりも大人びてくるものだが、こういった対応はそうそう出来るものではない。


「いや、構わんよ。欠点や短所なんか無い方がおかしいんだ。刑事は法の番人みたいに振る舞うもんやが、ヤクザな仕事やからな。人として欠けてるもんはあると自覚しとるから」

「すいません」

「優里ちゃんが謝ることはない。議員さんの娘さんとはいえ、品があってお姫様みたいやけど、今のは謝らんでええやつや。なあ? 智明くん」

 黒田の言葉に優里は恐縮した様子から一気に表情を固くした。黒田が優里の出自を察知していると気付いたからだろう。

 対して、問いかけられた智明は困ったふうを装いつつ、苦笑いを浮かべている。

「そうだね。話を逸らそうとしたけど、逆に核心に向かっちゃったよ」

「そうなん? それこそ私のせいやんか」

 重ねていた手を握る優里。その手を返して智明は握り返す。

「ぜんぜん。俺がリリーをさらって来たんだから、何もかも俺が原因だよ。さっき刑事さんが言ったように、俺の考えや行動に欠けたモノがあったんだ。……これからする事にも恐らくそうゆうのがあるしな」

 智明と優里にだけ通じる会話なので黒田は置いてけぼりを食ってしまった。


 しかし捜査で得た情報や状況とは違う関係が繋がってきたし、ここに来て黒田の欲するものと智明が成したいことがリンクしてきた。

「じゃあ、話を進めよう。……その力でしたことをどう思ってる? どう感じてる? これからどうするつもりなんや?」

 黒田は再びソファーから背中を離して前のめりになり、膝の上に肘を乗せて真っ直ぐに智明を見た。

「…………正直なところ、最初の方は自分に何が起こったのか分かってなかったし、他人に怪我をさせたり命を奪ってしまったかもっていう恐さはあるよ。一瞬だけ力におぼれてしまって、バカもやったけどね」

 ゆっくりと伏し目がちに話す智明を、黒田と優里が見守る。

「……便利な言い訳だろうけど、不可抗力だと思ってる。殺してしまった人に対して、何にも思ってないわけじゃないし、意識や自制の働く範囲じゃかなり気を付けて力を使ってる。さすがに機動隊を五回も追い返すのは疲れたよ。……精神的な意味でね」

 智明が言葉を切ると、優里がなんとも言いがたい表情で黒田に向き直った。

 まるで智明の苦悩や葛藤を共有したかのように、悲哀と慈愛を混ぜ込み、憂慮を訴えてくる。

「まさかとは思うが、優里ちゃんも関わったのか?」

「いや。バリア作ったり壁で押し返したり、そういうのは全部俺だ。リリーに人を傷付けるようなことはさせないし、させたくない」

「当然、関わってます。警告を発したり風を吹かせたり枝を落としたり、誰も怪我しない程度のことやけど、私もやりました」

 厳しい目で主張した智明を遮るように優里は告白し、全ての罪を被ろうとした智明に向き直って二度ほど首を振った。

 智明は体を起こして優里を引き寄せ、なだめるように優里の肩を抱く。

「俺に……俺達に罪はある。分かってる。けど、俺達にもここに至るまでの原因があったし、こうなってしまってから『本当はこうなんです』なんて手段は思い付かない。古臭い言い方でダサいんだけど、侍ってアレだろ? 刀を抜くってか鯉口を切ったら後戻りできないんだろ?」

 優里を庇うようにする智明から『侍』などという単語が出てきて、思わず黒田は笑ってしまった。


 ――そこまで大袈裟なことかいな――


 十五歳そこらの子供が、武士や侍のような信念や忠義や思想や主義をもって行動しているとは思えず、黒田はこっそりと小馬鹿にした。

 しかしすぐに思い直す。


 ――ちゃうか? これからしようとしてることに大層な主張があるんか?――


 侍は問答で事態が収まらなくなると刀での勝負を挑む。左足を引き腰を落として右手を刀の柄にかける。

 一般的にはここから刀を抜いたが最後、どちらかが斬り伏せられるまで勝負を止めることはできないと思われがちだが、実際にはさやを掴む左手親指でつばを押し上げて鯉口を切る音がした時点で切り合いは始まり、勝負は後戻りできない局面となる。


「俺も色んな容疑者と話してきたが、そういう言い回しは初めてやな。つまり、いつの間にか刀抜いてしもてたから何かしらをやり切るってことやろ? それはちょっと横暴で自己中心的やないか?」

 智明の真意を引き出すため、黒田はあくまでも一般論と思えるものをぶつけてみる。反抗的な子供を煽る『普通』や『常識』の類だ。

「状況はそうだけど、ちょっと違うかな。多分だけど、こんな力を持ってるのは俺達だけじゃないと思うし、これまで事件や騒動が起きなかったのは、普通の人間として鳴りを潜めて目立たぬように生きてるからじゃないかと思うんだ。それがまともな考え方とも思えるけど、その人にとって楽しい人生か疑問に思うんだよね。もちろん、安易に世界征服とか叫んで暴れるより健全で真っ当だとは思うんだけどね」


 黒田には少し理解出来る。

 刑事という仕事をしていても規律違反もするし、時と場合によっては法律スレスレの言動を叩き付けたこともある。日常生活においても暴言や反社会的な悪意が頭の中をよぎることはある。だが理性や常識や法律や社会的通念に照らし合わせて、そうした邪気を振り払って生活するのが良識というものだ。


「君らのような能力を持つ人らが、我慢しながら一般人として生きてる可能性は、分かる。可能性の話やからな? ……インターネットの開放で個人の特技や能力ってのは専門家以上のケースなんてザラにあるし。幸いなことにそういうのは世界征服には繋がらんが、犯罪は頭ん中の悪意にそそのかされる場合もあるっちゃある。その、そういうポテンシャルを秘めたまま暮らしてる人間がおるというなら、じゃあ、君がしていることは能力をもっとひけらかして世界征服しようということか?」

 黒田の飛躍した問いかけに智明は笑ってから答える。

「違う違う。そんなだいそれたことは考えないし、第一そんなことをしても裏切られたり寝首をかかれて死んで終わりでしょ。この前、盛者必衰ってのを習ったとこだよ」

「まあ、歴史を勉強したら分かるわな。……じゃあ、どうしていくつもりだ?」

 さすがの黒田も力が入ってしまい、食らいつくように智明を睨む。

「国を作ろうと思う」

 いともあっさりと宣言され、驚きも呆れもなく黒田は智明を見つめる。

 少し黒田の予想と違ったので真偽を計る時間が欲しかったからだ。

「俺が思ったんとちょっと違ったな」

「そお?」

「うん。自分らを縛る法律がないから、新しい人種とか存在やと認めさせて、法律や基準を作らせたいんかと思った。ある意味、自分へのリミッターとか抑制装置みたいな感じのやつな」

 肘を膝から離して身振り手振りで説明する黒田を、智明と優里は楽しそうに聞き、抱擁を解いた二人は一瞬目線を合わせて笑い合って黒田に向き直った。

「それ、私らも考えましたよ」

「そうなんか?」

「けど却下になったよ。アメコミか安っぽい近未来SFの世界観だからね」

「そ、そうか」

 二人の指摘に黒田は恥ずかしくなって声が小さくなった。


 黒田はアメリカンコミックやSF映画に傾倒しているわけではないが、刑事ドラマや特撮ヒーローから正義や英雄への憧れを得たと言っても過言ではない。これらに登場する犯人や悪党は、子供や一般的な視聴者が見て分かる悪役でなくてはならないために、子供っぽい言い分や考えで行動したり常軌を逸した凶行を取りつつある。

 そうしたイメージを十代から切り捨てられ、己の想像力の浅さが恥ずかしくなったのだ。


「それで、国なのか?」

「だからこそ国なんだよ。まあ、日本人だけなら特区みたいのでもいいんだけどね。それじゃあちょっと突飛なことを喋ってる政治家みたいになっちゃうからね」

「ははは。中学生が言うんかよ。ましてや優里ちゃんのお父さんは市議会議員やろ?」

 また黒田は大人としての恥を感じたが、話題を変えることで流すことにした。

 国政であれ地方政治であれ、子供が聞いて呆れるような形態を作ったのは何百年も前の政治家であり、現職の政治家と投票した国民であるから、こんなところで黒田一人が責任を背負い込みたくないからだ。

「そう、ですけど。だからこそって感じもあります」

「なるほど。いろいろあるわけか」

 優里の微妙な表情と曖昧な言い回しから、形容し難い家庭環境やら家族間の関係性などを察して、黒田は深い追求を避けた。今は鬼頭優里が、旧南あわじ市市議会議員の鬼頭優作きとうゆうさくと料理研究家おかのまりの娘だと分かっただけで充分だ。

「中坊が法律作ってくださいって皇居を乗っ取ってる時点で相手にされないからね。少し大きいことを言わないとダメだと思ったんだよ」

 智明の追加の説明に黒田はなるほどと思った。


 恐らく彼らは本気で自分達の国を作ろうと考えているのだろうが、最悪の場合の妥協点として特区や自治区のような居場所が手に入ればいいと考えているのだろう。法律の改正や新しい法律を施行させる難しさも知っているのかもしれない。即時性のある形態としては、特区や自治区より新しい国の方が彼らの意向に沿うとも言える。


「まあ、夢や目標がデカイってのは悪いこっちゃない。野望やと困りもんやが。……とはいえな、これまでにしたことが帳消しになるわけやない。これからすることにも、人の命や人生がかかったことにはそれ相応のもんが付いてくる。……どう考えとる?」

 すでに黒田は刑事という立場を切り離して少年と少女の話を聞いていた。

 世界征服や人類抹殺のような悪巧みであればまた違った対応になったはずだが、金銭や権力などの欲にも塗れていないとなれば、黒田の権限からは外れていると思えた。

 だが彼らが傷付けたり奪った命に対しての罪は無視できない。

 その一点は彼らの作る国でも変わらぬ真理であるはずだ。

「もちろん考えてる」

 姿勢を正して座り直し、真っ直ぐに黒田を見て智明が断言した。

 優里も座り直して両手を膝の上で重ね、大きく一つうなずいた。

「何時間も、何日も、二人でずっと話して考えてました」

「今までの事に、すごい後悔がある。簡単に償えない罪だと思う。それに、これからしばらくの間、罪を重ねることになると思う。それについても償う気持ちがあるし、まず最小限にという思いもある」

 黒田は聞き漏らすまいとじっと二人の弁に耳を傾ける。

「ただ、全ては国を作ってからか、俺が駆逐されて断罪されてからになる。その順序は譲れないし、そんなことをしたら意味も意義もない最低の殺人だ。それは本当に償いようがない」

 黒田が黙して耳を澄ませる中、智明は内なる怒りに震えすらしている。もしくは良心の呵責(かしゃく)(さいな)まれているのか、己の過ちに恐怖しているのか?

 黒田には判別がつかないが、智明の隣で涙ぐむ優里に嘘はないと思える。

 と、鼻水をすすり指先で涙を拭う優里に、智明がどこからともなくハンカチを取り出してそっと手渡した。


 どうやら二人の主張はそこまでのようなので、黒田は体の力を抜いて一つ大きな深呼吸をした。

「……そのことを俺に話したかった、と?」

 なるべく誤解を与えないように問うたが、少し乾いた言い回しになったことを黒田は後悔した。

 圧倒的に彼らの立場に立ってしまいがちな気持ちを抑えすぎて、興味を失った大人がしがちな淡々とした口ぶりになってしまったのだ。刑事という立場上、せめて中立の態度をとってやりたかったが、口から出た言葉はもう引っ込められない。

「もう一つある」

「なんやろ? 俺に出来ることか?」

 今度は圧倒的に協力するような言い回しになってしまい、黒田が反省する前に智明が小さく笑ってしまう。

「はは、察しがいいね。さすが刑事さんだ」

「いやいや。で?」

 黒田は今更になって智明と優里が他人の心を読めることを思い出し、一人で勝手に言い回し一つで慌てふためいていたことが恥ずかしくなった。

「えっとね、分かる範囲でいいんだけど、病院のこととか新宮しんぐう周辺で亡くなった警察官の身元とか連絡先を教えてほしい」

「どうするんだ?」

「もちろん、謝りに行ったり償いをするためだよ。一般人じゃできないでしょ?」

「まあ、確かに」

 正直、黒田は困ってしまった。

 間もなく捜査の権限は警察の元から離れてしまう。その最中に被害者の氏名と住所や連絡先をまとめて、容疑者に渡すなど言語道断の振る舞いだ。捜査資料は無関係な一般人に見せることすら禁じられている。

「なんとかお願いします。時間が経つほどできなくなるはずやから」

 ハンカチを膝の上で握りしめながら頭を下げた優里に黒田はあっさりと降参した。

「分かった分かった。今このタイミングしか出来んことやから、やるだけのことはやってみる」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

 子供らしく顔をほころばせながら頭を下げた二人に、黒田は頭をかきながら一応の言い訳もしておく。

「ただ、アレやぞ? 今すぐレポート提出とはいかんぞ? モノがモノやし、状況が状況やし、俺の立場もあるからな」

 黒田の言葉に智明は微笑みながらうなずく。

「もちろん。黒田さんの人生を狂わせるつもりはないよ。そういうタイミングになったらこっちから連絡するつもりだよ」

「ん。よろしく頼む」

 思わず黒田から右手を差し出し、智明と握手を交わした。

 しまった、と思ったのも一瞬で、すぐに思考は切り替わった。


 ――俺の人生、この事件に関わった瞬間にとっくに狂ってしもてる。今まで通りか、こいつ等に付き合うか。二択やったらこっちやろ――

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