表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第三章 広がる波紋
67/485

第五次新皇居奪還任務 ④

 黒田が門を潜るとさっきの少女がポツンと立っていて、自然体で真っ直ぐ黒田に向いているさまに戸惑った。

 てっきりサクサクと先に歩いてしまっていると思っていたからだ。

「ありゃりゃ? お嬢ちゃんが案内してくれるんやないんか?」

「はい。ちょっと待ってて下さい」

 黒田が思ったままを口にすると、少女はぎこちない笑顔を浮かべながらさり気なく右手を差し上げた。

「なんだ?」

 少女が目を閉じた刹那。黒田の後頭部に殴られたような衝撃が走って目の前が真っ暗になった。


「いててて……。あんれ?」

 なんとか両足を開いて踏ん張り、転倒したり意識を失うようなことはなかったが、視界が蘇ってくると景色が一変していた。

 門を潜った時にはあったはずの舗装路とその両脇の青々とした山林はどこかへ行ってしまい、コンクリートの真っ白なアプローチを有した立派な玄関の前に立っていた。

「着きましたよ」

「ようこそ。刑事さん」

 移動が完了したと告げた少女の隣には、いつの間にか少年が立っていた。

「お前は、高橋智明、だな?」

「そうです。……話なら中でしませんか? 暑いし、考えがまとまらないでしょ?」

「お、お、うん」

 黒田の考えを見透かしているかのように高橋智明は黒田を促し、恐らく皇居の玄関と思しき大扉を開いて黒田を招いた。

 智明に続いて黒田が玄関を潜り、最後に少女が入って玄関は閉じられた。


「どうぞ」

 先に立って歩く智明に追従しながら、黒田は辺りの観察と警戒を怠らなかった。

 玄関ホールの左右に等間隔で配された扉の向こうに気配がないかを気にしたり、階段の影や二階のバルコニーに気が向いてしまう。

 刑事の職業病と言ってしまえばそれまでだが、捜査じゃない時くらいは壁にかかった絵画を見てもいいだろうにと軽い自己嫌悪が生まれる。

 その甲斐あってか、正面の巨大な一対の絵画が目に止まった。

「イザナギとイザナミか。……なるほど、俺は今、皇居に居るんだっけな」

 二階へと続く階段のそばに立ち止まって辺りを眺め回して、黒田は変な感動と緊張を感じた。

 それを見て取ったのか、先行していた智明が振り返って声をかける。

「こっちにはもっとそれっぽい物があるよ」

「ほお?」

 黒田が再び歩き始めたので、智明は階段を潜って一階の奥へと続く通路へ入っていく。

 横並びで三人が通れる幅の通路は、吹き抜けの二階部分のバルコニーを潜る形で伸びてい、その両側の壁にも日本神話をモチーフにした絵画が飾られている。


 通路を抜けると開けた空間になっていて、ガラス製のコレクションボードが壁際と部屋の中央に据えられていた。

 本来ならこのコレクションボードには、他国からの贈り物や記念品などが納められるはずなのだろうが、天皇が移られる前なので中身は空のようだ。

 智明はだがそれには触れずに左奥の重厚な扉へと向かって歩み、両開きの片側を開いて黒田を招く。

「こっちだよ」

「ん。失礼する」

 智明が開いた扉を潜り室内へ入ると、まず部屋の広さに驚き、数歩踏み入ってグルリを見回してしまった。そして部屋の中央にある毛足の長い手織りの絨毯と革張りのソファーセットが目に入り、次いで立派な花瓶と花台が目に止まった。

「これは、天皇陛下が取材や会見の場で使用する部屋か?」

「恐らくね。端っこに見たことのある一人掛けのソファーもあるからね」

 智明に促されて目を向けると、なるほど確かに国賓と会談する際に使用されているソファーと似たものが二組、部屋の端に置かれていて、他にも記者会見で記者にあてがわれるであろうスタッキングのチェアーが二山ほど置かれていた。

 壁や柱の装飾も凝っているし、黒田のような素人が見ても材質の高級感と仕上げの技術の高さが分かった。


「落ち着いたら座ってよ」

「あ? ああ」

 黒田が部屋の奥の(はり)に施された彫刻に見入っている間に、智明はソファーセットの上座に腰掛けて、黒田の反応を楽しむように眺めていた。

 相手が中学生なのを思い出してミーハーな自分が恥ずかしくなり、黒田は咳払いをしながらソファーに歩み寄って腰を落ち着けた。

「失礼します」

 先程の少女がトレイを抱えて入ってきて、コーヒーを人数分配って智明の隣に腰を下ろした。

「あ、悪いね」

「一応、ちゃんと訪ねてきてくれたお客さんだからね。変な物は入ってないから、どうぞ」

「う、うん。いただきます」

 少し相手との立ち位置や態度の取り方に戸惑いながら、黒田はカップを取ってコーヒーを啜った。

「……ほう、旨いな。インスタントじゃないのか」

「そんなそんな。コーヒーマシンですよ」

「そうなんか? 缶コーヒーばかりやと味覚が落ちるんかな」

「缶コーヒーばかりやから分かるんかもしれませんよ」

「確かに」

 不思議とまったりした空気が流れ三人ともに笑顔が漏れる中、黒田は改めて目の前の二人を観察してみる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ