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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第三章 広がる波紋
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迎え撃つ力 ③

 真はテツオ達に案内されるがまま大阪まで走ってきた。

 正確には大阪市此花区の西端の辺りで、USJユニバーサルスタジオジャパンを通り過ぎて商店やホテルなどのない工場や倉庫などが密集する地帯になる。

 街灯も少なく、背の高いビルが無い代わりに建物の向こうには海外から運び込まれるコンテナなどの港湾荷役に使用されるのであろうクレーンが影となって見える。

 周囲の建物は広くて大きな四角のものばかりで、窓のないのっぺりとした壁だけの建物ばかりだ。


 テツオの歩みを追いかける真は、夜の暗闇と静けさに妙な緊張を感じつつ、見知らぬ土地の見知らぬ建物へと向かっていく。


 建物が近付いてくると、一階部分にはトラックの荷台の高さに合わせたホームが張り出し、番号の振られたシャッターがいくつも並んでいた。自分達が歩いてきた駐車場のようなだだっ広いスペースは輸送車両の通路と搬出入スペースだと分かり、二階より上は倉庫スペースだから窓がないのだと理解した。


 プラットホームの隅っこに小さな常夜灯が点いていて、付近に窓が並んでいることから事務所だろうと予想がつく。

「ちょっと待っててくれ。モリサン、頼む」

 テツオは真らに振り返って断りを入れてからフランソワーズの方を向いて電話をかけるジェスチャーをする。

 フランソワーズは軽く右手を上げて応じ、すぐさま目を閉じた。

「……オーケーダヨ」

 どこか外国人が覚えたての日本語を話すようなイントネーションでフランソワーズがテツオにサムズアップする。どうやら誰かと電話を通じて何かが許可されたようだ。

「ん。……ああ、今のうちにタバコでも吸っとくといい。中は禁煙だし、多分話が長くなるからな」

 常夜灯の辺りを指差されて目を向けると、吸い殻の浮いたバケツが置かれていた。

「あざっす」

 躊躇なく紀夫がバケツへ向かったので真と田尻も遠慮がちに便乗する。

 バケツを囲んだ三人は特に会話をすることもなく、敷地の隅っこに停めっぱなしにした愛車を気にしたり、七月らしく常夜灯に群がる羽虫を追っ払ったり、街の明かりでくすんだ夜空を見上げたりしつつ、タバコを吸って灰を落としていた。


「来たよー」

 瀬名の声がして振り向くと、さっきまで真っ暗だった事務所らしき部屋に明かりが点いている。

 田尻が躊躇なくタバコをバケツに投げ入れたので、彼に倣って紀夫と真もタバコをバケツに投げ入れて消火した。

 常夜灯の真下の鉄製のドアが開き、背の高いスラッとした体型の影が現れた。逆光なので顔や服装はよく分からない。

「…………大人数ですね」

 ドア付近にたむろする少年たちの人数を数え、感情のない声で非難するでもなく歓迎するでもなく人影はつぶやいた。声の感じから二十代の若い男性かな?と真は感じた。

「こっちにも事情があってね。問題ないでしょ?」

「ええ、構いませんよ」

 テツオとのやり取りを短く済ませ、人影は手招きをして室内へ入ってしまう。

 続いてテツオも入っていき、瀬名が真たちにうなずきかけて続く。

 フランソワーズが続いたところで、田尻が真の背中を小突いたので、真は慌てて進み出て田尻と紀夫も建物に入った。


 明かりが消されていたり物音がしないことから就業時間を過ぎているのは明白なのだが、気の利かないことにエアコンが停まっていて室内は暑く、やや空気が重い。

「鍵を締めてください。部屋を出たら電気も消して下さい」

 事務所から廊下への出入り口で立ち止まっていた男に指示され、紀夫は急いでドアノブのツマミを捻って施錠した。

 先程の人影がこの男だったならば、声の印象通り二十代後半で、やはり声の通りの真面目な髪型に偏りのない平凡な顔に思えた。ただ、ワイシャツにスラックスだがネクタイは巻いておらず、社名の入った半袖ジャンバーが鮮やかな青色で、おろしたての派手さがあって顔と似合っていない。


 事務所を出ると学校か病院のような殺風景な通路をひたすら進み、こじんまりしたエレベーターホールからエレベーターに乗り込む(ここでも紀夫は廊下の電灯を消すように指示された)

 階数表示は五階まであり、どうやら五階まで上がるようだが、通常のエレベーターより時間がかかっている。

 さすがに汗が流れ始めて全員一度は汗を拭った。


「足元に気を付けて下さいよ」

 エレベーターが到着して扉が開くと、男は当たり障りのない注意をしてさっさと歩き出してしまう。

 テツオらに続いてエレベーターを下りると左手側の壁沿いを進んだ先に明かりが見え、どうやら天井の高い広い空間にプレハブのような別室を後付けしてあるようだ。

 小部屋の窓から漏れる明かりを頼りに進んでいき、なんとかつまづいたりせずに全員が小部屋へと入った。

「お久しぶりです」

「ああ。一年、二年ぶりかな」

「そんなもんですね」

 密閉された建物の息苦しさと、七月の気温の高さのために吹き出てきた汗を拭いている間に、テツオは小部屋の主人と挨拶を交わしていた。

 案内してくれた男と同じ制服を着ているが、年齢は四十にならないくらいか。独創的にカールした髪の毛だが、オシャレではなく天然のようだ。

「木村君。少しエアコンを強めにしてあげてくれ」

「……はい」

 真らの様子を見て小部屋の主人は先程の男・木村へと命じ、木村は仕方なく承服する感じでリモコンを操作した。

 室内に涼しい風が回り始め、真の緊張は少しばかり解れる。

「紹介しとかなきゃだな」

 テツオは真や田尻のためにスペースを開け、部屋の奥に並ぶ制服の二人を指す。

「右が今回お世話になる篠崎さん。ここまで案内してくれたのは篠崎さんの助手で、木村さん」

 天然パーマの四十歳くらいの男性がアゴを引いて挨拶し、続いて案内してくれた二十代男性が軽く腰を折った。

 真・田尻・紀夫はこういった紹介に慣れておらず、曖昧に会釈を返した。

「さて、本田君。彼らが協力者ということかな?」

「まあ、そうだね。俺と瀬名も参加するよ。モリサン……彼は正規のH・B(ハーヴェー)を使ってるから今回はパスだけど、後々実験が進んだらそっちを試してもらうことになってるよ」

 テツオの言葉を受けてフランソワーズは苦笑いを浮かべて申し訳なさそうに軽く頭を下げた。


 だがここまでで真には意味の分からない言葉が列挙され、期待や緊張が徐々に不安へとシフトしていく。

「テツオさん、すんません。ちょっと何の話をしてるのか分かんないんスけど」

「協力とか実験とか、なんのことっすか」

 田尻と紀夫も同じ気持ちだったようで、真よりもテツオに対して気安い分、先に声をあげたようだ。

「なんだ、説明していないのか?」

「本田さん。そういった手法は法律で厳しく禁止されていますよ」

「分かってますよ。……すまない。今日、ここに至るまでの段取りに追われてて説明してなかったな」

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