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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第三章 広がる波紋
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迎え撃つ力 ①

「やっぱりおかしいよな」

 コンビニの店頭に据えられた灰皿付近に座り込んで、コーラを飲みながら城ヶ崎真(じょうがさきまこと)は独りごちた。

 鬼頭優里(きとうゆり)の母親に娘の行方がわからなくなったと相談されてから、学校で優里と親しかった女生徒たちに聞き込み、放課後は優里が立ち寄りそうな所をすべて確かめた。

 そんなことを三日も続ければ探す所も無くなってしまい、いよいよ智明が優里を連れて雲隠れしていると断定し、それからは学校を無断欠席して島中を走り回っていた。

 当然そんな探し方で結果が出るはずはなく、一日一回は田尻と紀夫に連絡を取って噂や情報をもらっていた。

 そして昨日の夜の電話で、皇居の辺りが物々しいことになっていると教えてもらった。

 闇雲に走り回って、アチコチで尋ね回って疲れ果てていた真は、田尻と紀夫に頼るより他に手段がなく、また田尻と紀夫が得る情報は本田鉄郎(ほんだてつお)から入手した確度の高いものであるはずという勝手な思い込みもあった。


 ともあれ、具体的な地名や場所が分かれば行動を起こすことができる。すぐさま地図アプリと経路マップを駆使して、南淡(なんだん)地区賀集生子(かしゅうせいご)までやってきた。

 藁をも掴む思いだったが、牛内(うしうち)ダムへと繋がる道路と、大日ダムを経て大日川ダムへ繋がる道路はパトカーによって封鎖されており、何事かが起こっていると想像させる物々しさだ。

 やはりバイクチームWSSウエストサイドストーリーズの情報網は精密で、テツオを頼って正解だったと思いつつ、真は思案に暮れる。


 真には警察や医者とは関わりたくない理由がある。

 脳をナノマシンによって電脳化するH・B(ハーヴェー)は、成長途中の未成年に使用すると身体の麻痺や成長の阻害・脳機能の障害などが起こる可能性があり、法律によって厳しく禁止され警察はおろか医者もその監視の目の一つになっている。

 また、当然ながら中型免許の取得は満十六歳以上と定められているし、喫煙も二十歳以上からと決まっている。

 真はその三点全てに違反しているし、今日は金曜日だ。本来なら真は中学校の教室にいなければならない。

 H・Bや無免許などを抜きにしても、道路封鎖をして警戒態勢を取る警察官から、自分の欲している情報を聞き出すにはどうすればいいかが思いつかない。

 結果、一度パトカーの前を通り過ぎて辺りを一周し、コンビニの前で休憩か待ち合わせのフリをしてすでに一時間が経とうとしている。


「でもなぁ。いつまでもここで暇つぶしてるわけにもいかんしなぁ……」

 コンビニの前の道路を進んだ先にチラリと覗いているパトカーを見るたび、真の焦りとジレンマは募っていく。

「ん? アレ?」

 聞き覚えのあるエンジン音がしたのでパトカーと反対側の道路に目を向けると、クラシカルなデザインのバイクが派手な音を立てながらシフトダウンを繰り返してゆっくりと真の前を通り過ぎて行った。

 なんとなく見たことのあるヘルメットだった気もした。

「…………まさかな。そんな都合のいい話はないだろ」

 一瞬よぎった期待を振り払いつつ、それでも視線は通り過ぎたバイクを追ってしまう。

 再びパトカーの停まっている曲がり角を見ると、先程通り過ぎたバイクがパトカーの前に停車していて、警察官と何やら話し込んでいる。

 二言三言会話があったようで、警察官が敬礼をするとライダーも軽く右手を挙げてバイクをスタートさせた。

「マジか」

 真には自然で何気ないやり取りに見え、コンビニ前で悶々としていた自分が情けなくなった。


 と、パトカーの前から走り去ったバイクが∪ターンをして引き返して来て、真が座り込んでいるコンビニ前へ駐車した。

「やっぱり大人しくしてなかったか」

 バイクから降りざま、ヘルメットのままライダーが真に声をかけてきた。

 見覚えのあるバイクと聞き覚えのある声に真は驚いた。

「え? 田尻さん? なんでこんなとこに……」

「あのな、一日おきに情報くれってせっつかれたら、一人で行動するんだろうなって思うだろ。テツオさんに待ってろって言われたの、忘れたのか?」

 田尻はヘルメットを脱いで真の隣に座り込み、汗の浮いたスキンヘッドと額を腕で拭いながら真をたしなめた。

 自分の浅はかさと幼稚な行動に落ち込みつつ、田尻に頭を下げて叱ってくれたことと気遣ってくれたことに感謝する。

「ガキなことしてすんません。色々手伝ってくれたり助けてもらったりで、本当に有り難いです。でも、何かせずには居られなくて、つい……」

 情けない表情を晒す真の肩をポンと叩き、田尻はタバコに火を着けてから言う。

「なんだっけ、女の子が行方不明なんだったな。気持ちは分かるけど、急ぐだけが解決策じゃないからな。今は我慢しろ」

「はい」

 微笑みかけてくれる田尻に頼りがいのある兄に慰められたような感覚を抱きながら、真は素直に返事をする。

 真の態度に安心した田尻は、薄っすらと聞こえてきたエンジン音に耳を傾ける。

「お、来た来た」

 誰が?と尋ね返すまでもなく、真の耳にも聞き覚えのあるバイクのエンジン音が届く。

 田尻同様あからさまに派手なシフトチェンジで減速し、見覚えのあるレプリカバイクが田尻のバイクの隣に停車した。

「あっちぃーな! 梅雨も終わりかな」

「紀夫さん! チワっす!」

 ヘルメットとグローブを脱いでシャツをパタパタと扇いでから、紀夫は手を上げて真に応える。

「おう。やっぱり動いてたんだな。……すまん、コーラ買ってきて」

 田尻にヘルメットを渡しながらカーゴパンツのポケットから小銭を適当に掴み取って真に差し出す。

「あ、うっす」

「三人分な」

「あざっす!」

「俺はコーヒーだぞ」

 コンビニの自動ドアに入る瞬間に田尻から訂正が入ったので、真は笑顔で了解の旨を示して店内に入って行く。


「サンキューな」

「当たり前だろ。ツケとくからな」

「クソったれ!」

 ちょうど紀夫が汗で乱れた金髪を整え終わったところだったので、田尻は暴言を吐きながら預かっていたヘルメットを突き返す。

 細かくてマメでなんだかんだと気を使う紀夫と、大ざっぱだが男気と責任感の固まりのような田尻は、罵り合ったりふざけ合ったりしながらもいいコンビをやっている。

 WSSに加入して知り合い、まだ一年少しの付き合いだが、古くからの友人の様に繋がりは深い。

「……テツオさんから連絡は?」

「ああ。三原から乗るってさ。だから、陸の港集合だな」

「うん」

 短い確認を終えると、紀夫もタバコに火を着け、二人で紫煙を吐き出す。


 しばらくして真が買い物を終えて戻ってきたので、三人はペットボトルと缶コーヒーを傾けて一息つく。

「……そういえば、田尻さんはあそこの警官と話してましたよね。何を話してたんですか?」

「ああ。ツーリングでこの上のダムを見に行きたいって言ってみたんだけど、皇居の工事中にトラブルがあったとかなんとかで、それで立入禁止って返事だったよ」

 真は『そんな切り口で聞けばよかったのか』と田尻の機転に感心しながら、警察官の返答に違和感も感じた。

「そっちもか。俺は牛内ダムの方へ行ってたんだが、あっちはあっちで工事中だから関係者しか通せないって言い方だったな」

「紀夫さんも手伝ってくれてたんですね。ホントにすんません」

 さっきの田尻のお説教の時も感じたが、自分の向こう見ずな行動に田尻と紀夫を巻き込み、二人の優しさや気遣いを感じて真はいたたまれない気持ちになって喉元が少し苦しくなった。

「今更何言ってんだ。こういう時につるむからチームなんだろ。ウエッサイは特にな」

「はい!」

 真はまだ正式にバイクチームWSSのメンバーではないが、淡路連合の集会やWSSのたまり場でテツオや田尻らからはメンバー同然に扱われ、真の胸中には感動と感謝が膨れ上がってついつい元気な返事をしてしまう。


 まだまだ真の子供の部分に田尻と紀夫は苦笑いしてしまうが、今はまだそれでいいと思う。年下の後輩らしい可愛げがある。


「それより、変だと思わないか? ニュースじゃ工事の遅れとかトラブルなんか一切聞かないし、工事が理由なら警官が道路を封鎖するのもおかしい。あっちとこっちで理由が違うのも変だ」

「そうですよね」

「あと、これは直接関係ないかもしれないんだが、自衛隊が皇居の防衛だか守護だかの演習を近々やるらしい。噂じゃ、自衛隊の法律も変えるとかってのもあるし、もしかしたらって感じがするよな」

「ホント、ヤな感じだな」

 田尻の考えは真も感じたことなのですんなりと同意できたが、紀夫の教えてくれた噂が何を意味するのか真には分からなかった。

「それってどういう意味っすか?」

「おっと、真はまだ中学生だったな」

 紀夫は自身の説明不足を恥じつつ、タバコの灰を灰皿に落とす。

 そのすきに田尻が補足する。

「自衛隊が外国に戦争っぽいこと出来ないとか、自分の国を守るしか出来ないって知ってるだろ?」

「まあ、はい」

「その自衛隊が皇居の防衛だの守護だのの演習ってのはおかしいわけよ。もし戦争やテロだってなったら、自衛隊はまず戦場とか現場に行くのが普通だろ? 国を守らなきゃなんだから。テロなら警察が先に動くはずだしな。なのに、今このタイミングで皇居で演習ってことは、アイツと一線交えようってんじゃないのか?って想像するわけだ」


 平成末期に『集団的自衛権の行使』などの法改正で自衛隊や関連組織の活動範囲や条件が広まったとはいえ、二一〇〇年までに何度も自衛隊法の改定が議題に上がっては否決と取り下げを繰り返してきた。

 自衛隊の演習も日本各所の基地内に限られているし、一般国民が自衛隊の活動を目にするのは災害派遣や平和維持活動などのニュースくらいだ。

『皇居の防衛』だと説明されると、遷都というタイミングを考えても一応の理屈が通るし、ニュースとして耳に入っても疑問を持つのは反戦活動家くらいだろう。


「俺達は、アイツの戦闘力を二回見てるからな」

 あえて紀夫はゲームっぽい表現をしたが、真はその表現が相応だと納得した。

 一度目は三原八木地区にある中島(ちゅうとう)病院から逃走する際の破壊行動。二度目は西淡湊里地区の貯水池で水素爆弾と同等の反応による爆破。

 田尻と紀夫は爆破後しか見ていないが、その破壊力と惨状は記憶にとどめている。


「……多分ですけど、警察も体験したんでしょうね。アイツの戦闘力を」

 やや恐れを匂わせる真の細い声を聞いていられなくなり、田尻は立ち上がる。

「ああ! もう! ここで弱気になったら何にも始まらねーぞ!」

 真を叱咤しつつ、自身の恐れやモヤモヤを捨て去るように、田尻はタバコを乱暴に消す。

「アイツと――智明と(ナシ)つけて、女の子を取り返すんだろ。テツオさんも協力してくれるんだから、シャンとしろよ」

 幾分田尻より落ち着いたトーンだが、それでも紀夫が真にかけた言葉は強く真の胸に刺さり、また真を元気よく立ち上げらせた。

「すんません! よろしくお願いします!」

 真の元気な声に笑顔をたたえながら紀夫も立ち上がり、タバコを消してコーラを飲み干す。

 田尻も飲み終わった空き缶をゴミ箱に捨て、ヘルメットを着け始める。

「んじゃ、テツオさんと合流してツーリングと洒落込むか」

「高速走ったことあるよな?」

 紀夫も空ペットボトルをゴミ箱に捨てながら真に確認する。

「さすがに高速はないっすよ。ETC契約してないっすもん」

 二十世紀末から導入が開始されたETCは、高速道路出入り口でクレジットカード決済を行って渋滞緩和などを狙ったシステムだが、この時代はナノマシンによって電脳化したH・Bの認証キーでクレジット決済するシステムへと切り替わっている。

 未成年者の真は当然クレジットカードも自動決済の契約も法的に許可されていないし、そもそものH・B化も違法に行っているので高速道路利用などは摘発を受ける可能性もあって極力使わない。

「そりゃそうか。俺は親のカード決済に同期させてるから気にもしてなかったわ」

「すまん。俺は働いてるから親を勝手に後見人にしてクレジットやってるから、そっちは見落としてた。てか、中学生が無免でアワジ出ようってのもあんま無いよな」

「ああ、確かに」

 すまなそうにする田尻と紀夫に相槌を打ちつつ、真は淡路島一周(アワイチ)で満足していた自分の世界の狭さを感じた。

「まあ、そこまで急ぐ用事じゃないしな。現金でもなんとかなるから」

 少し肩を落として見えた真を励ますように代替案を出して、紀夫は真に支度を急ぐようにせかした。

 真は慌ててゴミを捨て、ヘルメットを被ってバイクへまたがる。

 コンビニ前から田尻を先頭に三台のバイクが走り出した。

 田尻と紀夫の背中を追いかけながら、真に吹き付ける風は梅雨時とは違う重さがあった。

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