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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第一章 三つの仔
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十五歳の日常 ⑥

 二〇九九年の世界は、通信や情報化において大きな変革が起こった後の世界である。

 二十一世紀中期に飛躍的に発達したナノマシン技術により、医療は革新的な発展を遂げ、人類は脳や臓器・筋肉・骨・神経や軟骨まで、患部という患部を医師の手による手術からナノマシンによる自動的な切除と再構築により補填し治療するまでに至った。


 そこから更に神の領域に近付いたのが、情報化社会及び通信事業の花形とも呼ばれるH・B(ハーヴェー)である。

 H・B――すなわちハードブレインとは、脳細胞の代謝にナノマシンを滑り込ませ脳を電子機器化し、通信機能と記憶回路を付加させる技術で、言い換えればスマートフォンを脳内で作り上げて稼働させることを指す。

 これにより、二十一世紀初頭に確立された第六世代通信事業のウェアラブル端末での超超高速通信及び大容量受信と、第七世代通信事業で実用された視覚野をスクリーンとするAR技術とが組み合わされ、第八世代通信事業の機械化された脳内に大容量端末を携帯するH・Bへと至った。

 第六世代で革新的だった透明モニタータブレットが組み込まれたウェラブル端末や、視覚野を占拠するAR表示は大きな変容を遂げ、空中に仮想のモニターやキーボードを展開させたり、瞼を閉じることでH・B内にスマート化された視覚野を形成してスクリーンと操作ポインタによる操作も成し得たのだ。

 これまで通信端末で行っていた通話・メール・インターネット接続・データ保存・スケジュール管理等のアプリ操作が、すべて脳内外の仮想モニターと仮想キーボードで操作可能となったということだ。


 しかし同時に大きな制限も発生する。

 その一つは、身体・臓器・大脳が成長しきらねばならないこと。成長過程にある体や臓器は、ナノマシンが機械化する際に機能停止や不全を招く恐れがあり、また脳からの神経信号が誤作動を起こしたり途絶して麻痺や痙攣等を起こす恐れもあるためだ。

 実際に不幸な事故も起こっており、運転中のドライバーが突如下半身の麻痺に襲われ、暴走させてしまった自動車が歩行者ら十数人を巻き込む大事故を起こしてしまった。

 また、十代のうちにH・B化を試みた少年が脳死状態に陥ってしまい、世界中で激しい非難と論争を生んだ。

 もう一つ、脳内でインターネットに接続できるということは、テストや受験でのカンニング等に悪用されたり、未成年者の育成にとって不適切な情報を遮断したり制限できなくなるのではないか? また、一見授業を受けているように見せて脳内ではゲームに明け暮れてしまうのではないか?という懸念が示唆された。

 この懸念に関しては、学校施設に防御装置(ジャミング)を張り巡らせ、インターネット通信を意図的に阻害し施設内を孤立(ローカルネット)化することで一応の対処がなった。

 これは副次的に教師間の連絡網や日程管理・職員会議の議事録作成・生徒情報の管理・勤怠の管理と評定などにも活用される運びとなり、大企業が社員の勤怠管理と評定に取り入れると共に顧客情報を独立機器(スタンドアローン)で管理するなどの派生も生んだ。

 この二つの制限は世界的に統一された法律となり、成人に達さない者のH・B化は原則禁止ということになった。


 大人からすれば、未成年者の未来と社会の秩序を考えた至極真っ当な措置なのだが、生まれたままの脳を持つ少年達はそうは思わないのが、少年の少年たるところだろう。

 授業を受ける生徒達からすれば、欲して止まない最新技術の粋を、教師達がひけらかすように行使して見えるのだ。

『教育指導要項が表示されたタブレットを参照しながら、モニターに板書し、教鞭をとる』という姿を見せてはいるが、定年間際の老いぼれ教師以外はH・Bであることはとっくの昔に生徒達にバレている。

 このような見せびらかしと抑圧に耐え忍べるほど少年達は人間ができていない(だから親の保護のもとで養育され教育を受けているわけだが)

 だからといって学校や自宅で暴れたり、市街で犯罪を犯すような馬鹿をするほど愚かでもない。

 また人目を忍んで違反することに優越する楽しさも知っている。


 反面、医学ではH・Bが一般に普及したことで頭部への治療と施術は大きくそのアプローチを変えなければならなくなった。

 生身の脳でさえ緻密で確実な施術が求められていたことに加え、ナノマシン医療で患部の発見が明確になっても脳がデリケートな部位であることには変わりなく、その施術は人の手で行わなければならない。

 H・Bになろうとも生身であろうとも、やはり人間の最重要器官の一つにあることに間違いはなく、手術に当たる専門医には生身とH・Bの両者を扱えるものが携わらなければならなくなった。


 その専門分野の最先端として脳神経科・脳神経外科に特化していると言われるのが、旧南あわじ市八木にある中島(ちゅうとう)病院である。


 昭和末期の開設以降、地域医療の徹底に努力しデイサービスや特別養護施設なども併設することで、過疎化や高齢化する淡路島南部の医療に注力してきた。

 一般的な診療のみならず、入院患者の心情を考えた環境整備をグループで行い、リハビリテーションにも力を入れており、その評価も高い。

 淡路島が新都に選定され、リニア線の駅舎が八木地区近辺と決まった際は立ち退きの不安も囁かれたが、淡路ファームパークに近いことや医療施設の移転は住民の不安や混乱を招くことから、リニア駅は少し南に下がった山林へと計画が変更された。

 この一件に起因して当時の理事長は高齢者向けの医療から全年齢を対象とした先進医療へと対処し扱う傾向が変わると察知し、リニア駅建設に伴う不動産の高騰よりも先に施設の拡充を決め、ベッド数の増加と医師・看護師の補充、さらにこれまで扱わなかった診療科目の増設を行った。

 無論、中島病院グループだけでこういった増設は叶わず、旧洲本市に新設された国生(こくしょう)大学の医学部と提携することで実現させた。

 当時中島病院単独で医師を集めることも難く、また日毎に高騰していく地価のために資金面でも苦しかったからだ。

 対して、国生大学は私立であるから後援の企業や投資家の出資もあり資金面で豊かであったのは言うまでもないが、どこよりも早く新都に大学を新設(それも保育所から小・中・高の一貫教育)するのは相当な冒険で、後々に生徒の確保は約束されているとしても、開校すぐに生徒を集められる『目玉』となる広告塔も欲していた。教育方針よりも全国各地の名だたる教授や著名人に招聘を打診し、彼らが首を縦に振るような設備も整えたかった。その一つが医学部の設置と研究施設と環境の整備だ。

 周囲一キロには丘や山林があり、リニア駅が開通して企業やマンションが増えてもファームパークは無くならないだろうし、丘や山も切り崩されまい。国の指針としても都市化の計画には自然保護と環境保護が盛り込まれていて、山岳と湖沼に大きく手を入れることは禁じられていた。

 無論、資本主義経済にどこまでの抑止になるかは言わずもがなだが、国生大の医学部教授の招聘は、中島病院との提携により環境・設備・資金などの力で成功したと言える。

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