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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第三章 広がる波紋
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予感 ⑤

 バイクを止め、ヘルメットを脱いで辺りを伺うが、川崎を呼びつけたらしい人影はない。


 ――イタズラか?――


「やあ、どうも」

「なぬ!?」

 川崎が子供におちょくられたのではと疑い始めた瞬間に、すぐ近くから声がして心臓が跳ね上がるほど驚いた。

「お前が呼び出したんか?」

 さっき辺りを見渡した時には周囲に人影はなかったが、声の主は川崎から二メートルと離れていない場所に立っていた。

「急に電話してごめんなさい」

 川崎の問いかけにすんなりと答えられて逆に困惑した。


 緊張も気負いもなく自然体で立つ少年は、青いTシャツに白のボタンシャツを重ね着してジーパンにスニーカーという出で立ちで、顔も髪型も声まで少年らしい幼さしか感じない。

 淡路島では何番目かに大きい会社の社長であり、社会人中心とはいえ淡路市で最大のバイクチームの大将である自分に、子供風情が物怖じせずに話しかけてくるのだ。恐れを知らないにしても程があるし、そうでなければ小馬鹿にされている感覚になる。


「電話の件はまあええわ。それより、ワシが何者か知ってて呼び出したんか? それとも、度胸試しか悪ふざけか? 返事によっちゃボッコボコやど?」

「どれでもないよ。電話で話した通り、川崎さんの野望を叶えるために手を組もうって話だよ」

 こともなげに言い放つ少年に、川崎は油断のない視線を向けて警戒を強める。


 ――何かがおかしい――


「野望ってなんやねん。人を暴走族かヤクザみたいに言うなよ、ガキ」

 明らかに少年は川崎を同列か下に見た立ち位置を取っている気がして、威嚇するように川崎は言葉を荒げる。

 少年の言う『野望』が何を指すのかは分からないが、当てずっぽうにしても図星をつかれて感情的になった。

「そうは思ってないけど、そうなりたい願望はあるよね。遷都のタイミングを利用して会社が大きくなれば、淡路島だけじゃなく近畿から関西の経済界で大きな顔ができる。多少の荒事ならバイクチームを兵隊にできるしさ」

 表情を変えずにスラスラと述べた少年に対し、川崎は不気味さを感じてわずかに後ずさる。

「なんや、人聞き悪いことをぬかすな!」

 どうにか言い返したが川崎の心は動揺でごった返す。


 ――なんや? 誰や? ワシの計画は親父にしか話したことないぞ? 親父が誰かに話したんか? 誰や? ワシを裏切ったんは、誰や?――


「違う違う。誰も裏切ってないよ」

「なっ!!」

 今度こそ川崎は少年から飛び退いて、戦闘態勢を取って体を緊張させる。

 不気味を通り越して恐怖すら感じたからだ。

「お前、ワシが考えとることが分かんのか?」

 少年より頭二つは上背のある川崎が、獲物を狙う猛獣のように体を丸く縮めて、いつでも戦える態勢を整える。

 だがそんな川崎を目の前にしても少年の表情や態度は変わらず、自然体で立っている。

「ハッキリとは分からないけどね。川崎さんはガードが固いから。でもこれで俺が電話で話したことは信じてもらえるよね」

 ニヤリと口元を歪めた少年に、川崎は少年との電話の内容を思い出す。

「ワシを思い通りの地位に据えてやる代わりに手下になれ、やったな」

 おずおずと返した川崎にうなずきかけ、少年は右手を差し出す。

「正直、俺一人の力で出来ることは沢山あるんだけど、一人ってやっぱり限界があるからね。仲間とか部下って必要だなって思うんだ。川崎さんもそうだろ?」

 少年の言う『出来ること』が何であるかが気になったが、考え方にはうなずかざるを得ない。


 一部上場企業を除けば、川崎の経営する会社は淡路島では最大規模だ。祖父の代までに築き上げた建築と土木だけではなく、川崎の父親は保険や介護などの業種にも手を広げたためにここまでの地位へと上り詰めた。遷都が完了して国生市に東京証券取引所が移転ないし同等の証券取引所が設置されれば、上場の手続きを行う準備も進めているくらいだ。

 それでも淡路暴走団のようなチームを持つのは、会社として表立った対処が困難な局面を処理するためと、若年層にも影響力を持つためだ。

 先程、少年の煽りに対して『暴力団や暴走族ではない』と切り捨ててはいるが、二十二世紀を目前とした今でも社会的な地位を築くためには正攻法のみとはいかないことを川崎は知っているし、光は必ず闇を生み、光の届かぬ場所で取り引きや行動することも必要だと父から教わってもいるし、その通りの局面も経験している。


「……心を読める相手に嘘はつけんわな。で? ワシを手下にするってか? ちょっと舐め過ぎちゃうか?」

 怯んで下がりかけた拳を構え直し、強面の顔面をさらに険しくする。

「そんなことはないよ。色々出来るって言ったでしょ。例えば、殴り合いを成立させないこともできるんだ」

 不敵な笑みを消して少年は軽く右手を持ち上げて、手の平を川崎に向ける。

「ぬ? ……ぐ、うん?」

 最初は突風が吹いたような弱い圧力がかかったが、足を踏ん張って耐えた。が、徐々に圧力は強まり、台風に揺さぶられる街路樹のように体全体が押し込まれる。咄嗟に右足を引いて態勢を整えるが、さらに強い力に押されて尻もちをついてしまう。

「このっ! ……うん?」

 急いで立ち上がろうと手をついて力を込めるが、どんなに力を込めても体はピクリとも動かない。

「何をした? これがお前の仕業なんか!?」

 前後にも左右にも動かない体で、なんとか態勢を変えようと力を込めるが、不可視の力を押し返せない。

「そうだよ。分かりやすく手をかざしたけど、そんなことしなくても同じことは出来る。どうだろう? 大人しく俺の手足になってくれないかな」

 川崎にかざしていた手を下ろし、少年は再度勧誘の言葉をかける。

 地面に手を付き少しだけ尻を浮かせた不自然な態勢のまま、一方的な選択を迫られて川崎は迷った。


 少年に屈服することは簡単だし、野望が叶うならばなんの申し分もない。だが川崎自身の事は約束できても、社員やメンバーの事まで確約するわけにはいかない。

「……ワシ一人がお前の言うことを聞くのは簡単や。けど、俺の会社やチームがお前の言いなりになるかは保証できんぞ。頭おかしなった思われたら、簡単に見限られるんが社会ゆうもんやし、自分の考えでワシから離れていくモンを引き止められへんのが日本の民主主義や」

 川崎はすでに蜘蛛の巣に引っかかった羽虫に過ぎないが、一般的な詭弁を並べて一応の抵抗はしておく。

 会社もバイクチームも川崎の成そうとすることならば川崎に異を唱える者は少数だろうと踏んではいる。そういった場合は意見を聞いて説得したりもするが、社員やメンバーにも拒否する権限と選択の自由があるから、無理強いしないのが川崎の流儀だ。

「ある程度は仕方ないと思ってるけどね。でも、早いか遅いかだから無意味だと思う。まあ、そこは川崎さんに任せるよ」

 少年の中抜きして飛躍した言葉は何を指しているのか理解できなかったが、一つだけ川崎は思い付いたことがある。


 ――理由はなんであれ、とにかく手っ取り早く仲間とか部下が欲しいってことだな?――

《正解。世界を破壊するのは簡単だけど、それじゃあ俺のパートナーが悲しむんでね。もう少し穏便に俺達の居場所を作りたいんだ》


「な、なんや!?」

 川崎の頭に突然響いた少年の声に、驚きのあまり腰を抜かしてしまった。

 少年は川崎の体から力が抜けたのを認めると、川崎を押し固めていた力を緩めて再び川崎に尻もちをつかせた。

「色々出来るって言ったでしょ」

「なん、おま、も、マンガか映画みたいやな……。ワケ分からん過ぎてなんや、どうでもようなってったわ」

 恐怖よりも混乱や動揺が大きくなってしまった川崎は、ものすごい勢いで頭をかきむしったあと両手で自分の頬を張った。

「分かるよ。俺も最初は混乱したから。……とりあえず、スカウトは成功したと思っていいのかな?」

 朗らかに笑いながら右手を差し出してくる少年に、川崎は精一杯の渋面を作って答える。

「荒っぽいスカウトじゃの。うちの会社も淡路暴走団もお前の好きにすればええ。一応、ワシの方が年上やよってん、敬語は使わんぞ?」

「こっちこそ指示や命令をする側だからタメ口を通すよ」

 少年の返事に川崎は心底嫌そうな顔をし、立ち上がりながら嫌味を返す。

「まるで王様か支配者気取りやな」

「そう思ってくれて構わないよ。淡路暴走団(アワボー)を従えるってことはそういうことだよ」

 少年は握手の様に差し伸べていた手を引っ込めて真面目な顔で言い放ち、顎をしゃくって川崎を睨みつけた。

 その一挙動で川崎は己の立場を認識し、ゆっくりと右手を挙げて胸に当てた。

「誰かの下につくとは思わんかったわ。で、ワシの上司の名前を教えてくれ」

「ああ、そっか。まだ言ってなかったっけ。……俺は高橋智明。川崎さんとの約束はちゃんと果たすから、力を貸してほしい」

 少年は名乗ると同時に軽く右手を差し出す。

 自然と川崎は膝を折ってかしこまり、服従の姿勢を取る。

「高橋智明か。……分かった。まずワシは何をすればいい?」

 真剣な眼差しを向ける川崎に、智明は一瞬苦笑してからしっかりと川崎と視線を合わせてテレパシーを送った。

「……分かった」

 一礼して頭を上げると、そこにはもう少年の姿は無かった。

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