明里新宮 ④
まだ少し照れ臭さを残しつつもハンバーグを平らげ、優里が食器の後片付けをする間に、智明は優里が買い揃えた日用品や掃除用具の片付けを仰せつかる。
その途中、智明がキッチンの吊り棚に食器を収めようとしていた手を止めた。
「? ……モア?」
洗い物を済ませて手を洗っていた優里が智明の真剣な様子に気付く。
「……正門の辺りに人が近付いてる。多分、朝来た警察官が戻ってこないから調べに来たんだろうな」
吊り棚に伸ばしていた手を下ろし、聞き耳を立てるように智明は黙る。
優里は智明の集中を邪魔しないように歩み寄り、不安げな表情で智明の手に自らの手を重ねる。
一瞬だけ優里に視線を向けた智明は優里の手を握り返し、また視線を落として集中を続ける。
「……帰ってくれたみたい」
「ホンマに? 良かった」
智明が集中を解いて微笑を浮かべると、優里も緊張を和らげて表情を緩め、安堵したことを伝えるためか智明に軽く体を寄せた。
優里をなだめるように背中を軽く二度たたきつつ、智明はふと思い付く。
「リリーにも出来るんじゃないか?」
「は? 何が? 何を?」
「えっと、なんて言えばいいんやろ。遠視?は、目の病気か。遠見とかリモートビューイングってやつだ」
唐突な言葉に優里は戸惑う。
「え、そんなん出来るわけないやん。私まだ中三やで」
「学年でできるようにはならないってば」
まるで高校生になれば修得できることのように答えた優里にしっかりとツッコみ、笑いながらも智明は考えをまとめていく。
「言葉のあややんか」
「ごめんごめん。でもさ、瞬間移動とかテレパシーとかできただろ? じゃあ遠見もできるんじゃないかなって思うよ。チャレンジしてみない?」
智明の期待に満ちた顔に反して優里は微妙な顔を見せる。智明のように能力を得た確信があれば実験的な挑戦にも前向きに取り組めるだろうが、普通の中学生として生活してきた優里にはそういった確信や取っ掛かりがないのだから、二つ返事で受け入れられるものではない。
「自信ないよ。テレパシーはモアが教えてくれたからそれっぽくは出来たかもしれへんけど、瞬間移動は私がやろうとして出来た事なんかも分からへんもん。それは無茶やと思うわ」
自信のなさを表すように後ずさる優里を、しっかりと握った手を引いて智明が引き止める。
「そんなことはないよ。もう何回も成功してるんだから、やってみて出来るなら儲けものじゃないか。やって出来なければ『やっぱりね』ってなるだけなんだし、やるだけやろうよ」
「んー。……まあ、うん」
たまたま運動会で活躍した足の早い女子を陸上部へ勧誘する教師のような智明の説得に、優里は渋々ながら首を縦に振り、どうするの?と智明に向けて首を傾ける。
「よし! よし! えっとね、要はイメージなんだよね。目を閉じて、オデコの辺りにスマホの画面を持ってきて、頭の上に虫とか鳥とかドローンみたいな『目』を浮かばせる感じ」
「うーん?」
身振り手振りを交えて伝えようとする智明だったが、優里には伝わらなかったようで口を『へ』の字に曲げてしかめ面になる。
「分かりにくいよな。んじゃあ、こっちのがいいかな……」
優里のモチベーションが下がらないように、智明は早々に伝え方を変更し、優里の肩に手をかけて互いの額をくっつける。
数時間前にテレパシーの練習をした時と同じ格好だ。
《見える? こんな感じで頭の中にスマホの画面をセットする感じ》
智明はテレパシーで説明しながら皇居周辺を遠見した映像を送る。
数秒だけ反応が無かったが、優里の肩が強張ってビクリと震えたかと思うと、テレパシーで言葉を返してきた。
《なんや、まんまスマホの画面やね。スマホスマホ言うから厚みとか待ち受けの壁紙まで考えてしもたわ》
《そっちで分かりにくかったのか。他の言い方すればよかったな》
意識を飛ばして皇居正門付近の景色を捉えつつ、それをテレパシーで優里と共有するというイメージ構築に気を取られ、智明の説明が分かりにくくなったことは優里には分からない。
《こうやって映像で見れたら分かりやすいわ。スマホもやけど、鳥とかドローンも分からんかったもん》
《あらら。でもこれで雰囲気は分かっただろ? やってみてよ》
優里の指摘に苦笑いしつつ、智明は優里に挑戦を促す。
《うん。……こう、かな?》
智明から送られていた映像がまぶたの裏から消えると、優里はイメージを固めて精神を集中させる。
少し少女っぽく、細かな彫刻が施された金縁の楕円形の鏡が額の辺りに浮かんでいる様をイメージし、自分の頭の上に小鳥が乗っている様もイメージする。
この小鳥を自分の代わりに飛び立たせ、洲本から皇居へテレパシーの細糸を投げかけた要領で遠見の足掛かりにしようとした。
瞑目した暗闇にモニターたる鏡の縁が浮かんでいるが、小鳥に託した視野はまだ鏡面には反映されない。
《難しいね。……何も見えへんわ》
《うん? リリー? ちゃんと見に行ってる?》
智明の感覚と違った印象に思わず問いかけたが、優里からは困惑した雰囲気しか返ってこない。
《見に行く? 見たいとこに飛ばしたのを受け取る感じやないん?》
《ああ、うん。それでもいいのかもだけど、自分の見たいものは自分の意識の欠片とか分身で見てこないと、見えない気がするよ》
智明の説明に優里は明らかに動揺し、額を離してアドバイスを反芻してみる。
「そういうこと? ほな小鳥チャンにお願いしたらあかんやんか。自分が小鳥に化けて見に行かなあかんってことやんな?」
「小鳥? お願い? ああ、うん、そう。俺が男だからかな……。俺は小型カメラ搭載したドローンを現地に飛ばしてスマホの画面に中継させてるイメージだから。リリーの感じで言ったら、自分の分身を小鳥の姿にして、鳥の目で見てくる感じだな」
「ふんふんふん。魔女のお使い猫とか天使の下僕みたいなやつやね。やってみる」
「お、おう。がんばれ」
優里が急にファンタジーに傾いたので慌てたが、とりあえず応援はしておく。優里が自分と同じ能力を修得できるならば、智明としては嬉しいことしかない。
目を閉じ黙り込む優里を眺めながら、期待の分だけ優里の肩にかけた手に力がこもるため、邪魔にならないように加減する。
対して優里はなかなか苦戦を強いられているようで、眉間にシワを寄せたり、驚いたように体を震わせたり、悔しそうに唇を噛んだりと、数分に渡って静かな挑戦が続いた。
「…………あ! 見えた! 皇居の囲いや!」
「お! やったか! そのまましばらくいろんなとこ見に行ってみて。今から俺も見に行くから」
「う、うん。やってみる」
瞑目した暗闇に浮かぶ鏡面に、昨日上空から見た『目』の字の皇居外塀が映し出され、閉ざされたままの巨大な門扉も認められた。
智明の言う『見に行く』の意味が分からなかったが、智明の指示がなくとも周辺の景色や地形を眺めたいと思い、優里は小鳥の目線を上向けて三原平野を広く望む。
諭鶴羽山地が蓄える豊かな森林が徐々に田畑と瓦屋根の住宅に変わり、背の高いビルディングとそれらを追い抜かんと工事中の防塵防音幕がそこいら中に林立している。そのまま西に向けば山中を貫いて伸びるリニア線高架橋が鳴門海峡大橋へと続き、北西には優里の生家のある西淡西路から西淡湊の港湾地帯が霞んで見える。北に向けば五色浜のリゾート地と遷都によって生まれた高級住宅街と、新たな政治拠点となる国会議事堂が伺え、その右には津名山地がそびえる。北東から東へと目を向けると、諭鶴羽山の裾野に隠されるように高層ビルが立ち始めた洲本市街地がある。
空模様は相変わらずの六月らしい曇り空だが、小鳥の目でなければ見れない眺望に優里はしばし時間を忘れた。
《リリー、すごいな。あれだけのヒントでもうこんなに上手に使ってる》
常人では経験できないパノラマを楽しんだあと、優里はイメージの小鳥をわずかに上昇させ、皇居を中心に円を描くように旋回させる。
学校の授業で習った遷都前の淡路島は、港湾地帯の周辺のみが都市化し、それ以外は山と田畑と溜池が目立つド田舎の印象だった。教師が時を進めて遷都が決定した時分になると、淡路瓦の鈍い墨色の住宅は少しずつマンションに建て変わり、放置されていた御領地や空き地や荒れ田は工場やビルへと開発された。辛うじて漁場と海岸と山地は国によって大規模な開発が禁止されたので、淡路島の本来の自然はまだ生き残っていると教師は懐古していた。
《モア。私にこんな日が来るとか、思わんかったよ》
優里の意識に優しく滑り込んできた智明に感動や興奮を短く伝え、優里の小鳥は旋回から滑空へと移り、諭鶴羽山の山頂付近から南淡北阿万地区へ気持ちよく流れる。
《そうだな。その気持ち、良く分かるよ》
ほんの二日ほど前に智明は予期せぬリノベーションを経験しただけに、優里の高揚は我が事のように同調できた。
逆に、優里が智明ほどの不調や痛みや恐怖を感じずに、今日のこの日を迎えたことは羨ましくてしょうがないが、優里があんな辛苦を経験せずに済んだことは喜ばなければならないとも思う。
《うにゃっ! 木にぶつかるかと思った!》
優里が少しはしゃぎすぎたせいか、大日川ダムにある公園から山林へと地を這うように小鳥を飛ばしていて、少しの油断から木を避けそこねてしまった。実際には小鳥はイメージだけの存在だし、仮想の小鳥目線で景色を遠見しているだけなので痛みも無ければ木を傷付けることもない。ただ景色を見ている優里と智明が木にぶつかったような錯覚がして肝を冷やすだけだ。
《まあ、CGのVR映像みたいなもんだからな。当たっても大丈夫だよ》
《そっか。そういう解釈やからモアは透視も出来るんやね?》
智明の透視とCGによるVRは全くの別物だが、ここまでの流れで智明の例えは優里に伝わりにくいと判明しているので、あえての解説は避けた。
《まあ、そうかな。リリーが覚えたかったら教えるけど……》
《んー。透視はええわ》
《だよね》
優里の正義感や道徳心を知る智明としては、優里が覗き行為ともいえる透視に興味を示さないとは思っていたが、一応は聞いてみた。案の定の返答だったが、智明よりも学業が芳しい優里ならば透視能力が必要になった際は自力で身につけられるとも思ったので、智明はあえて教導しなかった。
そこからは智明も遠見の能力を発現させ、互いにテレパシーで視野を共有しあい、智明の仮想のドローンを優里の仮想の小鳥が追いかけるという新感覚の鬼ごっこが始まった。
皇居上空を何周か旋回した智明ドローンが急ターンで市街地へと直進し、優里の小鳥が映像を頼りに追いかけるのだ。
これがなかなかに困難で、都市化が進んだとはいえまだまだ淡路島はランドマークや目印が少なく、住み慣れていない土地ということもあって優里は大変に苦戦した。
都度都度で智明がヒントを出したり、イメージによる操作や技術向上になるようなアドバイスを出すことで、山中の木々を避けながらの鬼ごっこでも優里は智明に追いすがるまでになった。
まるで諭鶴羽神社に伝わる伝承の如く、イザナギとイザナミが鶴の羽に乗って戯れるかのような二人だけの遊戯は、智明が予想もしなかった結末を迎える。
《ここやろ!》
《マジか》
湧き水の小さな流れの中から垂直に飛び上がった智明ドローンを、優里は的確な予想と巧みな回り込みで撹乱し、見事に智明を補足した。
《参ったか》
《流石だなぁ。上達が早いよ。……あ……》
幼馴染みから恋人へと成った智明に勝者の余裕を見せつけていた優里だったが、上空から地表を見下ろしたまま固定されている智明ドローンの映像に気が付く。
《モア? どうしたん?》
呼びかけるが智明は答えない。
よくよく映像を見て優里はある事に思い至る。
山中に引かれた一本の真新しい舗装路が、鮮やかな緑から黒ぐろとした土の面を見せる大穴で途切れてい、大穴を越えた先には真新しいいびつな囲いが伺えた。
《これって、もしかして……》
絶句する優里に智明が答える。
《こめん。今朝、俺がやらかしたところだよ》
優里の想像通りの返事が返ってきてしまい、ますますかける言葉を失ってしまう。
高空からほぼ真下を向いている智明のドローンは、智明の設定したまぶたの裏のスマホ画面に収まらないほどの大穴を映し出してい、いたたまれなくなった優里が先に精神集中を途絶させてしまう。
「………モア」
優里は肉声で恋人の名を呼び、言葉やテレパシー以上に気持ちを伝えようと優しく智明をハグした。
そのハグで智明の硬直は解け、意識を皇居のキッチンに舞い戻らせて優里を抱き返す。
「ごめん。大丈夫だよ」
「ホンマに?」
「せっかくリリーが立ち直らせてくれたんだもん。いつまでも弱音を吐いてられないよ」
言葉とは裏腹に、智明は優里の腰をしっかりと抱きとめ、頭に添えた手は優里の髪を撫でる。
「それならええんやけど」
「大丈夫」
智明は変わらず平気な素振りを見せるが、優里が言い淀んだ理由までは気にしていない。
優里の予想としては、このまま智明の強がりを信じてしまうと、きっとまたふとした拍子に智明の心が惑う気がしていた。ならば、何かで智明の後悔や懺悔を雪ぐ行動や印を持つべきではと考えをめぐらせる。
「そうや! なあ? こんな感じで大勢が本意じゃない亡くなり方をした時って、慰霊碑とか建てるやん? そういうのでお詫びして弔ってあげたらええんやないかな?」
やや智明の体を押し返すようにして提案した優里を、智明はジッと見つめてその言葉を繰り返す。
「慰霊碑か。弔い、な……。そうだな。それがいいかもしれない」
沈みきっていた智明の表情は、晴れやかとまではいかないが、柔らかく笑えるほどにはなった。
「それにな、モアが身を守る以外の殺生はしませんっていうのも誓ったらええんやないかな。物に遺しといたら誓いって意味もあるし、心に重く残るやろ」
「おお! やっぱりリリーはすごいな! 大好きだ!」
「ふあ、ちょ! ん、んん!」
優里の提案ですっかり気持ちを入れ替えてしまった智明は思い切り優里を抱きしめ、勢いのままキスをした。
「…………んもう……」
唇を塞ぎ舌を絡め音を立てて吸い付く智明に優里は呆れたが、一応智明の気分は上がってきたようなので良しとしておく。
「早速やってしまおうと思うんだけど、手伝ってくれる?」
「え、私が? あんな大っきな穴を埋めたり、慰霊碑作ったりなんかできへんよ?」
「もちろん、教えるから」
優里はそういうことかと理解はしたが、さっきどん底まで落ち込んだ智明が楽しそうに笑う姿に一瞬だけイラッとした。
「さあ、行こう!」
「……うん」
それでも嬉々とした表情で自分を誘う智明に同調して、彼の差し伸べる手を取り優里は瞬間移動に備える。
智明は優里を選び、優里はその智明に付いて行くと決めたのだ。瞬間的な苛立ちや嫌悪感よりも、愛や恋に溺れて好きになった相手に委ねて良いと考えてしまう。
二人はまだ中学生なのだ。
智明の瞬間移動で移動した先は、昨日までは無かった外塀とも城壁ともいえる囲いの上で、智明の説明では今朝方にあつらえたばかりという。
先程の遠見で見た大穴はその囲いの一部を飲み込んでしまっていて、円形に大地を刳り取り、クレーターのようなすり鉢状の深さもある。
囲いを仕立てた規模も大穴をこしらえた規模も、智明一人の仕業と考えると優里は小さく震えた。
「これを、モアがやったんやね」
「……うん」
怯えとも畏怖とも言えぬ優里の声に、智明も低い温度でうなずき返す。
「こんなことをしてしまえる力なんやね」
目の前に鎮座する直径約五十メートル深さ約十五メートルの人工のクレーターを見てしまうと、少女の感想はこういったものになるだろう。
まだ明言してはいないが、自分にもこんなことができてしまう素養があることに優里は恐れを抱き始めている。
「うん。……でも使い方と考え方なんじゃないかなと思うんだ。今日の昼ご飯にリリーがハンバーグを作ってくれただろ? あんな感じに材料を揃えて分量を計って、丸めて空気を抜いて火が通るまで焼いて、ソース作って出来上がり。……この城壁は料理みたいに段取り踏んで作ったんだよ」
「そうなんや」
優里は『味付けとパテのコネ方も大事なんやで』と思ったが、今は言わずにおいた。
「でもこっちの穴はそんな計算とか段取りもなしに、ただただ恐怖とか危険から逃れたい一心で爆発させただけだったんだ。こんな酷い結果になると思わなかったし、こんな大きな力とも思ってなかった。腹を空かした原始人が猟で肉を手に入れたのに、火加減もわからずに肉を焼いて焦がしちゃった気分だよ」
「……うん」
前半は智明の懺悔であり言い訳なのが分かったから優里は何も言うつもりはなかったが、後半の例えはちょっとズレていたのでとりあえず返事だけ返しておいた。
「だからって訳じゃないんだけど、この能力を使う時は、計算とか段取りとか力加減とかをしっかり考えて、落ち着いて使えばこんなことにはならないから。エアガンとか暴言と一緒で人に向けなかったら怖いことはないから」
先程までの悲観的な声のトーンから優しく包む声に変わり、智明はそっと優里の腰を抱く。その動作で智明が優里の動揺や恐れを案じてくれているのが分かり、なおかつ優里自身が気付かないうちにそういったマイナスの感情が表に出てしまっていたことに気付かされた。
「ごめん。ありがと。……でも私は、そんなのは無いから……」
「分かってる。でも俺はもう優里を巻き込んじゃってる。この先、何があるか分からないから、その時に俺の失敗の原因とか理由を知ってるのと知らないのとでは結果が変わってくるから」
智明の言葉は優里に不安を与えるだけだったが、優里に向けられた智明の表情には優里の攻撃性や暴力性を危惧していないと分かるし、何らかの理由で優里が防御のために力を使う可能性を想定しているのだと考えてみれば、それは智明の優里に対する優しさや守り方なのでは思えた。
この八年間ずっと智明が優里に向けてくれていた優しさと同じものだろうと思えた。
「それは……そうやね。そんなこと有り得へんって言いかけたけど、何が起こるか分からんもんね。私も気を引き締めなあかんね。……じゃあ、今から作る慰霊碑は私に対しての戒めにもなるんやね」
「ああ、うん。ごめんな。巻き込んじゃってるね」
「そんなん今更やわ。なんとか誰も傷付かんように、誰も損せえへんように、上手いこと考えて行こうよ」
どうしても後ろ向きな発言をしてしまいがちな智明に対して、優里はなるべく前向きに堅実にと発言していく。
小学生時代とは事態の大きさや社会性が段違いだが、ある意味で小学生時代から続く二人の変わらぬやり取りだ。
ただこれまでと違うのは、二人は高校受験を控えた年齢になり、心も体も大人へと近付き、二人だけの空間へと逃げ込んでキスをしセックスをした恋人同士だ。想い合う先に甘やかな理想も持って当然の関係なのだ。
「そうしよう。もちろん、俺は優里にそんなことをさせないように頑張るつもりだし、ずっとリリーが笑ってられるように努力するつもりだよ」
「ふふ、ありがとう。私もモアの手助けをして、モアが変なことせえへんように注意とかしていくな」
「え、そっち?」
「そうやで。今まで通りやんか」
寄り添い抱き合うまではいい雰囲気だったが、優里の肩透かしに智明はずっこけた。それでも気を取り直して優里を抱きしめ、短くキスをして見つめ合う。
「とりあえず、初めての二人の共同作業をやりますか」
「初めてが整地と慰霊碑ってどうなんやろなぁ……」
少し不満な顔をする優里をなだめすかし、また智明がレクチャーをしながら大穴と城壁の修繕を行っていく。
力仕事ではないが、範囲が広く知覚を最大限に行使しなければならないために、より強いイメージと集中を必要としたので、修繕と慰霊碑の建立にはかなりの時間と労力を費やした。