明里新宮 ①
洲本市街地にある大型ショッピングモールの開店時間までに、優里は銀行で五万円を引き出して、コンビニで間に合わせのコスメとアメニティーを買ってトイレで身支度を整えた。
土曜日の朝ということもあって長時間トイレを占領しても迷惑にならずに済んだようだ。
可能ならヘアケアもしておきたかったが、コンビニでは間に合わせられなかった。
ともあれコスメやアメニティーは一緒に買った紙袋に放り込んで、すでに開店しているはずのショッピングモールを目指す。
「……あかんあかん! 服屋さんで時間使いすぎやわ! いっぺんに買わんでもまた来たらええんやから、ご飯の材料買いに行こ!」
天皇新居所は、内装もほぼ出来上がっていて家具や家電はすでに使用できる状態になっていたが、いかんせん入居前の空き家である。
衣服やタオルなどは当然ながら用意されておらず、食器や洗剤やトイレットペーパーや掃除道具も揃っていない。優里が一番辛かったのはシャンプーやボディーソープが無かったことで、洲本に入っていの一番に銭湯を探しかけたくらい入浴を欲している。
その証拠にタオル類とシャンプー類は普段優里が使っている少し高級な物を購入した。その代わりと言ってはなんだが、食器や掃除道具は百円均一で済ませているし、替えの下着やルームウェアもなるべく安価な物にした。
「モアはそんなこと気にしやんと思うけど、無駄遣いはあかんよね。……それより、お昼ご飯やねぇ〜。何にしようかしらん……」
買った商品を紙袋三つにまとめてカートに載せ、左手をほっぺに当てながら食品売り場を歩いている自分に気付いて、誰に見られているわけでもないのに優里は照れて笑った。
まだ高校にも入学していないのに仕草や言葉が主婦だったからだ。
「ふふ。……初めてモアに食べてもらうんやし、ハンバーグにしよ。……あ、晩御飯も作らなアカンから、晩は焼きそばでええかな。ちょっとかさ張るし」
新婚気分――というと浮かれ過ぎなのでリアルなおままごとと思い込ませながら、優里は買い物かごに食材を入れていく。
レジに並ぶ直前に翌朝の朝ご飯を考えてなかったことを思い出して、慌てて食パンと牛乳を取りに行くハプニングもあったが、なんとか予定していた買い物を済ませてショッピングモールを出る。
「ちょっと、控えたはずなんだけどなぁ……。んんっ! 重いっ!」
さすがに引きずるような運び方はしなかったが、昼に近い時間なのでショッピングモール付近は人通りが多く、おいそれと智明を呼ぶわけにいかなかった。
「……しゃあないか……」
ショッピングモールから道路を渡った区画に広めの公園が見えたので、優里は公園の公衆トイレを利用することにした。
優里の中で公園の公衆トイレは不潔な印象があるし、それでなくてもトイレの床に荷物を置くことに抵抗があったので、なるべくトイレから帰途につきたくはなかった。
どうせトイレから帰るなら、公衆トイレよりショッピングモールのトイレからにすればよかったと後悔しつつ、智明に呼びかけながら公衆トイレへ向かう。
《モア! 買い物、終わったで!》
紙袋の持ち手が指に食い込む痛みと、買った品物の重さに耐えながら優里は公衆トイレに一番近いベンチまでなんとか歩んでいく。
《モア! どうしたん? 迎えに来て!》
紙袋をベンチに置いて、乱れた呼吸を整えながら必死に智明に呼びかけるが、一向に返事が来ない。
「あれ? なんで、やろ……はあ、はふ……」
指の痛みをもんで和らげながら呼吸を整え、優里は数時間前の智明との練習を思い出してみる。
「そっか。……オデコからビーム飛ばすんやったっけ」
心で叫ぶだけじゃなかったことを思い出し、優里は心を落ち着けて精神を集中させ、智明を思い浮かべながら毛糸玉を投げるようなイメージを作った。
天皇新皇居は諭鶴羽山にあると知ってはいても、今智明がどこに居るか正確に分からないので、投げ釣りの要領でそれらしいポイントに糸玉を向かわせたイメージだ。
《モア! モア!! モア!!!》
《リ・リー……》
――見つけた! 繋がった!――
と快際を喜んだのも束の間で、どうやら智明の様子がおかしい。
《どうしたん? 何かあったん!?》
《ごめん……ごめん……》
《モア!!》
何度呼びかけても、どんなふうに問いかけても智明からは弱々しい謝罪しか帰ってこない。
今朝、智明が優里を送ってくれた際に、工事の業者が来るかもしれないと智明は予想していた。ということは、工事業者か警察が来て智明の身に何かあったのかもしれない。
《すぐ行く!》
決意の意識を智明へと送り付け、優里は目を閉じ大きな深呼吸を三回して体の力を抜いて、先程以上に智明の居場所と存在を強くイメージする。
ベンチに置いた紙袋に軽く手を掛け、もう一度深呼吸をして翔んだ!
一秒以下のブラックアウトのあと、地面に座り込んでうなだれる智明の上空に出た。
「モア!」
両手にぶら下がった荷物のせいか、使い慣れない能力のせいか、優里はヒラリヒラリと虚空を舞い降りて智明の傍に立つ。
「何があったん? 私がそばに居るよ! もう大丈夫や!」
「……リリー、ごめん……」
現実の声でも弱々しく謝る智明を見て、優里は荷物を手放して智明を抱きしめた。