十五歳の日常 ⑤
「てかさ、遷都とか天皇とかで盛り上がるのはいいんだけど、その前に世紀末だろ。来年はもう二十二世紀だぞ」
「二年後な。二一〇一年からが二十二世紀な。リリーが言ってたから間違いないぞ」
「マジか。てか、おばちゃんも新世紀になるんだから淡路弁直したら? そろそろ淡路弁分かる人減ってきてんじゃない?」
ブタ玉とスジコンを運んできたおばちゃんは、真の提案に顔をしかめた。
「ダァホ。じきに淡路弁が標準語になんねさかい、おまはんらこそ淡路弁習うたらええんが。おばちゃんがおせたろか?」
「そんな怒んなくていいじゃん」
「……また今度にしょうわ。おら腹減っとっさかい、先、お好み食てまいたい」
思い出しながら智明が淡路弁で話すと、おばちゃんと真は意外だったのか、口を開けっ放しにして停止した。
「あれ? まっちゃえとったけ?」
「……トモくんの方が賢いのぅ。もう二カ国語しゃべれるねーかれ」
先に現実に戻ってきたおばちゃんは、楽しそうに笑いながら鉄板の横の定位置へ戻っていった。
「……おばちゃん、自分で二カ国語言うてるぞ。てかお前、どこでそれ覚えたんだ?」
「うちは父親が関東なんだけど、会社が新都に移るってんでこっちに来たクチらしい。んで母親と出会って結婚して俺が産まれたらしいぞ」
「へえ。そうなのか。その割には小学校で淡路弁使ってなかったよな?」
智明が初めて明かす話に真はちょっと驚いている。対して智明は家庭のことを明かすので少し気恥ずかしい。
「なんかな、新都になるからって体裁を気にして、あえて標準語っぽく育てたらしいぞ。それでもジイチャンバアチャンとか、近所の淡路弁の人とは淡路弁使ってるわけだから、俺もちょっとは話せる感じなだけだな」
話しながらブタ玉を切り分け終わったので、一個すくい上げてフーフーして口に運ぶ。
真はちょっと感心した感じで、スジコンを切り分け始めながら智明を褒める。
「それはそれでカッケーよ。来年あたり流行るかもしれないから、今度教えてくれよ」
「あんな汚い訛りが流行るかよ。つか、長時間はしんどいって」
「分からんぞ? 流行りに理由なんか無いからな。……アチチッ」
「……そんなもんかねぇ」
真にコーラを手渡してやりながら智明は別のことを考える。
ここ数年の母親の冷たい態度は、自分の行いだけが原因ではないだろうとは思う。淡路弁を『汚い訛り』と思ってしまうのも、耳に入る語感と母親の態度だけではないとも思う。が、方言で怒鳴られたり罵られたりするよりも、聞こえるか聞こえないかの囁きで突き放される方がショックは大きい。
ふと、夕方に優里がもらした一言が脳裏をよぎった。
『家のこととかでストレスがある』
そんなようなことを言っていた。
あんなに綺麗に自分のリズムで関西弁を話す優里に、家庭の問題があるとは思えないし思いたくない。
あの場で聞けなかったことを今更になって後悔してしまう。
「あ、なあ。真はリリーのこと、どう思う?」
「どうも何も、頭いいし家は金持ちだし、友達も多いし。羨ましいことだらけだぞ」
「友達の多さじゃお前も変わらないだろ。家だって貧乏じゃないし。そうじゃなくて、女としてというか、なんていうか、好きとかそっちの話だよ」
思い切って聞いた智明に対して、真は口に運びかけたコテを宙ぶらりんに止めて智明を見る。
「なんだよ? なんかあったのか?」
「何もないけど……」
「その感じはなんかあるだろ。アレか、ムケタ早々に優里に勃ったのか? 恋しちゃったのか?」
「お、お、俺のことはいいだろ。真がリリーのことをどう思ってるか気になっただけだよ」
智明は初めての自慰行為を覗かれていたような恥ずかしさを誤魔化しながら、それでも真の気持ちを聞き出すことにこだわる。
「……頭いいし、可愛いし、愛想もいいんだ。嫌いなわけないだろ。付き合うとかヤルとか想像はしても、そういう事にはならんだろうけどな」
智明から視線を外して独り言のように言ってから、真はコテに乗ったままだったスジコンを頬張る。
「そうか。そうだよな」
「そうだよ。……お前もだろ?」
「……そうだよ」
智明は本心を晒すべきか一瞬迷ったが、真の語ってくれた本音を無下にしてはいけないと思い、正直に答えた。
「だよな。優里は賢い学校に行くみたいだし、そうなったら顔が良くて頭いいやつとか、スポーツのすごいやつと出会うだろ。したら、俺らなんか太刀打ちできないだろうしな。しょうがねーよな」
智明が優里の恋人になる自信がないように、真もまた優里には相応しくないと思っているようだ。
「お前は、優里を追いかけられるだろ。ハベってんだし」
「アホ。良い学校はそういうズルに厳しいんだよ。第一、俺の内申はすこぶる悪い。どのみち無理だよ」
よくそんなこと知ってるなと思いつつ、智明は優里との会話を思い出して、言葉を紡ぐ。
「話変わるけど、リリーがお前のこと気にしてたぞ」
「は? なんで?」
「法律破ってハベってんじゃないかって」
「…………言ったのか?」
「バラすわけないだろ。そこははぐらかしたよ」
「そうか。すまん」
「それで、スマホ使わなすぎだと怪しまれるよって。気をつけろって、心配してた」
「なるほど。さすがだな」
真は一瞬体をビクリとさせるほど驚いてから、すぐに納得し、残っていたコーラを一気に飲み干した。
「…………なんか青春だな、オイ」
「そ、そうなのか?」
やたらに明るく振る舞いだした真に、智明は気後れを感じる。
「そうだろ。女のこと話したり、意味なくモヤモヤするのは青春だろ」
「また誰かの入れ知恵だな、それは」
「お好み食ったらアワイチ行こうぜ」
「今からか?」
智明の肩を強めに叩いてきた真に、一応聞き返す。
アワイチとは、淡路島一周を指す言葉で、スポーツバイシクルでのサイクリングや、中型バイクのツーリングのルートとして近畿地方で定着したものの一つだ。
真が親に隠れて勝手に乗り回しているバイクは400ccの比較的パワーのあるバイクだが、智明の家のバイクは125cc なので非力でスピードも出ない。
アワイチはバイクなら四時間もかからないが、すでに午後十一時に近い。
「今だから、だよ」
尻込みする智明に、真は楽しそうに言い放ち、おばちゃんにコーラを注文した。
いつも真の勢いやノリに振り回される感のある智明だが、本当にやりたくないことはちゃんと拒否するし、真もつまらなそうに機嫌を損ねるが、納得もしてくれる。
真も、優里や自分のように鬱屈したものや溜め込んだものがあるのだとすれば、自分が付き合えることはやってやろうと思う。
「ま、お前が行くならついてってやるかな」
多少熱っぽさを感じたが、智明はもう一度真のコーラとペットボトルを打ち合わせた。