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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 明里新宮
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咆哮 ⑥

    ※


「……ぁふわ?」

 誰かに呼ばれた気がして城ヶ崎真が目を覚ますと、自室のドアが激しくノックされていることに気付く。

「な、何? 誰?」

「真! 起きなさい!」

 激しいノックで真を呼んでいたのは三歳上の姉の(こころ)だ。

「姉ちゃんか。起きてるよ」

「優里ちゃんとこのお母さんから電話! 早く出なさい!」

「んー。……あいあい」

 父と母が真にあまり干渉しないせいか、心は真に対して強くあたってくる。

 それすらも軽く流してしまう真は、心の命令にもアクビをしながら応え、置き電話の子機を取る。

「……はい、真っす」

「ああ! 真君! 土曜日の朝にごめんなさいね」

 スピーカーから聞こえる声は間違いなく優里の母親の声だが、何年ぶりかに聞くうえにとても慌てているようだ。

「いや、いいっすけど。どうしたんすか?」

 バイクチームWSSのリーダー本田鉄郎と会見したあと、田尻と紀夫と真の三人で深夜のファミレスに立ち寄って朝までダベッてからの爆睡明けのため、真の頭はまだ起きていない。

「優里が居ないの! 昨日の夕方に帰ってきた形跡はあるのに、姿がないの! 真君に何か言ってなかった? 何か聞いていない?」

「ちょ、ちょっと待って! いっぺんに言わないで」

 準備のできていないところに矢継ぎ早の質問で真の方が慌ててしまう。

「ご、ごめんなさい。優里が誰にも何も言わずに家を空けることなんてなかったから、つい……」

「優里がいなくなったの? いつからっすか、いつ分かったんすか?」

「そう、たぶん昨日の夕方に一度家に帰ったのは間違いないのよ。学校の鞄が部屋にあったから。でも夕食に手を付けてなかったから、一度帰ったあとにどこかへ出掛けているのかと思ってたの。でも夜になっても帰らないし、電話もしてこなかったから、何か誰かのところに連絡してないかと思ったの」

「それは、おかしいな。優里はそんなことしないもんな」

 優里の母親が語った状況はこれまでの優里からは考えられない行動だ。

 真と優里は八年ちょっとの付き合いだが、智明も含め幼馴染みとして密な付き合いがあった。遊ぶ約束を守れない時は必ず連絡を取り合ったし、遅れる時も何がしかの合図をしあったし、連絡無しで反故にするということはなかった。

 ましてやなんの連絡もせずに一晩も家を空けたことなど聞いたこともないし、そんな振る舞いをする性格でもない。

「真君もそう思う? 智明ちゃんのところは誰もいないみたいだし、真君のところにも居ないとなると、私どうしたらいいのか……」

「え? 智明の家、誰も出なかったの?」

 昨日の智明の様子からすれば智明が自宅にとどまっているとは思わなかったが、智明の両親も家に居ないというのは引っかかった。

 以前から智明自身がこぼしていたように、ここ何年か智明の両親は真が見ても分かるほど智明との関係に垣根や溝があった。とはいえ、週末の午前中に自宅の電話に誰も出ないというのはおかしいと感じる。

「他に優里が立ち寄りそうなところに連絡はしてみた?」

「思い当たるところには連絡してみたけれど、学校で別れたきりだって」

 優里の母親の声が慌てたり焦った声色から、心細く不安な声へとトーンダウンしていく。

 それに合わせて真にも一つの予想が確信へと変わっていく。

「おばさん、ちょっと今からそっちに行くよ」

「それはいいけど、どうして?」

「ちょっと確かめたいことがあるから」

「そ、そう。分かったわ」

「おばさんはもう一度思い当たるとこに連絡してみて」

「分かったわ。真君、ごめんなさいね」

 電話を切ってすぐ、真は着替えと身支度を済ませて一階へと下りる。


「真! どっか行くの?」

 階段を下りてすぐの開け放たれたリビングから心が真を呼び止めた。

「ああ。ちょっと優里の家まで行ってくる」

 ソファーにもたれたまま顔だけ向けた心をチラ見しつつ、真は立ち止まらずに玄関に向かう。

「またきよし兄ちゃんのバイク使うつもり?」

 スニーカーを履いている真の後ろに立って心が痛いとこをついて来る。


 真が乗り回しているバイクは六つ上の兄が所有しているもので、会社員として働き始めた兄の興味は乗用車に向いてしまい、手付かずのバイクを無断で乗り回している。

「それしかアシがないんだからいいじゃん。兄ちゃんも怒ってないし」

「アンタが怒って聞く性格じゃないから放っておかれてるだけなの、気付かないの?」

「あとは姉ちゃんだけだな。口うるさいのは。て、なんて格好してんだよ……」

 心の皮肉を最上級の嫌味で返してやろうと振り返ると、部屋着感丸出しのピンクのタンクトップとブルーのショートパンツ姿で仁王立ちしている心を見上げる形になって、真は動揺した。

「自分ちなんだから私の勝手でしょ」

 不必要に近い位置に立っているので、健康的な太ももやボリュームのある乳房に目がいってしまう。

「その割には寒そうじゃないか。乳首立ってるぞ」

「アンタも年相応になったんだね。どお? 奇麗なお姉ちゃんが家に居るっていいもんでしょ?」

 勝ち誇ったような顔でグラビアアイドルのように腕を組んで乳房を持ち上げる心に、真は照れ隠しで視線をそらす。

「自分で言うなよ。家族にムラムラするもんか」

「外で女遊びをされちゃ困るのよ。ちょっと前まで一緒にお風呂入ってた仲じゃない」

「す、するか!」

 とっくにスニーカーは履き終わっていたが、思春期真っ只中とはいえ女遊びをしないか心配されていることに動揺したスキに、心はしゃがみこんで後ろから真を抱くようにする。

「……アンタ、私を家族だと思ってくれるんだったら、あんまり心配させないでよね」

「わ、分かってるよ」

 背中に押し当てられる感触と耳元でささやかれた心の声とのギャップに戸惑いながら、一応素直な返事を返す。

「父さんや母さんも、何も言わないけど心配してるんだよ」

「……お、おう」

 小学生の頃は父や母にはよく叱られた。

学校の成績や礼儀や作法や約束には厳しい家庭だった。兄の清とも年齢差があるぶん、理不尽な命令やからかいを受けてよく喧嘩もした。その度に姉の心が慰めてくれたり仲裁をしてくれた。

 今では父も母も兄も真とは一線を引き、会話どころか挨拶をすることもなくなり、心が真の世話を焼いてくれるのみだ。

 その心から、心らしい家族の絆の伝え方をされて真は少しだけ感動してしまった。

「……女遊び、しちゃダメだからね」

「あのな、さっきの感動を返してくれないか。朝っぱらから下ネタとか、気持ちの整理がつかねーよ」

「いいじゃん。レベルの低い女と問題起こされたら私の進路にも響くんだし。私もくだらない男に振り回されるより弟の心配してる方が楽なんだから」

「結局、自分のためかよ! てか、また別れたのかよ」

「私のためになることはアンタのためにもなるのよ。それに、私に相応しい男と出会えなかっただけなんだから、なんてことないわ」

 確かに心は整った容姿をしているので結構モテているらしいが、いかんせん心には男を見る目がないようだ。

 たくさんある告白やデートの申し込みの中からチョイスした男とは、大抵半年ともたずふっている。

「付き合ってすぐ別れる方が進路に影響あるんじゃないか?」

「うるさいわね! それより、アンタこそ私以上のレベルの女じゃなきゃ、付き合うとか許さないんだからね!」

 謎のハードルを設ける姉に、真は力一杯抗議しておく。

「いやいや! これから俺は優里のとこに行くって言ったろ! 姉ちゃんも優里なら文句ないだろ?」

「優里ちゃんかぁ。……確かにお姉さんキャラだし私と同レベルだもんな。……失敗したな」

 意味不明な姉の懐古を振り払うように、抱きついている姉の手を叩いて引き離して真は立ち上がる。

「優里が行方不明って話だから急ぐんだってば」

「そうなの? 分かった。気をつけなさいよ? 昨日も近所で爆発騒ぎがあったばかりなんだからね」

「ああ、分かってるよ」

 心から改めて注意されなくとも、真は昨日の閃光と爆発音騒ぎの真っ只中にいたのだ。他の誰よりも注意を払っているつもりだ。

「あ、ちょ、行ってきます」

「ん、うん。行ってらっしゃい」

 抱きつこうとしたのか、真の方へ手を伸ばしてきた心の誘惑を振り切って、ヘルメットを掴んで庭へと急ぐ。

 庭の門を開け、バイクにキーを挿してヘルメットをかぶる前に深呼吸を一つ。

 ――ああ、姉ちゃんなりにリラックスさせてくれたのか――

 部屋から下りた時の自分はかなり強張った表情だったのだろう。そのまま出掛けていたらヘルメットをかぶる前に深呼吸する余裕もなかったに違いない。

 優里が消息不明になったことと、智明とその両親の不可解な行動はきっと関係しているに違いないと思えるし、今時点で危機感を持って行動できるのは自分しか居ないと思うと、いやでも力が入ってしまう。

 それを一瞬で見抜いて和らげてくれるのは、心の言う家族の絆というやつなのだろう。

 バイクを押して門まで進むと、玄関ドアを半開きにして真を見つめる心が立っている。

 改めて真が『行ってきます』と小さく敬礼すると、心は不安げな笑顔ながら手を振って送り出してくれた。

 ――もしかしてブラコンなのか?――

 我が姉のどこまでが性癖でどこまでが気遣いかを見極めきれないが、苦笑いしつつ真も手を振り返してバイクをスタートさせた。


 自宅周辺の路地を低速で通り抜け、淡路サンセットラインを東進して西路へと入る。川沿いから路地へとハンドルを切り、久しぶりに訪れた鬼頭家の門をくぐる。

「――真君? バイクで来たの?」

「おばさん、ごめん。もしかしたら走り回らなきゃだからバイクで来たんだよ。ナイショね、ナイショ」

 バイクの音を聞きつけて玄関から顔を出した優里の母親を拝みつつ、真はヘルメットを脱いで母屋へと近付く。

「それより、やっぱり連絡はなかった?」

「いろいろ連絡はしてみたんだけど……」

 電話で聞いた声よりも不安や心配が大きくなっているようで、真が初めて見る不安げな表情に使命感が湧いてくる。

「そっか。とりあえず、優里の部屋を見てみてもいいかな」

「構わないけれど……。何か思い当たることがあるの?」

「ま、まあ、うん」

 優里の母親からツッコまれると明確な返事は出来なかったが、優里の部屋を見ておく必要はあると感じたから真は優里の自宅までバイクを飛ばしてきた。


 警察ではないし探偵でもないし推理小説マニアでもないが、もしも優里が姿を消した原因に智明が関わっているとするならば、学校や通学路やどこかの店舗などではなく、優里の部屋に現れ、優里の部屋から連れ去ったに違いない。

 現に一度、智明は真の部屋に唐突に現れ、真を連れて上空へと瞬間移動している。


 優里の母親の後について玄関に入り、スニーカーを脱いで階段を上がって優里の部屋へと入る。

「なんか久しぶりに来たけど、あんまり変わってないね」

 勉強机やベッドの位置は変わっておらず、おもちゃ箱のような収納がなくなった代わりにブックシェルフや簡易クロークが置かれている。

「何か、分かるかしら?」

 昔を懐かしむ真の横で優里の母親は不安の中に小さな期待を滲ませる。

「ああ、うん。……優里は鞄とか服とか、場所を決めて置いてた?」

 勉強机の傍で床に寝かされている通学鞄を指差して聞いてみる。

「そう、ね。言われてみれば変ね。制服はいつもハンガーに掛けてたし、鞄は次の登校の準備が終わったら机の横に立てかけてたはず……」

 普段の優里の行動を思い出しながら話す優里の母親の言葉に、真は気になる箇所を感じて鞄を拾い上げてみる。

 鞄のアタッチメントはしっかりとかかっていて、帰宅してから鞄を開いた形跡がないように見えた。

「宿題をやったり時間割を合わせた感じがしないな。……優里は何時に帰ってきてたんだっけ?」

「たぶん、四時頃かしら? 私が一階でお仕事をしてる時に玄関が開く音を聞いたから」

 真はおや?と思う。

 普段の優里ならば、部活動や委員会活動や友達との雑談などで長く学校に留まることが多く、まず四時に帰宅していることはなかったはずだ。

 加えて、昨日の四時頃には例の爆発騒ぎが起こった頃だ。

「おばさん、昨日の爆発があった時って、どうしてたの?」

「そうねぇ……。大きな音がしてちょっと地震みたいに家が揺れたから、お仕事の部屋とかキッチンがメチャメチャになってて、そっちの片付けをしてたわ」

 顎に手を当てて当時を思い出している優里の母親の返事を聞きながら、真はグルリを見回してみる。

「……この辺のはその時に落ちたのかな」

 ベッドの上に雑誌やぬいぐるみが散乱していて、傍らのブックシェルフに空間が目立つ。その割に床には何も落ちていない。

「そう。多分そうね」

 真の考えを肯定する返事を聞いて、真の予想は確信へと変わった。

 ――間違いない! 山の中で俺を吹き飛ばしたあと、智明は優里のとこへ来たんだ! その後、優里を連れてどっかに瞬間移動したに違いない! ……でも、優里を連れてどこへ飛んだんだ?――

 しかしこの予想を優里の母親に話しても立証できるものは何一つない。全ては真が経験した智明の能力から推測したものでしかない。

「おばさん。とりあえず警察に行方不明で探してもらった方がいいよ」

「ええ!? そんな、なんで……」

「多分、多分だけど、優里は智明と一緒に居ると思う。証拠もないし俺の予想でしかないけど、誘拐とかそんなんじゃないけど、二人で居ると思う。智明が優里に変なことはしないと思うから、そこは安心していいと思うんだけど、俺らが探して見つかるとこには居ない気がするんだ。……だから、警察に相談して探してもらう方が良いと思う」

 優里の母親を動揺させてしまったことはミスだと思いつつ、予想や仮定や推測でしか説明できないことが情けなかった。


 中島病院の事件や湊里の爆発騒動の真相を話すことも出来たが、それではもっと優里の母親を不安にさせてしまうだけなので、尚更説明が曖昧になってしまった、という反省も真を苦しめる。

「そう、そうなのね。……主人や私の仕事のことがあるから、なるべく警察沙汰にはしたくなかったのだけれど、これだけ見つからないとなるとそれが一番よね」

「そう思う」

 真は優里の両親の仕事重視の姿勢に一瞬腹が立ったが、優里の父親は旧南あわじ市の市議会議員に就いているし、母親もテレビ番組に出演したりレシピ本を上梓している料理研究家だ。立場や影響力を考えれば、騒ぎが大きくなったり立場が変わってしまうことを避けようとするのは仕方がないことだ。


 真は気持ちを落ち着け、手にしていた優里の鞄を元の通りに置き直して、優里の母親へ振り返る。

「俺も優里が行きそうなとこを一応バイクで回ってみるよ」

「そ、そう? ごめんなさいね、土曜日なのに……」

「構わないよ。優里にはいろいろ世話を焼いてもらったもん。その代わり、警察が優里を見つけた時は俺にも教えてくれない?」

「わ、分かったわ」

「ありがとう」

 真は丁寧に礼を言うと、自分のH・Bに繋がる電話番号をメモ書きして渡し、スニーカーを履いてバイクに跨がる。

「真君! 優里のこと、お願いね! あと、最近変なことが起こっているから、無理はしないでちょうだいね!」

 玄関から心配そうに声をかけてきた優里の母親に対し、真は軽く手を振ってバイクをスタートさせる。

 先程の宣言どおりに、思い当たる場所へ向かってみるつもりなのだ。

 まずは智明の自宅を目指して松帆志知川方面へハンドルを切った。

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