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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第三章 暗躍する影
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田尻と紀夫 ⑤

「うえぇ、ベトベトじゃん……」


 大事なことを呟いたつもりだったが、紀夫からはシャツについた松ヤニに毒づく声が返ってきて、田尻は真剣さを放ったらかされたような損した気分になった。


 ――こんなこと心配してんのは俺だけか――


 ちょくちょく浴びせられる『堅い性格・取り越し苦労』という田尻への評価は、こういう先回りした不安を口にしてしまうからだろうか。田尻にしてみれば、楽観的な行動原理よりもつまづきかねない小石を取り除きたいだけなのだが。

 紀夫はうっかり触ってしまった松ヤニを拭き取るべく、シャツを丸めるような衣擦れを立てて、田尻に答える様子はない。


「おい、聞けよ」

「聞いてるよ。……バイクはコケなきゃ上手くならねー。超能力なんか目の前で見なきゃ信じらんねー。鉄砲向けられなきゃ、戦争だって分からねー」

「お、おん……」

「トモアキの口にした独立なんて、アワジがどう変わるか分かんねーんだ。でも、俺たちゃその駒だ。皆が日和見で緩んでても今はしょーがねーよ」

「……つってもよ」


「こんなとこで色気の無い話してんじゃねーよ」


「……テツオさん」


 突き放すような紀夫の受け取り方に抗議しようとした田尻の声を、背後から現れた気配が一蹴した。

 驚いて振り返った松林にはセーフティライトのおぼろげな光が白砂の地面を照らしてい、その反射が長身のテツオと小柄な瀬名の足元を映して、田尻たちの方へ歩んでくる。

 セーフティライトは瀬名の常備品で、夜間のメンテナンスや落とし物の捜索や暗がりでエンジンキーの抜き差しに使うものらしく、懐中電灯のミニチュア版を腰から提げているのを見ている。彼はカーゴパンツのサイドポケットやヒップバッグやポーチに携帯用のアーレンキーやドライバーやスパナも常備しているそうで、工具袋にまとめてシート下に突っ込んである田尻との周到さの違いを思い知る。


 瀬名の手元にあるセーフティライトを背後から受ける位置に立ち、テツオが告げる。


「休みはあと一日半なんだぞ。もうちょっと気楽にしてろ」

「ウッス」


 憧れの男からの注意に紀夫は即答したが、田尻は『休みはあと一日半』という表現にテツオの深意を勘繰ってしまう。

 智明と自衛隊の話し合いで三日間の自由行動が約束されたが、テツオはこれを『休日』と捉えているということは、その後新皇居に戻れば『仕事』や『役目』が始まるということだろう。

 田尻や紀夫と似た危機感があり、他のチームメンバーらとの温度差にも気付いているのでは?と深読みする。

 だから思わず問うてしまう。


「他の皆にも、気楽にしろって言ったんスカ?」


 夜闇の中、背後からの光に縁取られたテツオの立ち姿は輪郭こそ見えていても表情や動作までは影になってよく見えない。しかし田尻の問いに対して腕を組んで少し困ったような鼻息が聞こえ、複雑な心境であることを教えた。


「特には言ってないな」

「なんでっスカ?」

「田尻ー。しつこいぞー」


 瀬名の注意の声を手で制し、そのまま両腰に手を当てた態勢になってテツオが答える。


「今はまだ、戻ってすぐに何かしなきゃいけないわけじゃないから、言わなくていいかなって感じだな。

 ――とはいえな、一昨日は自衛隊と絡んでるから、皆も薄々は気付いてるだろうなと思ってるし、気付かないマヌケは居ないだろって思ってる」


 チームメンバーを信じている反面、どこかで脱落する者も居るだろうという諦めが混じった言葉に、田尻は「でも……」と食い下がってしまった。

 だが、その先はまだ田尻の中でも整理のついていない気持ちなので、言葉は続かなった。


 ふっと息を逃がし、テツオが答える。


「田尻の不安は分かってるつもりだ。というより、俺らは本物のバケモノの下に付いたってのを、どうやって説明したらいいか考え中って感じだな。トモアキが俺たちをどんな集団にしたいのかも探らなきゃ、俺も説明のしようがないからな」


 セーフティライトに照らされた輪郭の中で、テツオはひょいっと肩をすくめて見せ、田尻の心情に寄り添い不安の半分を掬い取ってくれた。

 何かの行動を行う算段が出来ていて、WSSと洲本走連の全メンバーを納得させる根拠や実態を手に入れようとしているんだろう。

 すべてを語らずとも、田尻や紀夫が思い至るマイナス要因は先回りしてくれている、ということだ。


「出しゃばってスンマセン」

「いいよ、気にすんな」


 不格好に背後を振り向いたままの態勢を正座に変え、田尻は頭を下げた。

 それに対しテツオは軽く受け流し、「そんかわり」と続ける。


「田尻と紀夫には隊長とか組長みたいなポジションに付いてもらう」

「この前ので真のサポートやった功績だなー。喜べよー」


 テツオの意向を瀬名が解説し、紀夫はペーペーからの抜擢に「マジっすか……」と呆けた返事をした。

 田尻は憧れの男から課された使命の意味を考え、慎重に問い返す。


「それは、エアジャイロや、エアバレットを、トモアキの手元に持ってくるって、ことっすよね?」


 背後から受けるセーフティライトの中でテツオが瀬名を振り返り、口角を上げて笑うのが見えた。

 田尻の予想が当たっていると分かる。


「いいねー。いい発想だねー」

「明日あたり、大佐たちと会ってくる。その結果次第でトモアキに提案するけど、俺たちの扱いが悪いなら、別の事に使う。何にしても、その時には田尻と紀夫の経験はどっかで使わせてもらう。そのための抜擢だな」


 瀬名の楽しそうな冷やかしとは裏腹に、テツオは重々しく告げ、田尻と紀夫に有無を言わせない圧を感じさせた。

 紀夫は田尻の顔色を窺うように黙ったままで、田尻もテツオと瀬名に言い返す言葉が見付からずに視線を落とした。


 誰かの足跡や田尻が座っていたへこみや松の根が、セーフティライトに照らされ、青白く反射する面と影になって形の分からない面が複雑な心境と重なり、田尻を不安にさせた。


「また新宮に戻ってから詳しく話すよ」


 返事のない二人に密談の終了を告げ、瀬名のセーフティライトは松林の奥へと向いて二人分の砂を踏む音が遠ざかって行った。


 ――テツオさんは、トモアキの戦力アップを見込みつつ、そうじゃない時には取って代わろうとしているのか?――


 少し前までの淡路連合の微妙な均衡に置かれていた際も、テツオはあらゆる可能性に対して準備や対策を用意している雰囲気があった。

 今度もトモアキや川崎らを相手に、反乱や乗っ取りのような計画が頭の中にあり、その一翼に田尻と紀夫が置かれる。


 憧れの男に有用と思われることは喜ぶべきことだが、今はまだどちらに進むかを指示されても、二つ返事で動き出せるほど田尻の覚悟は決まっていなかった。

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