田尻と紀夫 ①
旧南あわじ市西淡松帆古津路。
港湾地帯と人口密集地である湊地区と、観光名所の一つである慶野・松原との間に位置する一帯は、31号淡路サンセットラインが通っていることもあってある程度栄えており、自営の商店や民宿などが並んでいる。
それでも一本海側へ入ってしまえば資材置き場や貨物置き場や倉庫群、島の内側へ入れば田畑が真新しい分譲マンションや戸建てや保養地へと建て変わっており、港湾地帯と住宅地の混ざりあった多面的な土地になった。
その一角、以前にもWSSの合宿所に使われた本田貿易の大型倉庫の前庭に、一台のバイクが走り込んだ。
自衛隊との衝突のあと、政府の避難命令を利用して一時帰宅している『ユズリハの会』のメンバーのうち、避難した家族の元へ戻らなかった面々やもとより奔放に出歩いているメンバーらが本田鉄郎を頼って身を寄せている。
スタンドを立てバイクを安置した田尻は、ハンドルバーのフックにヘルメットを掛け、汗を拭ってジャージを脱ぎ腰に巻いた。
伊加利の実家から憂さ晴らしで飛ばしてきたが、十分少々の走行では足りなかったらしい。汗で張り付いたタンクトップも肌触りが悪く苛立つ。
「この先、どうなるんだ?」
「さあな」
「テツオさんがキングやのに、あんなガキの部下でええんか」
「どっかで喰っちまうんじゃねーの?」
「淡路連合が形だけでも一つになったしな?」
「独立とかそんな簡単なもんじゃないだろ」
「リーダーに付いていけばいいんだよ」
倉庫に入った田尻の耳には、WSSと洲本走連のメンバーらの雑談が聞こえてきて、あちこちで車座になって数人で囁き合っている雰囲気はあまり心地よいものではなかった。
田尻と紀夫は、城ヶ崎真の手助けを命じられ、高橋智明が起こした騒動に最初から関わってきた。
人間業ではない逃走劇に巻き込まれ、山中の溜め池の爆発跡を目にし、土砂降りの諭鶴羽山に乗り込んで数的不利の中で戦ったりした。
先日の大乱闘に参加しただけのメンバーらとは見てきたものが違う。
田尻は、真を屠ろうと智明が起こした大爆発に飛び込み、真ともども全身に深刻な火傷を負った。幸い、二人ともHD化された身体のために命に別状はなかったが、殴り合いをやっていた連中は何も分かっていないと思えて腹が立つ。
――みんな、この先のことを真剣に考えてない――
幾つもの楽観的な囁き声と疑問の声を通り過ぎ、パーテーションで仕切られた自分の寝床に入るなり、田尻は心の中で唾棄し、腰に巻いていた上着と汗を吸ったタンクトップをベッドに投げつけた。
マッチョとは言えないが、中学までリトルリーグで鍛えた体はそれなりに筋肉が盛り上がっており、身長こそ平凡だが腕っぷしには自信がある。HDの強化で見た目の筋力より十倍の強化も施された。
それでも高橋智明にダメージを与えることはできず、真のサポートすら充分にできなかった。
そのうえで今度は高橋智明らの傘下に組み入れられ、淡路島の独立を目指した行動に従わなければならない。
――真を追いかけるべきだったか――
二度目の衝突のあと、満身創痍の真は別室に運ばれ、高橋智明と藤島貴美の治療を受けたらしい。しかし翌朝、真は回復した体一つで自分のバイクに駆けていきそのまま何処かへ逃げ去ってしまった。
田尻は追いかけようとしたが、仲間たちに阻まれ、すぐには行動できなかった。
一応、一時帰宅の折りに真の自宅周辺を探したりしてみたが、その姿を見かけたり会うことはなかった。
――テツオさんにもだけど、俺はクイーンのために働くって決めたから――
真への仲間意識と洲本走連のクイーン鈴木沙耶香への恋心を秤にかけてしまい、踏み出そうとする自分と踏み出せない自分とが、また田尻を歯痒くさせる。
「クソッ」
顎を伝った汗が脱ぎ捨てたシャツに落ち、短く毒づいてリュックから替えのTシャツを取り上げて頭から被る。
「……どうだった?」
「……おん」
背後から届いた聞き慣れた声に、田尻は振り向きもせずに応じる。
田尻の葛藤や迷いはサヤカや真やチームの先行きだけではなく、事情を知る紀夫には何から話せばいいのか整理する時間が必要だった。
深呼吸ともため息とも言えない呼吸をし、振り向いて答える。
「ちょっと、浜のほう行こう」
あまり大きな声ではなかったからか、紀夫に深刻な印象を与えてしまったからか、紀夫は少し田尻の顔を眺めてから返事もせずに倉庫の出口へ向いて歩き始めた。




