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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 明里新宮
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咆哮 ③

「…………ん、来たか」

 新皇居のダイニングでコーラを飲みながらスマホで調べ物をしていた智明は、作り上げたばかりの囲いに何者かが近付いた気配を察知し、ダイニングテーブルにスマホを置いて立ち上がった。

 意識の片隅でどこかに目を向けるというのは、全体的に散漫になるような気がしていたが、今回は上手く意識を分けられたようだ。

「思ってたより多いけど、機動隊とかじゃないんだな」


 透視の要領で囲いのグルリを観察してみたが、裏手や山中に伏せた者も見当たらず、さっき仕立てた金属製の門扉のあたりにパトカーが数台集まっているのみだ。

 防具や盾で武装した機動隊や、最悪自衛隊に囲まれることを想定していただけに、智明は緊張を緩めると同時に安堵もした。

 能力の制御がままならぬ状態で、戦略性のある包囲を仕掛けられれば自分がどこまでの対応ができるか分からないし、ふとした瞬間に制御や加減のない能力を振るってしまいかねない。

 それはきっと優里が悲しむし許してはくれないことだろう。

 現在の自分が両親と将来のことを話し合えない代わりに、智明は優里を傍に置きたいと求め、優里も智明に付き合ってくれた。

 自身の行いの片棒を優里に担がせるつもりはないが、智明の支えや拠り所となってくれるのなら、これほどに心強い人物は他に思いつかなかった。

 ――巻き込んでおいてこの言い草はないよな。ごめんな、リリー――

 自嘲の笑みを浮かべてから小さく優里に謝り、意識を集中させて智明は瞬間移動を行う。


「……ひの、ふの、四台。八人か」

 自らが築いた囲いの門扉を表門と仮称し、その上空から地上の警察官の人数を数えゆっくりと地上へと降下する。

「おお!? なんや?」

「手品か!」

「慌てるな!」

 脈略なく空中から降りてきた智明に気付き、後ずさったり及び腰になる警察官たちを見て、智明は過ぎた演出だと思いつつ余裕の笑みをたたえる。

「こんちは」

「……君は何もんや? ここで何をしとる?」

 左手を腰に当ててダラリと立つ智明に警官の一人が問いかけてきた。

「昨日からここに住んでる者だよ。うちに用事があるみたいだから、出てきたまでだよ」

「ここはもうすぐ天皇陛下が移られる新しい皇居だ。それを知っていてそんなことを言っているのか?」

 別の警官が問う。

「俺にピッタリの住処だと思ってるよ」

「ふげけんな! ここは国が管理している土地や。個人が、それも子供が勝手に私物化してええとこやない。犯罪なんや。分かるか?」

「さっき工事の業者をケガさせたのもお前か? もしそうなら、少年でも許されんことだぞ」

 どうやら先程から智明を問い詰めている二人の警官が年長か上役のようで、他の六人より前に出てきつつ、手を振って残りの六人に智明を囲む合図を出しているようだ。

「普通の人間ならそうかもね。でも、俺はただの子供じゃないからなぁ」

 門扉を背にして立つ智明を警察官たちは扇状に囲みつつある。

 一人ひとりと目を合わせるように見回し、警官たちの動きに注意を払う。

「ただの子供やないやと?」

「それでも日本にいる限り、法に反したら逮捕されて裁判で裁かれるんだ。親や学校から教えられただろ」

 少しずつ囲みを狭めてくる警察官たちに対し、智明は腕組みをして無抵抗な姿勢を示す。

「そんな価値観や観念で収まらなかったらどうする?」

「なにを! それでも法は侵されてはならんのだ!」

「おい、落ち着け」

 智明の誘い言葉に応じた年長の警官を、関西弁の警官が嗜めたが、智明から見て右手から詰めていた若い警官が腰の警棒に手を伸ばした。

「そういうの、好きじゃない」

「うわっ!?」

 智明が視線を向けると若い警察官の手元から警棒が弾け飛び、彼の後ろの茂みに飛び込んで見えなくなる。

 その一挙動に他の警察官たちも息を詰め、思わず腰の警棒に手を伸ばすが、関西弁の警官が制止する。

「落ち着け! 挑発に乗んな!」

「そうだね。俺も暴力は好きじゃない」

「黙れ! 質問にだけ答えろ!」

 智明の落ち着いた態度が火に油を注いだのか、もう一人の年長の警察官が怒鳴りながら一歩踏み込んだ。

「あかんぞ。刺激すんな。落ち着けよ」

 年長の警察官だけでなく、智明を取り囲む若い警察官にも注意が飛ぶ。

「上から物を言わないでくれよ。一方的な威圧は暴力と変わらない」

 辛うじて警棒や拳銃に手をかけていないが、ジリジリと智明に詰め寄ろうとする警察官たちに、智明は油断なく視線と意識を向ける。

「お前も動くな! 今挑発しとるんはお前や! これ以上の暴言は公務の執行を妨害していると取るぞ!」

 関西弁の警察官が指を突き出して智明に宣告したので、智明は大袈裟に怖がる素振りをして小さく両手を挙げた。

「そんなつもりはなかったんだけどな」

「もう一回聞くぞ。お前は何者や? 工事業者にケガをさせたんはお前か? 新居所を勝手に占有しとるんか? 答え次第では逮捕されて刑務所行きや。真面目に答えろよ!」

 関西弁の警察官の言葉とは裏腹に、智明を取り巻く若い警察官たちは互いに目配せをし合いながら、ジリジリとにじり寄り、右手ないし左手を武器へと伸ばそうとしている。

「工事の業者さんを追い返したのは確かに俺だね。昨日からここに住んでるのはさっき言ったよね。あとは……何者か。何者、何者……何者かなぁ? 一応中学生だけど、もう人間超えちゃってるからなぁ……」

 腕組みを解いて最初のように左手を腰に当ててダラリと立ちんぼになる智明。

「真面目に答えろと言うたぞ!」

 智明と真正面から対峙している関西弁の警察官は、明らかに視線が泳いでいて、判断に迷っているのが手に取るように分かった。

 ここに来て智明が空中から降りてきたことや、手も触れずに警棒を弾き飛ばしたことが効いてきたようだ。

「真面目に答えてるじゃん。例えばこんなこと、普通の人にはできないでしょ?」

 言い終わると同時に智明の足元に拳銃と警棒が音を立てて転がり落ちた。

「え?」

「なに!?」

「なんで!」

 自分たちの腰回りを探って警察官たちから声が上がる。

「そんなバカな!」

「どうやって?」

「ひあ、ひゃああ!?」

 身構える者、立ち尽くす者、慌てふためく者、おののいて尻もちをつく者と反応は様々だ。

「取り乱すな! ひ、人の能力を超えたとしても、法律は法律や! 抵抗すると実力行使になるぞ!」

 一見落ち着いて見えた関西弁の警察官も、怒鳴り声を上げながらも自分の装備を手探りで確かめている。

 智明に無抵抗を促す言葉は警察官としてギリギリの文言だ。

「ん? ……アンタの分だけ取りそびれたか」

 足元の拳銃の数と関西弁の警察官の挙動で、自身の制御ミスに気付いて智明は緊張を感じる。

 自らの意思とイメージで物体を制御下に置く訓練はしたが、外的要因から身を守る訓練はまだ成熟していない。

 雨に濡れないための傘代わり程度や、空中を移動するための風除け程度の障壁は作ったことがあるが、今度の対象は拳銃だ。

 身に受けたことのない衝撃を緩和したり弾いたり受け止めたりすることが出来るか見定めねばと、智明は自然と関西弁の警察官を見据えて集中力を高める。

「……ふう。……無用な抵抗はするな! 大人しく署まで付き従うならこっちも乱暴なことはせん! 抵抗するな!」

 関西弁の警察官が智明に銃口を向けたことで、智明と距離を詰めようとしていた若い警察官たちがピタリと動きを止めた。

 拳銃の射撃範囲に入らないためと、対象を刺激しないため、そして対象の返事や態度を確かめるためだ。

「……もし、抵抗したら?」

「必要と認めたら、撃つ! ……俺に、撃たせるなよ」

 智明の確認に、警察官は明確に答えた。が、銃口は微かに揺れ動き、前後で逆のことを口にしている。

 ――ああ、真面目で正義感がある人で、優しい人なんだな――

 警官は高圧的で威張っているという印象が覆され、智明は一瞬だけ罪悪感と慙愧(ざんき)の念を抱いた。

「けどね、俺も冗談でやってるわけじゃない。拒否するよ」

 動物は強く見せるために体を大きく見せるし、相手を怖気づかせるために激しく吠える。

 人間も虚勢を張る時は高圧的な物言いで怒鳴りつける。だがその裏では視線が泳ぎ、四肢が震え、怯えを誤魔化すために優しさに似た態度を取る。

 真実は分からないが、目の前の警察官をそうだと断じて智明も膝の震えを押さえ込み、周囲の空気を固めるイメージを作る。

「大人しくせぇ。抵抗したら、撃つぞ!」

 智明が周囲の空気を凝集して障壁にしたことは気付いていないだろうが、警察官は拳銃を構え直し、訓練通りの手順で警告を口にした。

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