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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 明里新宮
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咆哮 ①

 薄暗い部屋のベッドの上で鬼頭優里は目覚めた。

 新しく建てられたばかりの天皇居所は、諭鶴羽山北西の中腹辺りのため朝日が差し込まず、優里は一瞬時間が分からなくなった。

「…………モア?」

 優里の体型なら五人は寝転がれるマットレスに今は一人きりだ。

 あたりを見回しても、自分をここまでさらって来て一晩中愛し合ったはずの幼馴染みの姿はなく、優里は少し不安になる。

 智明や真はおろか家族も気付いていないが、優里は本来寂しがりやで臆病な性格なのだ。一人ぼっちの時間に耐えられないために周囲の人々に明るく話しかける習慣がつき、誰に対しても愛想良くなり、多くの人と関わり必要とされたいためにしっかり者へとなっていったのだ。

 だから、不意に一人きりで慣れない場所に居ると不安に足がすくんで動けなくなってしまう。

「モア!」

 成長途中の乳房が揺れるほどの勢いで体を起こして智明を呼んでみたが、やはり返事は帰ってこない。

 不安のせいか部屋の暗さのせいか、寒気を感じた優里はベッド周りに脱ぎ散らかした服をかき集め、急いで身につけていく。

 下着の替えがないことや、ヘアブラシや洗顔クリームが無いことを気にしつつ、廊下に出てキッチンへ向かう。

「ご飯ちゃうの? ほな、トイレ、かな?」

 膨らみ続ける不安から無意識に考えていることが口に出てしまっているが、優里自身は気付いていない。語尾が疑問系になってしまったのは、堅牢な天皇居所に居るにも関わらず微かな振動を感じたからだ。

 地震とは違った振動に手近な窓から外を見てみる。

「? モア? なにしてんの?」

 東に向いた窓から諭鶴羽山の豊かな森林が望めるのだが、居所の裏手の空中に浮かんだ智明が手を振り上げる度に山肌から木々が引き抜かれて、宙を漂って敷地内に積み上げられていく。

 先程の振動は引き抜いた木が地面に落とされる音だったと知ると、智明の能力に驚きつつも理解不能な行動に呆れもした。

「モア! 何しとるん!」

「! リリー、おはよう」

 窓を開けて声をかけた優里に、動じることなく智明は応え、フワフワと近寄ってくる。

 外壁の張り出しに足をかけて額の汗を拭う智明に優里は少し違和感を感じた。

「おはよう。……やっぱり疲れるもんなん?」

「なんで?」

「汗かいてるから」

「ああ、うん。そうみたい。運動とか勉強とおんなじで、疲れるし腹も減るみたいだな。あと、新しいこととか初めてのことは異常に疲れるわ。まだ力加減とか、制御に自信ないしな」

「ふうん」

 興味なさ気な声を出しつつも、優里は笑顔で智明の顔を見つめる。

 人外の能力を備えたからか、智明はこの十年で一番自信に満ちた顔をしていて、少し頼もしく見えるからだ。

「なあ。朝ごはん食べたら正門を塞ぐつもりなんだけど、その間にリリーは買い物して来てくんない?」

 顔を寄せて話しかけてきた智明に優里は少し驚く。

「あの大きい門を塞いじゃうん? なんで?」

「ここってさ、まだ工事終わってないみたいだから、もうちょっとしたら工事とか業者が来そうに思うんだよね。敷地に入って来られたらややこしいから、入れないようにしといた方がいいかなって」

「じゃあ、私はどうやって買い物に行くん?」

「もちろん、麓まで俺が送ってくし、帰りも迎えに行くよ」

 智明が右手を逆さまのピースにして右から左へと往復させる。

「ああ、そっか。瞬間移動できるんだっけ。……じゃあ、買い物終わったらスマホで知らせたらええんかな」

 優里の疑問に智明は右手の人差し指を一本立てて、唇の前で小さく左右に振る。

「チッチッチッ。瞬間移動ができるんなら、テレパシーも出来ると思わね?」

 智明の古臭いキザな動作に顔をしかめていた優里が、パッと表情を明るくさせる。

「マジで? 出来るん!?」

「やってみようか。おでこくっつけて名前呼んでみて」

 窓枠と壁を挟んで建物の内と外から抱き合うように体を寄せ合って、優里と智明は互いの額をくっつける。

「………………んん? よう分からん」

「あれ? ちょっと待ってな……」

 もう一度額をくっつけて目を閉じる智明。

《リリー!!》

「!!」

 優里の頭に矢で射抜かれたような衝撃が突き抜け、意識の中に突然智明の声が響いた気がして、優里はわずかに身を引いた。

「……今の、何?」

「聞こえた? リリーって言ったんだけど」

「聞こえたっていうか、考え事の最中に関係ないこと思い付いたみたいな感じやったよ。しかもちょっとうるさかったで」

 音として鼓膜が振動して聞こえたのではなく、意識に無理矢理割り込まれた感じを優里はそう表現し、閃きの度合いを音の大きさのように表した。

「なんか迷惑そうに聞こえるな……。こう、オデコからビーム出すみたいに叫ぶ感じでやってみたら届きそうだよ。やってみて」

「そんなん出えへんし!」

 珍しくふくれっ面になった優里に笑顔を見せてから、智明はもう一度優里に額をくっつける。

「大事なのはイメージだよ。もう一回やるよ。…………どお?」

「…………」

 先程と同じように意思を飛ばした智明だったが、受けたはずの優里は顔を赤くして視線をキョロキョロと泳がせている。

 失敗したかな?と智明が不安になっていると、優里が目元をキュッと閉じて額を当ててくる。

《モアのエッチ! アホ! こんな時間から恥ずかしいやんか! 夜にするもんや!》

「おお! 出来たじゃん!」

 智明は拍手をしそうになるくらい喜びたかったが、頭に響いた優里の意識はそれなりに強く、単語や文節ごとに来客用の安っぽいスリッパで頭の真ん中をペシペシ叩かれているような感覚があって拍手なぞ出来る余裕はなかった。

「ホンマに聞こえた?」

「聞こえた聞こえた。また今晩いっぱいエッチしような」

「だっ! なんで声で言うたん? 恥ずかしいって言うたやんか!」

 さっきよりも顔を真っ赤にして智明を叩こうとする優里を捕まえ、スルリと抱き寄せる。

「ちょ、モア――」

 戸惑う優里に口付けて智明は直接優里の心に話しかける。

《リリー、大好き》

《私も大好き》

 二人とも先程よりも軽い衝撃を感じつつ、窓際でキスを続ける。

「……これで帰ってくる時の合図は問題ないだろ?」

「うん。今の、オデコ付けなくてもできたもんな。伝わらんかったら電話するけど」

「俺がリリーからのテレパシーに気付かないわけ無いだろ」

「もう」

 急に自信満々な発言が増えた気がするが、今は気にせずに優里は智明の体に抱きついていける。親に黙ってここまで来たのだから、可能な限り自力で頑張ってみようという気になっているのだ。

「……ほな、朝ごはんの支度するね。モアは顔と手を洗ってきてな」

「はぁい」

 新妻というより姉のような話し方をした優里に、智明は苦笑しながら従い、フワフワと浮かんだまま室内へ入って行く。

「こら! お行儀悪いで! 勝手に住み始めたけど、ここは皇居やねんで! 一階の天の御柱を見たやろ!」

《ごめんね。今度から気を付けるよ》

「こらぁ!」

 横着して心に直接謝ってきた智明に、優里は今度こそ智明のオデコを叩いたがその顔は笑っていた。


 その後、智明が顔と手を洗っている間に優里が朝食の支度をし、キッチンで二人で向かい合って朝食を摂りながら、もう一度テレパシーの練習をして瞬間移動で洲本市街地の繁華街へと移動した。

「リリー、これで適当にお金下ろして買い物しといて」

「え、これ誰のキャッシュカードなん?」

 智明が差し出したマスコットキャラクターの書かれた銀色のカードを受け取りながら、優里は当然の質問をぶつけてみる。

「普通にうちの親の。てか、災害の時に持って逃げなさいって言われてたやつだよ」

「どおりでね。なんで今時キャッシュカードなんやろって思ったわ」

 二十一世紀初頭から導入され始めた電子マネーとネットバンクによって、わざわざ銀行やATMに赴いて現金を入出金する行動は減少傾向にあった。

電子ペイの導入も現金離れに拍車をかけた。H・Bの実用化で電子ペイやネット決済は更に便利にスマートな買い物が可能となったのは間違いないが、口座残高以上の買い物によって支払いが出来なくなるトラブルも増加し、近年では自営の商店や規模の小さい工場などでは現金主義が復活しつつある。

 特に大きな災害が起こった場合、電力供給やネット回線が復旧するまでは現金に頼るしかなく、防災バッグにある程度の現金を準備しておく家庭も増えた。

 銀行が機能停止してしまってはキャッシュカードも役には立たないのだが、データ消失回避のために発電機を備えている銀行が増え、インターネットによりかかり過ぎない対策として預金通帳もキャッシュカードも見直されているのだ。

「結構入ってると思うから、服とか生活用品とかも買っていいよ」

「それは助かるわ。下着の替えとか絶対いるもん。モアのも買うとこか?」

「お、おお。任せるよ」

 まだまだ性に目覚めたばかりの智明である。思わず優里の下着姿を想像して動揺してしまうが、また優里にシバかれないように意識を切り替えて、テレパシーで暗証番号を伝えた。

「はい。じゃあ、行ってくるね」

「気を付けてな。なんかあったら呼んでくれよ。すぐ迎えに行くから」

 ――ホンマにすぐやからなぁ――

 智明の『すぐ』が比喩ではないので優里は苦笑しつつ、智明に顔を寄せて短いキスをして街の方へ歩き出す。


「さて、と」

 優里の姿が見えなくなると、智明は自分の頬を叩いて気合を入れる。

 瞬間移動で居所に戻ったら、あれやこれやとやらなければならないことがたくさんあるからだ。

 智明は頭の中に天皇居所周辺を思い浮かべ、その上空に漂う自分を強く意識して瞬間移動を行った。

 相変わらずの軽い衝撃が起こり、一瞬のブラックアウトから視界が回復すると『目』の字に区切られた天皇居所の上空に移る。

 智明は制御に慣れてきた自分に酔いつつ、ゆっくりと下降しながら麓へと伸びる山道に目を向ける。

「やっぱりそうだよな」

 智明の予想通り、居所建設のために先立って整備されていた山道を数台のワゴン車とトラックが上ってきていた。

 下降の速度を速めて適当な場所に降り立ち、工場関係者と思しき車列を待つ。

 程なくして先頭の白いワゴン車が現れて、運転手が智明に気付いたようで、速度を落としながら近寄ってくる。

「兄ちゃん! ここは立入禁止やで」

 助手席の窓を開けてワイシャツにネクタイを巻き作業服を羽織った中年が声をかけてきた。

「いや、あんたらこそ立入禁止だよ。帰ってくれないかな」

 もっと高圧的な方がカッコよかったかな?と思いつつ、智明は棒立ちのまま応じたことを反省して、取ってつけたように右手を『しっしっ』と振った。

 助手席の中年はあからさまに顔をしかめ、先程より窓から体をはみ出させて怒鳴り返してくる。

「夏休みにゃまだ早いぞクソガキが! こっちゃ仕事で来とんが! 退きさらせ!」

「ちょ、主任! 落ち着いて!」

 後部座席から部下らしき人影が諌めようとしているが、どうやら主任さんは激情型のようで尚も淡路弁で罵声を吐き続けている。

 智明は想定内とは思いつつもなかなかに人間性まで否定されたので、これ以上の煽りは不要だと判断して実力行使に出る。

 右手を小脇で構えるように折りたたみ、荷物を押すように前へ押し出す。

 智明の動きに合わせて先頭のワゴン車が後方へ弾き飛ばされる。

 高さでいえば1メートルほど浮き上がり、距離で言えば5メートル後ろの後続車にぶつかって止まるまでワゴン車は吹き飛んでいた。

 正面衝突の交通事故のようなボディーのひしゃげる音や、サスペンションの軋む音、ダッシュボードなどのプラスチック素材の爆ぜ割れる音、フロントガラスやバックミラーなどのガラス類の割れる音が一度に鳴り、少し遅れて助手席の窓から主任がこぼれ落ちた落下音がした。

「ヤベ。やりすぎた、か?」

 智明の予定ではワゴン車に空気を丸めた塊をぶつけて派手な音を立てるだけのつもりだったのだが、後続車にぶつかるほど吹き飛ばしてしまっただけでなく、窓から落ちた中年は何度か手足をもがかせたあと動かなくなってしまった。車中に残った数人も不意の衝撃に負傷したようで、身を伏せたり脱出を試みたりと体を動かす気配が見え、かすかにうめき声のようなものも聞こえる。

 しかしここで動揺して姿を消すわけにもいかず、天皇居所を占拠する旨と他者を排除する意思は通さなければならない。優里との生活の場と定めたのだから、なんの努力もせず手放すわけにはいかない。

 今度は左手を右肩あたりに据えて真横に払い、舗装したてのアスファルトと山肌を浅く彫り抜く。

「この線がだいたい皇居から100メートルだ。今から皇居の半径100メートルは俺の敷地にする! これを越えて侵入した人間は排除する!」

 言葉にしてから智明はまた後悔した。

 考えていたことを口にしたのはいいが、文脈は中学生が考えた陳腐な言い回しだったからだ。

 正確に距離を測れていないことも失敗だと思う。

「なんの冗談だ?」

「警察を呼ぶぞ!」

 先頭のワゴン車から何人かが這い出す頃、後続車からも人が降りてきて智明に喚き始める。

「呼べばいいよ。囲まれて困るならこんなことしないしな」

 わらわらと集まってくる大人たちに軽く言い放ち、智明は仁王立ちで腰に手を当てて様子を伺う。

先程のワゴン車の吹き飛ばされ具合を見た大人たちは、さすがに智明に詰め寄るような振る舞いは見せないが、恐れと怒りが入り混じった顔で智明に対している。

「あ、そうか……」

 しばらく大人たちと睨み合っていた智明だが、なかなか立ち去らない大人たちをどうにかしなければと考え、一つの方法を思い付いた。

 生身の少年一人が立っているだけだからどうにか出来そうに思わせてしまっていると感じ、ならば決定的な境界を設けて立ち去らざるを得なくさせればいい。

「おお!?」

「う、浮いた?」

「なんや、手品師か?」

 ゆっくりと体を浮き上がらせた智明を見て、大人たちは思い思いに驚きの声を発したので、人外の能力は目に見える形にすることで効果があると知る。

「動くなよ? 危ないからな」

 警告と注意を与え、智明はゆっくりと浮かび上がっていく。

 ギリギリ地上の大人たちを判別できるくらいまで上昇して静止し、グルリを見回す。

「こんな感じか? ……せえ、の!」

 両手を腹の前に突き出し、下から上へ荷物を持ち上げるように掌を上向ける。

「な、なんだ!」

「地震か?」

 かすかに聞こえる大人たちのうろたえた声に、智明は少し楽しくなる。

 少しずつ大きくなっていく地響きはやがて山肌の隆起となって激しまさを増し、地に伏せる大人たちの眼前で巨大な壁となってせり上がる。

 土埃が舞い土砂が流れ落ちる間、地上では大人たちがひれ伏すように這いつくばっている様は、智明を高揚させた。

 天皇居所を囲むように高さ10メートル超の壁が完成すると、智明はまたゆっくりと降下を始めて壁の上に降り立つ。

「これで侵入はできないよな。理解したらさっさと帰ってくれ」

 目の前で起こった事態に呆然とする大人たちに言い放ち、智明が様子を伺っていると、一人また一人と車に戻る者が現れ、ワゴン車からこぼれ落ちた主任も別の車に運び込まれて工事の一団は立ち去った。

 山林の合間から車列が見えなくなるまで待ってから智明は地上に降り立ち、フロント部分がひしゃげたワゴン車に近寄る。

 無事に工事関係者と思しき一団を追い返すことはできたが、智明には反省点ばかりが目立つ結果となった。

 一つは、恫喝にしろ意思表明にしろ言葉の一つ一つが幼稚で、迫力や説得力にかけたこと。これは中学三年生という実年齢から考えれば仕方のないことでもあるのだが、もう少し格好をつけなければ大人たちはまともに取り合ってくれないだろうと想像できた。

 もう一つは、力の制御が思い通りではなかったことだ。ワゴン車を吹き飛ばしてしまったのは明らかな制御ミスで、自動車を走れないほど壊すつもりはなかったし、怪我人も出してしまった。実を言えば居所を囲うように隆起させた土塀は、5メートルを想定していたのに実際は10メートルを超える高さになってしまった。今後のことを考えれば囲いが高いことに越したことはないのだが、力加減が想定どおりではないことと制御しきれていないことは後々自分の首を締めかねない。

 反省をしながらもワゴン車のグルリを見て回り、前輪部分の軸が折れてハンドル操作が効かないと分かると、智明はこのワゴン車を諦める決断をした。

「……けど、放置は良くないよな」

 智明の能力を使えばワゴン車一台を消し去ったり別の物に作り変えるなどは造作もないことだが、そんな単純な処理はつまらない。

 そう考えた智明は、ワゴン車に使われている金属を囲いの強化と門扉の作成へと転用しようと考えた。

「……さすがに重いかな?」

 早朝に裏山の樹木を引き抜いた際も、相当に力を込めたのに重さを感じた。ワゴン車一台となると2トン近い重さとなり、樹木より遥かに重いと予想できた。

 半信半疑のために目線やイメージだけではなし得ない可能性があるため、智明は右手をワゴン車にかざして念を込める。

「ん! ……おとととっと?」

 予想した力加減の半分以下の感覚でワゴン車が浮き上がったため、智明は制御しきれずにワゴン車を高々と放り投げた格好になってしまった。

 智明の真上まで飛び上がったワゴン車を目と手で追ったため、自身の体のバランスを失って尻もちをついた。

「あいって! と、うわっと!」

 精神集中が途切れて頭上から降ってくるワゴン車に気付いて驚き、咄嗟に払いのけるように力を振るう。

 最悪ペシャンコにされかねない恐怖から体を丸めた智明だったが、咄嗟の行動が功を奏して、先程作り上げた囲いの方からくぐもった音が響いた。

 ゆっくりと頭を上げた智明の目に映ったのは、土砂の壁とも言える囲いに突き刺さったワゴン車だった。

「……ま、都合はいいけどさ」

 またも自分の想定以上の結果に嫌気が差しつつ、智明は両手をかざして、囲いを形成している土砂に含まれる金属を見極めていく。

 さすがに規模が大きいために大体の把握しかできなかったが、大事なのは精密な分量ではなく、囲いを強化できるか否かだ。

 空中を圧縮するように両手をゆっくりと組み合わせ、全体へと拡散させるように一気に両腕を開く。

 再び囲いがせり上がった時のような地響きが起こり、泡が弾けるような光の粒を舞わせて、囲いの様相は一変する。

 智明はゆっくりと歩み寄るとその表面に触れ、軽く叩いて出来栄えを確かめる。

「こんなもんかな?」

 出来上がりには一応の納得はできた。

 コンクリートで固められた城壁とも言える出来栄えだし、舗装路を遮断するように立派な金属の門扉もイメージ通りだ。

 しかしどれもこれもが智明の想定よりも力が強く働いているように感じられ、制御しているはずの力が性能以上の効果を発揮していると思えた。

 設置したばかりの門扉を押し開けてくぐり、辺りを見回してから閉じる。

 内側から城壁の完成度を見直して、智明は一旦皇居へ戻るために舗装路を歩き始める。

 一定のリズムで勾配を歩んでいく智明だが、しかし頭の中では現状の自分の分析を始めていた。

 そして智明には一つの大きな懸念があることに気付く。

 中島病院からの脱出の際とリニア線高架下で警官を振り払った際に使った力は、智明が必死であったり咄嗟の防御であったりと、いわば不可抗力で発現してしまった能力の一端でしかない。

 その後に空中を浮遊したり、自宅へ瞬間移動したり、冷蔵庫から飲み物を転送させたりなどは、どれもパワーを抑えた『お試し』でしかない。

 真に能力をひけらかした時に、人智を超えた能力を手に入れたことに舞い上がり、自分は無敵になったと思い込んで万物が思い通りになると思ったし、優里を連れ出して皇居まで辿り着いた時には世界のほとんどを手に入れたとも思った。

 だがここに来て能力は智明が想定した天井よりも遥かに大きなキャパシティーを見せ、五の力を十に、十の力を二十にと際限なく拡大している。

 つまり、全力という限界が見えない。

 ――これでまた全力を出しにくくなった――

 智明は優里からハッキリと『破壊や殺傷をしてはいけない』と告げられ、際限のない全力は優里から課せられた禁を破ることになると本能で感じ取り、自ずとリミッターをかけた。

 その時はよもや能力が拡大するなどとは思いもしなかったし、成長や鍛錬によって精度が高くなることは想定しても、限界が不透明になり一割の力が本当に一割であるのかさえ分からなくなるとは思わなかった。

「参ったな……。全力って、どこでどうやって出したらいいんだ?」

 山林を緩くカーブする舗装路を歩みながら、智明は早急な判断を下さなければならなかった。

 なぜなら、先程の工事関係者たちが警察に通報をすれば、ものの十分で警察官が駆けつけるからだ。

 六月の湿気た暑さとは違う理由で流れた汗を拭い、智明はともかく皇居へと歩んだ。

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