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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 多忙な一日
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伊丹駐屯地会議室 ⑥

 支度部屋に着くと、SPの二人と警務隊の二名をドアの外に立たせ、室内には御手洗と秘書官と川口と残りの警務隊四名が入った。

 現職の総理大臣を迎えるのだからと広めの応接室を用意したが、大人の男が七名も居てはさすがに狭く感じる。

 川口がドア寄りに立つと警務隊の一人がドアを挟んだ位置に立ち、残りの三名は窓側に陣取る。


 その間に御手洗はブラウンのジャケットとベストを脱いでしまい、ハットもコートハンガーに掛けてソファーに腰掛けた。

 そこへバッグから濃紺のジャケットを取り出した秘書官がにじり寄り、変装用の眼鏡と付け髭を取りにかかる。

 左手首に内向きに巻いた腕時計に目を落とし、会談の開始まで猶予があると考えた川口が進言する。


「総理、何か冷たいものでもお持ちしましょうか?」

「……それでは、白湯(さゆ)をいただこう。会議が始まる頃に出してもらえると助かる」


 少し考える間があって硬い口調の返答があったので、川口も(うやうや)しく「かしこまりました」と応じて脳内から手配をしておく。

 その間も御手洗と秘書官の無言のやり取りが続いていて、秘書官のバッグからクリップ留めされた紙束がセンターテーブルに並べられてゆき、順々に目を通した御手洗が仮想モニターと見比べる作業が続く。


「――このあたりだろう。片付けてくれ」


 一つ唸って渋面を作り、眉間を揉んだ御手洗が秘書官に命じた。

 どうやら資料の整理の合間に時刻の確認をこなしていたようで、再び腕時計に視線を落とした川口に十六時になったことを教えた。


「それでは会議室の方に――」

「ああ、頼む」


 川口が切り出すと御手洗は顔から手を離して背筋を伸ばし、睨め上げるようにして川口の方を見やった。ニュース映像や記事に添付された画像で見知った御手洗の鋭い視線に射竦められるが、無礼を承知で川口は言葉を付け足す。


「会議には、小官が立ち会いたいと思うのですが、よろしいですか?」

「君が? なぜだ?」


 理由を問われて川口は慌てた。

 御手洗総理であれば即決でイエスかノーのどちらかの返事だと決め付けていたので、理由を聞き返されるとは思わなかったからだ。

 急いで真っ当な理由を見繕う。


「……自分は高橋智明一派掃討作戦の総指揮を執りました。此度の会議に至る発端を作った一人です。現在も避難指示が継続され、市民の皆さんに不安を与え、部下たちは道路封鎖と避難の協力に当たっております。

 故に、まだ作戦中であると考えます。

 会議の帰結如何では、継続した新たな作戦も考え得なければなりません。

 私には、立ち会い見届ける義務がある。そう思うのです」


 言い終えて直立のままジッと見据える川口に、御手洗も視線を外さずにソファーに座したまま見返してくる。

 無言の睨み合いが十数秒は経ったろうか。御手洗の眼差しが一瞬緩んで先程より更に厳しく尖る。


「……そうか、川口司令官――一等陸佐、だったか?」

「そうであります」

「なるほど、分かった。申し出を認めよう」


 川口の意向を認める答えをして視線を伏せた御手洗は立ち上がり、「案内を頼む」と付け加えてからネクタイを解いて秘書官に手渡し、ジャケットを取り上げた。


「ありがとうございます」


 応じて、御手洗がジャケットに袖を通すのを待ってドアを開く。

 庁舎玄関から支度部屋へ向かったのと同じく、川口が先頭に立ち御手洗を警務隊とSPで囲って、高橋智明を待たせている二階の会議室へ。


「……誰かを立ち会わせるなど、頭になかった。今は必要なことと分かる。この無礼、今後の御手洗の行いで詫びさせてもらう。すまない」


 階段を上がりきり会議室までの廊下で不意に語りかけられ、川口は答えようがなく、会議室の前で立ち止まって一礼を返すだけに留めた。

 御手洗清は豪腕と仇名される政治家で、現職の総理大臣だ。先月まで行われていた通常国会で、『自衛隊の防衛軍引き上げ改正法案』を打ち出した人物でもある。

 その御手洗が、移動中に顔も向き合わせずに独り言のような詫びを言って寄越すとはイメージからかけ離れてい、川口の返答次第では別の意味を生んでしまいそうでもあった。

 また、川口が高橋智明にこれ以上の肩入れはすまいと考えてしまった直後なだけに、これ以上の御手洗への発言は何がどう転ぶか分からない。

 結果、何も答えないことが正解であろうと信じると、お辞儀一つで済ますことしか思い付かなかった。


 一礼のあと警務隊とSPに目配せし、会議室のドアを開く。

 御手洗が軽く腰を折って一礼し、躊躇いなく入室。川口が続いて入りドアを閉じた。

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