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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 多忙な一日
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ブランチ ⑤

「言われてみればそうだよな」


 口元に手をやり動揺を隠さない優里に、智明も同じ気持ちであることを伝えるために、優里の肩に手を回した。

 優里は意識を失い疲弊していただろうし、智明も自衛隊高官との会談や貴美の世話などで余裕がなく、最も現実的な物事の流れというものに思い至れなかった。

 真でなくとも、傷付いた友人が居たならばその手当てをしてやろうというのは当然の気持ちだ。


「コトにもお礼言わなアカンね」

「……そうだな」


 優里なりに気持ちをまとめたのか、これもまた当然のありふれた言葉を呟いて智明の方へ頭を傾がせたので、智明もやんわりと抱きとめるように肯定的な返事を返した。


 しかしその返事は一拍開いた。

 そうした真相を知らなかったとはいえ、つい先日の戦闘で智明は真に明確な殺意をもって攻撃を加えたのだ。

 真からの殺意は何度も感じていたとはいえ、殺し合いをした智明と真の間で、優里の介抱を詫びられるだろうかと考えてしまったからだ。


 と、そこへ事情を知らぬウェイトレスが飲み物とサンドイッチを運んできた。


「……とりあえず食べようか」

「……うん。そうやね、私もちょっと落ち着きたい」

「何を見せられてるんだか」


 困ったような怒ったような恭子の声にハッとし、優里が智明から体を離して「ごめんなさい」と取り繕う。


 その隙に智明は伝票を自分の方へ引き寄せておく。


「この前のお礼は病院のことだけやないですから。どうぞどうぞ、食べて下さい」

「そんな大げさなことじゃないけどなぁ」

「まま、どうぞどうぞ」


 幾分困惑してはいるが、智明からも勧めたことでようやく恭子が食事を始めてくれた。

 智明は安心して優里と目線を交わし合い、自分たちも目の前の皿からサンドイッチを取り上げて口へ運ぶ。


「――そういえばさ」と恭子。


「真君もだけど、他の友達とも連絡は取ってないの?」


 問われてまた智明と優里は互いの顔を見合う。


「他の友達? って、誰ですか?」


 向き直って問うた優里に、恭子が口の中のものを飲み下してから答える。


「……田尻君とか、ジンベエ?君とか。あと……ノリクンとか」


 最後に付け足された名前だけ一拍開いたことに、おや?となったが、少し顔をしかめた恭子の表情からはその関係性は読み取りにくい。

 ましてや智明の記憶にない名前ばかりで、どれも小学校や中学校の知り合いではないだろうという判断しかできない。

 それは優里も同じだったようで、智明の意見を聞くように顔を向けてくる。


「いや、知らないなぁ。学校とかで聞いたことない名前だから、もしかしたらそれ以外の友達じゃないかな」

「じゃあ、バイクチームの人らかぁ」


 サラッと放り出すような恭子の言い方に、智明はハッとさせられ体を固くする。


「そうか、ウエッサイか」


 点と点が繋がってしまえば馬鹿らしくなるもので、真が家族や智明や優里や学校の友人以外を頼るなら、バイクチームWSSしかない。

 この一週間で二度も戦い傘下に加えたグループの中に、優里を救ってくれた恩人が居るというのだから、今の今まで気付けなかったことが馬鹿らしくならないはずがない。

 所詮は淡路島という小さな遊戯盤の上の小競り合いだったということだ。


「もう一回名前を聞いてもいいかな。その、真と一緒にリリーを病院に運んでくれた人達の名前」

「え? うん。ノリクンと田尻君とジンベ君ね」

「ありがとう」


 恭子から聞き取った三人の名前を心の中で三回復唱し、今度の新メンバーとの顔合わせの時に反映すべく心に留め置く。

 こんな巡り合わせがあるならば先に済ませておくべきだったという後悔は今は考えない。


「後でちゃんとお礼せなあかんわ」

「ホントにな。今日はついてきて良かったよ。じゃないとこんな話にならなかったかもだし」

「ええ、私ちゃんと言うよ?」

「分かってる。でも俺も聞いたっていうのが大事かなってこと。お礼を言うにもさ、ほら、気持ちがこもるというか」

「あん。まあ別にええけど」


 ガムシロップとミルクをアイスコーヒーに注いで、優里はまだ納得できない様子でそれをストローですすった。

 智明も不用意なことを言ったなと反省しながら次のハムサンドを取り上げる。


 と、向かいの席でなんともいえない表情が混ざり合って真顔になった恭子と目が合った。


「……ん。ほったらかしにしてすいません」


 かじったばかりのハムサンドが口の中にあるままなので、空いた手で口を覆って慌てて詫びる。


「全然。仲いいんだね」

「幼馴染みなんで」

「付きあってるんでしょ」

「まあ、そう、です」

「じゃあ恥ずかしがらなくていいじゃん。見てて面白いよ」

「ええ? なんで笑うんですか。笑うとこちゃいますやん。ちょ、モアもやで」


 優里とのやり取りで徐々に表情を緩めていった恭子がついに笑みを漏らしたので、優里が抗議の声を上げた。

 敬語を使いながらもどこか親しみのこもった女同士のやり取りに、智明も笑ってしまい、優里からツッコミが飛んできた。左の二の腕を軽くはたかれる。


「俺なんもしてないよ」

「ニヤニヤしてるやんか。失礼やで」


 今度は左頬をつつかれた。


「フフ。なんかイメージ変わっちゃったな」


 不意に漏れ聞こえた恭子の感想に智明だけでなく優里も彼女を振り返り、「え?」と問い返す。

 それほどに恭子の呟きは脈略がなかった。


「優里ちゃんとは二度目ましてだけど、君とも二回目なんだよ、会うの。はじめましてじゃないんだ」


 そう言ってタマゴサンドをかじり、にこりと笑った恭子の大きな瞳は不思議な吸引力があり、一瞬で智明を魅了した。

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