ブランチ ③
※
旧南あわじ市松帆古津路にあるガソリンスタンド。進入してきた紀夫のバイクに手を挙げ、田尻は給油に取り掛かった紀夫に歩み寄る。
「どうだった?」
「ダメだな。家にバイクはあったけど留守にしてるし、電話にもでねー」
ぶっきらぼうな紀夫の返事に「やっぱりか」と田尻はため息をつく。
新造皇居から飛び出ていった真が気になって紀夫と手分けをして探して回ったのだが、接点の少ない真の行方はそう簡単には探しきれなかった。また電話やメールなどもリアクションがないとなると、半日を使って探し回った苦労が重みとなって気分を落ち込ませる。
「リーダーにそのまま伝えるしかねーか」
「そうだな」
行方が分からなくなった真の捜索はテツオからの指示ではなかったが、田尻も紀夫も半日をかけて行動した顛末を耳に入れておく必要性は感じていた。
テツオにとって些事であるかもしれないが、チームにとっては脱走とも取れる問題だと思ったし、真を脱走者にしないための手配にもなるはずだからだ。
結束の強いバイクチームだからこそ、こうした不義理や裏切りにはけじめや禊を伴う。きっと真はそこまで先のことを考えて飛び出していったわけではないだろうから、田尻と紀夫は気をもんでしまう。
給油の終わった紀夫とガソリンスタンドを後にし、政府の避難要請で家族とはぐれてしまった仲間たちが集まっている倉庫へと移動する。
ここは高橋智明らとの決戦前に決起のための合宿を行った本田貿易の倉庫の一つで、洲本走連も含めた百名強が寝泊まりできる広さがあるが、今は前庭に二十台ほどのバイクが停まっているだけだ。
「あれ、お前ら西淡だろ。何しに来たんだよ」
倉庫に入った田尻らを認めて声をかけてきたのはジンベ。
国道28号線沿いに店舗を構える高校生社長は、避難した家族のもとではなく、仲間の集まる倉庫に身を寄せることにしたらしい。何よりもバイクチームを最優先にしているジンベらしい選択だが、田尻と紀夫もチーム愛で負けているつもりはなく、自宅に戻らないことを尋ねられるのはやや心外だ。
「リーダーに話があるんだよ」
「テツオさんは?」
「ああ、そっちに居るよ」
田尻と紀夫の機嫌など気にしたふうもなくジンベは傍らのプレハブ小屋を指し示した。
「……すんません、いいっすか?」
外からでは見えなかったが、事務机に置かれたノートパソコンにかじりついているテツオに声をかけると、テツオが片眉を跳ね上げて訝しむように応えた。
「お前らか。なんだよ?」
顔だけを向けて問い返したテツオはまだ意識がパソコンに向いているのか、田尻と紀夫が答える前に元の姿勢に戻ってしまう。
「……その、真のことなんスけど」
どう切り出すべきか悩んだ結果、田尻の言葉は不自然なところで途切れた。いつもなら紀夫が言葉を継いでくれる。
が、真の名前が出ても目線すら動かないテツオの様子を見たせいか、紀夫のフォローはなく、報告はそこで止まってしまった。
「……見つかったか?」
「いえ、ダメでした」
言葉を継ぐことができないでいた田尻の心を読んだのか、数秒の間を取って飛んできたテツオの問いに、今度は即答を返す。
その返事すら読み切っていたように「そうか」と応じてテツオは伸びをするように事務椅子の背もたれにもたれた。
錆びた金属が擦れ合う耳障りな鳴き声にテツオの「だろうな」というダメ押しの言葉が重なる。
「分かってたんスカ?」
何もかもを見透かしたようなテツオの言葉に紀夫が反発するような聞き方をした。半日をかけて走り回った苦労が台無しになったように感じたのだろう。それが分かるから田尻も紀夫を止めたりはしない。
テツオは二人の様子など気にすることなく頭の後ろで手を組んで虚空を見上げて答えた。
「そうじゃない。俺がアイツの立場だったら同じことをしたかもしれないからな。『分かる』ってだけさ」
「そう、なんスカ……?」
あまりテツオらしくない言葉に、田尻はそんなことがあるだろうか?と想像をしてみたが、いまいちしっくりこなかった。
返事に困って紀夫の方を振り向くと、紀夫も困った表情を田尻に向けたところだった。
また事務椅子をきしませて、テツオが二人の方を向いて語りかける。
「だってそうだろ? 真は智明の実力を知っていたのに、許せないっていう感情だけで突っ込んで行ったんだ。それで負けて、今度は智明の配下に入らなきゃならなくなった。
でも納得できないから、逃げた。いや、どうしていいか分からなくなって飛び出すしか思い付かなかったのかもな。
そういうことしそうだろ。中学生だからな」
「はあ……まあ……」
正直、テツオの説いた真の心情が妥当なものだとは思えなかったが、隣りから聞こえた紀夫の追随の返事が割り切れないものだったことに安心し、田尻は何も言わずにおいた。
淡路連合には『負けた者は勝った者に従属する』という不文律がある。真もそれを知っていたはずだし、何よりWSSと洲本走連の全員が不文律に則って高橋智明の配下に加わるのだから、真一人の心情だけが別物として扱われないことも分かっているはずだ。
もちろん逃げ出す者や拒む者も少なからずいるものだが、逃げ出すならばもっと早いか、納得できなければ誰かに愚痴ってもっと後から抜け出すものだ。
今このタイミングで逃げ出した真にも疑問を感じるのだが、テツオがそれを容認していることも田尻は疑問に思う。
「ガキなんだよ」
「そういうもんスかね?」
続け様に出た真を突き放すような文言にムッとして言い返したが、テツオは田尻の方を向くことすらせず、体を起こして事務机に片肘を乗せてノートパソコンの画面を睨んだ。
「今は真を探して連れ戻したりしようとしても無理なんじゃね。はっきり理由が言えるなら俺に言ってから逃げるだろうしな。俺に話せなくても、お前らには何か言うだろ。アイツの性格的にな」
「そりゃ、そうだと思いますけど……」
突き放して見えたテツオが一番真の行動を理解しているように思え、言い返そうと口を開いた田尻の言葉はまたも途中で止まる。
連れ戻そうにも理由がはっきりしないのならばそれは適わない事だし、理由を聞こうにも真の感情だけのものならば田尻たちに理解できることはない。
田尻も、自分たちは真をどうしたいのだろうという疑問を持ってしまった。
居所を探し、話を聞いて、説得して連れ戻す。それはなんのためだろう? そう考え始めてしまうと真を探し出して連れ戻す理由が分からなくなる。
「だから、今は真のことよりチームの事を考えていかないとな。智明の私兵に組み込まれたんだから、こっからはこの組織の中で何をやっていくかとか、仲間をどうしていくかを俺は考えてるんだ」
「チームのこと、スカ?」
「ああ。アワボーとクルキが混成された部隊分けで俺たちとやり合っただろ? それと同じように、俺たちも部隊を割り振れって言われてる。
さすがに散り散りにされるのは困るから、ウチとスモソーだけで分けさせてくれって言ったけどな」
テツオの話題転換に紀夫が反応すると、テツオがあっさりと大事なことを教えてくれた。
もしかすると後々チームメンバー全員に伝えられることなのかもしれないが、田尻が今までこうした内情や方向性をテツオから直接聞くことはなかったので重大事を聞いてしまったように思えた。
「散り散りは困るって、逃げたり裏切ったりとか、そういうことっスカ?」
「そうじゃねぇよ」
テツオが考えそうな策謀を思い付いたまま尋ねてしまったが、田尻の発言は即座に断じられた。
テツオの苦笑いを見るに、田尻は逸ってしまったと己の発言を恥じる。
その様を慰めるためかテツオが優しげな笑顔になって続けた。
「もちろん、そういうのも考えなくはないけどな。
けど、昨日の今日でそんなこと考えるなら、自衛隊と組んだり、吸収する・されるが前提のケンカなんかしないさ。
それに、リスクから遠ざかるための逃亡なんて大勢でやるもんじゃないし、逃げ出すんなら、逃げ出した後にメリットやプラスが生まれる状態でやらなきゃ、ただただ情けないだけだろ」
田尻が考えたこともない理屈が並べられ、紀夫ともども返事ができずに「はあ」とあやふやな音が出た。
そんな仲間を試すような目でテツオは「裏切るのは失敗できないから尚更な」と付け加え、田尻はもう一度返事にならない声を漏らす。
「まあ、そんときはそんときだ。真ともまたそのうち会うこともあるかもだから、その時にどうしたいかを確かめても遅くはないだろ。
それよりも、今は智明の組織の中で俺たちの立ち位置を築いていって、後々の権利とか利益を握れるように準備していこうと思ってる。
そのうちの一つが物資調達なんだけどな。お前ら、なんでもいいからコネとかツテとか持ってないか?」
テツオから直近の展望を聞かされた田尻は、自分では考えつかない野望のようなものを感じて軽く震えた。
同時に、真に対する処遇はそういうものでいいのかと拍子抜けもした。ただこれはどこかで責任を感じていた田尻の心持ちを軽くしてくれるもので、今は考えなくていいことなのだと割り切れたように思う。
だから、隣りで勤め先の工場の話をし始めた紀夫の『役に立ってる感』もそれほど煩わしくは感じなかった。




