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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 明里新宮
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国立遺伝子科学解析室 ④

「ちょっとええか?」

「口出しはするなといったがね」

 控えめに手を挙げて割って入った黒田を、即座に珠江が拒絶する。

 それでも黒田は食い下がる。

「口出しする気はないが、一個確認したいだけや」

 黒田の厳しい視線をものともせずに、珠江は顎をしゃくって続きを促した。

「ここは国立の施設なんやろ? その研究は国が認めているってことだよな?」

「それ以外があるかね? むしろ私が研究するからここが建てられたんだ。分かるかい?」

 こともなげに答えた珠江に驚かされつつ、黒田はさらに食い下がる。

「つまり、国は柏木先生の研究をバックアップしている、でいいのか?」

 珠江はいまいち通じ合えない黒田にため息をもらし、鯨井に視線を向けてまた顎をしゃくる。まるで自分の口から話すのが億劫なので『お前がやれ』と言わんばかりだ。

「……黒田君。この研究は倫理的に批判を受けるようなものかも知れないが、それなりに活用可能な副産物も孕んどるんだよ。二十一世紀に入ってから、海外では体外受精や人工授精の研究も進み成功例も多く報告され、日本でも環境や条件によっては認められるようになってきたので、そこはおいておこう。……黒田君が気にしているのは精子や卵子の遺伝子を組み替えたり操作することだろう?」

「それもあるが、それだけやない」

「じゃあ、まずは遺伝子操作の方から理解してもらおうかの。……まず、ここの研究にはいくつかの副産物があるんだ。一つは先天的な病気や異常を防いで出生率を上げることができる。もう一つは、設計図が分かっているから、後天的に発病しうる病気や発病した病気に対処しやすくなる。そして、人間の設計図が把握出来れば、病気を治療し、病気にかからない世界を作っていける」

 鯨井の話に耳を傾ける黒田だが、その表情はやはり厳しい。

「しかし、子供が生まれるというのはもっと自然で神秘のものにしておくべきもののはずだ。人の手でいじくり回して作るようなのは、どうなんだ?」

 黒田の言いたいことは鯨井にも充分に分かる話だ。

 やはり生物が子を宿し、育み、つがいとなってまた子を宿す……。そうやって世代を重ねて発展や進化の歴史を織りなして来たのだ。

 しかしそれらの営みを解き明かし、説明をつけ、より良くするのが科学や医学だと鯨井は考えている。

「それは感情の話だの。科学や医学は、感情の手前とか奥にある学問なんだ。倫理を無視し感情を抑え込んで成さねばならない。そうして得たものがやがて社会の役に立つかもしれないからの」

 黒田は鯨井から『この議論は土俵が別』と言い切られてしまったので、小さく舌打ちして次の問題に切り替えた。

「じゃあ、国との関係を明らかにしてもらおうか。事と次第によっては本来の仕事をせにゃならんからな」

「そんなことにはならないよ」

 揺さぶりをかけるつもりで不敵に笑ってみたが、珠江がキッパリと否定した。

 珠江を睨む黒田に鯨井が説明を加える。

「そんなことにはならないんだわ。昨日も話したが、警察が科学的な調査を必要とした際に、検査や検証を行う機関があると言ったが、ここがまさにその一つなんだ」

 そこは察しがついていたので、黒田の表情は変わらない。

「とはいっても、解析や検証をしてくれというポイントは説明されても、どの事件の誰の何とは説明されない。だから、解析や検証に私情が挟まれないし、部外秘が漏れることはないし、漏れてもどの事件に関わる内容かは明確にならない。ここまではいいかの?」

 反論したいことはいくつかあったが、黒田は首を縦に振る。

「あとは警察が結果を立件に使用するかどうか判断するし、国民に何かしらの影響や混乱を与えかねない結果は、政府や関係機関に伺いを立てて公表や非公表を判断するそうだ」

「そのことと、非倫理的な研究とが釣り合っているから、国が税金を使ってこんな地下基地を作ったというのか?」

 黒田はアニメチックなモニターだらけの壁面を指さして感情的にまくしたてた。

「悪かったね。デザインは私の趣味だ」

 ぶすっとした顔で珠江がつぶやくが、すぐに鯨井が補足をする。

「いや、ただのデザインじゃないんやぞ? 埋立地の地下にこれだけの空間を設けるんだから、堅牢にする必要性もあってこうなってるんだぞ」

「黒田さん、今はそこではないですよ」

 さすがに話がそれたために増井が意見した。だが増井に応じたのは鯨井だ。

「おお、そやったそやった。増井君、あんがと。……えっと、さっきも言ったが、ここで得られる副産物に出生率や疾病での死亡率があったな? そこに遺伝子操作のためにヒトゲノム解析も絡んでくるし、様々な病気の考察をして人間の設計図と照合する作業も発生する。つまり、高度な解析能力を国のために使うことで、ありとあらゆる病気の情報がここに集まり、研究が進むことで国のためになる。そういう釣り合いが取られているというわけだ」

 鯨井が疲れた面持ちで黒田の様子を伺うと、腕組みをして難しい顔をしていた黒田が肩をすくめてつぶやく。

「どのみち、国と結びついてるんやろ? 一警察官が騒いでも痛くも痒くもないなら、どないもならん」

「まあな。倫理的な批判はあり得るだろうが、法的な部分はクリアしてるからな。むしろ、今回は俺たちが個人的な理由で解析を依頼してるんだから、俺たちの方が罪に問われかねん」

 鯨井の危惧に黒田は顔をしかめたが、自分の意思でここへ来たことを思い出し、もう一度肩をすくめた。

「……で、ようやく本題に入れるかの」

「立ち話も長いと疲れるね。歳には勝てん。座って話そう。孝子、一美。コーヒーを淹れておくれ」

「はい」

 珠江の指示で女性二人はコーヒーの支度のために席を外し、珠江と鯨井がミーティング用であろう長机の集まりに歩いていく。

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